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第九十六節 沈逸の推理

 第九十六節 沈逸の推理


 狩猟場から急ぎ帳殿へ戻ると、すでに護衛たちが警戒態勢を敷いていた。沈貴人はまだ震えていたが、蘭雪がそばで静かに声をかけ続けるうちに、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


「刺客の目的は何だったのかしら……」


 沈貴人が不安げに呟く。


 蘭雪は慎重に言葉を選びながら答えた。


「おそらく、貴人さまを直接害するつもりではなく、何らかの警告かと……」


「でも、私が狙われる理由なんて……」


 沈貴人は首を振るが、言葉の最後はかすれて消えた。


 本当に、理由がないのだろうか——?


 そのとき——


「なるほどな」


 ふと、入口のほうから落ち着いた男の声が響いた。


 蘭雪が振り向くと、沈逸が静かに歩み寄ってくるところだった。


 彼の衣は乱れもなく、まるで今しがたの騒ぎなどどこ吹く風と言わんばかりの表情である。


「沈貴人、よろしければ私に少し話を聞かせていただけませんか?」


 沈貴人は一瞬、躊躇したが、沈逸の穏やかな口調に安心したのか、ゆっくりと頷いた。


「……ええ」


 沈逸は沈貴人を見つめたまま、静かに問うた。


「貴人さま、最近どなたかと不穏なやり取りをされた覚えは?」


「えっ……?」


 沈貴人は驚いたように沈逸を見た。


「そんなこと……特には……」


「本当に?」


 沈逸の声音は優しいが、どこか核心を突く響きがあった。


 沈貴人は戸惑ったように視線をさまよわせたが——やがて、ハッとした表情になった。


「……そういえば……」


「何か思い当たることが?」


 沈逸が軽く眉を上げる。


 沈貴人は逡巡しながらも、口を開いた。


「数日前……見知らぬ女官が、私に密かに書状を届けようとしました。でも、私は受け取らなかったの」


「……書状?」


 沈逸と蘭雪が同時に訊ねる。


 沈貴人は不安げに頷く。


「ええ。その女官は『大切なことが書かれています』と言っていたけれど、なんだか不審だったから……そのまま追い返したわ」


 沈逸は顎に手を当て、考え込むような仕草を見せた。


「書状の内容を確かめずに拒んだ……それが、誰かにとって”気に入らなかった”のかもしれませんね」


「そんな……」


 沈貴人は不安げに胸元を押さえた。


 蘭雪も、思案しながら沈逸の横顔を見つめた。


「では、今回の矢は——」


「『次はない』という警告、あるいは……『余計なことをするな』という脅し だろう」


 沈逸の声音は静かだが、どこか鋭さを帯びていた。


 蘭雪は思わず背筋を伸ばした。


 刺客の正体はいまだ掴めぬままだが——沈貴人を狙う何者かの影が、確実に動いている。


 それが誰なのか、突き止めなければならない。




 沈逸の言葉に、沈貴人は不安げに唇をかみしめた。


「私……どうすればいいの?」


 彼女の声音は震えていた。これまで穏やかに過ごしていた沈貴人にとって、今回の出来事はあまりに衝撃が大きかったのだろう。


 蘭雪は静かに彼女の手を握り、安心させるように微笑んだ。


「貴人さま、まずは落ち着いてください。今回の件は、単なる偶然ではなく、何者かの意思が働いています。ですが、目的が分からない以上、迂闊に動くのは危険です」


「そうですね」沈逸も軽く頷く。「今は表立って調査するよりも、“次の動き” を待つべきでしょう。もし彼らが警告のつもりなら、沈貴人が怯えた様子を見せれば、さらに次の手を打ってくるはずです」


「でも……その ‘次の手’ が、もっと危険なものだったら……?」


 沈貴人は不安そうに眉を寄せた。


 沈逸は軽く微笑むと、袖口を直しながら言った。


「安心してください。貴人さまの身は、私と蘭雪が守ります。それに……」


 沈逸の目が鋭く光る。


「敵が動くということは、我々にも ‘手がかり’ を得る機会が増えるということです。」


 蘭雪は彼の言葉に深く頷いた。


「では、しばらくは普段通りに過ごしつつ、慎重に様子を見るとしましょう」


「……ええ」


 沈貴人は不安を拭いきれない様子だったが、蘭雪と沈逸の言葉に励まされるように、ゆっくりと頷いた。


 その時——


「失礼します」


 帳殿の外から、女官の控えめな声が響いた。


「皇后さまがお呼びです。沈貴人さま、蘭雪さま、お急ぎください」


 皇后——沈麗華が、今この時に呼び出すというのは、偶然ではない。


 蘭雪は軽く目を細めた。


「……どうやら、思ったよりも早く ‘次の動き’ が来たようですね」


 沈逸は沈貴人を見つめながら、静かに言った。


「どうかお気をつけて。皇后さまが、今回の件をどう見ているのか……慎重に探ることが大切です。」


 沈貴人は心配そうに沈逸を見つめたが、やがて覚悟を決めたように小さく頷いた。


「……分かったわ」


 蘭雪もまた、決意を秘めたまなざしで沈逸を見つめる。


 春の狩猟の宴で起こった異変が、皇后の知るところとなった今——後宮の波は、さらに大きくうねり始める。


 その波に飲まれるのか、それとも乗りこなすのか——。


 蘭雪は沈貴人とともに、皇后の元へと歩を進めた。



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