第九十四節 采女たちの決意
第九十四節 采女たちの決意
皇太后との対面を終え、蘭雪は慎重に思考を巡らせながら、皇后の殿へと戻ってきた。
静寂の中、夜風がそっと袖を揺らす。
(皇太后様は、私を試している……そして、皇后様のもとに留まり続けることが、今後のリスクになる)
蘭雪は、慎重に立ち回る必要があると改めて認識した。
しかし、今はまず采女たちのことを考えねばならない。
先の試合で采女たちの結束は強まったものの、それはあくまで一時のこと。これから本当の意味で彼女たちをまとめ、ひとつの勢力として形作っていくことが必要だった。
蘭雪は殿へ入ると、すでに采女たちが彼女の帰りを待っていた。
「おかえりなさいませ、蘭雪様」
李紅梅がさっぱりとした笑みを浮かべて言う。馮蓮や霍玲瓏も静かに控えていた。
(……以前とは違う)
かつてはそれぞれの思惑で動いていた采女たちが、今は明確に蘭雪を中心に集まりつつあった。
蘭雪は微笑みながら、全員を見渡した。
「遅くなりましたね。待たせてしまいましたか?」
「いえ。皆、あなたの話を聞きたくて残っていたのです」
楊霜が淡々と言う。
蘭雪は静かに頷いた。
(ならば、今が機会だ)
彼女はゆっくりと座し、采女たちを見据えた。
「皆、今日の試合で素晴らしい働きを見せました。とても誇らしく思っています」
周雪音が頬を染め、王茜が少し鼻を鳴らす。
「しかし、これはまだ始まりに過ぎません」
全員が息をのんだ。
蘭雪は視線を鋭くし、言葉を続ける。
「今後、私たちは采女という立場に甘んじているだけでは、生き残ることはできません」
「……」
「試合での勝利は一時のもの。しかし、私たちはこれから”采女組”として、後宮の中で確固たる地位を築かねばなりません」
采女たちが互いに顔を見合わせる。
「それには、皆が一つにまとまる必要があります」
霍玲瓏が微かに微笑んだ。
「つまり、蘭雪様を主として、我ら采女をひとつの勢力とする、ということですか?」
「……そういうことです」
「なるほど、面白い」
霍玲瓏は唇を弧にした。李紅梅も腕を組みながら、ニヤリと笑う。
「悪くない。私も、このまま埋もれるつもりはないからな」
「私も賛成ですわ」
馮蓮がしなやかに微笑む。
しかし、王茜が腕を組みながら、眉をひそめた。
「ちょっと待って。それはつまり、蘭雪様に完全に従うということ?」
蘭雪は冷静に彼女を見た。
「いいえ、私が求めるのは”絶対の服従”ではありません。互いに助け合い、共に強くなる関係です」
王茜は少し驚いた表情を浮かべた。
「……それなら、まあ」
楊霜が静かに口を開いた。
「ですが、具体的に何をするのです?」
蘭雪は微笑んだ。
「まず、私たちの存在を宮廷に認めさせること。そして、その影響力を高めていくことです」
「影響力?」
霍玲瓏が興味深げに尋ねる。
蘭雪は静かに頷いた。
「采女は表立った位を持ちません。しかし、后妃や宦官、宮廷の官女たちと適切に関わることで、重要な情報を握ることができます」
馮蓮が目を細めた。
「……つまり、采女としての役割を利用して、後宮の動きを知る、ということですか?」
「ええ。そのためには、各自がそれぞれの得意分野を活かし、影響力を持つ人々との関係を築く必要があります」
李紅梅が腕を組んだ。
「なるほどな……確かに、それなら妃たちにも対抗できるかもしれない」
蘭雪は微笑んだ。
「そのために、皆にはいくつかの役割を担ってほしいのです」
彼女は一人ひとりを見つめた。
「霍玲瓏、あなたは宮廷の事情に詳しい。後宮の動きや噂の収集をお願いしたい」
「ふふ……お任せください」
「馮蓮、あなたは観察力に優れ、控えめながらも要所で力を発揮する。周囲の状況を冷静に見極め、必要なときに情報をまとめてほしい」
「承知しました」
「李紅梅、あなたは武官の娘として、護衛や戦闘に心得があるはず。いざというときの備えとして、身を守る術を皆に教えてもらえますか?」
「任せとけ」
「楊霜、あなたは太后のもとに仕えていた経験がある。太后側の動きを探ることができる立場です」
「確かに、そうですね」
「周雪音、あなたは穏やかで争いを避ける性格ですが、誠実さゆえに信頼を得やすい。その性質を活かし、采女の間を取り持つ役割をお願いしたい」
「わ、私に……?」
「あなたの優しさは、この集まりに必要なものです」
周雪音は少し驚きながらも、頷いた。
「そして——王茜」
王茜が少し身構える。
「あなたは高貴な家柄の出身。礼儀作法や詩文に長け、宮廷の貴婦人たちとも話ができる。その力を、後宮の社交の場で発揮してほしい」
王茜はしばらく考えた後、ゆっくりと頷いた。
「……わかったわ。やってみる」
蘭雪は改めて皆を見渡した。
「皆、それぞれの役割を持ちながら、互いに助け合い、この宮廷で生き抜いていきましょう」
采女たちは、それぞれに決意を固めた表情を見せた。
蘭雪は静かに微笑む。
(これで、采女たちの結束はより強まる)
しかし——新たな試練は、すぐそこに迫っていた。




