第九十二節 采女たちの誇り
第九十二節 采女たちの誇り
最終戦、団体戦が始まる。
五対五の戦い。蘭雪の采女たちにとって、ここが正念場だった。
「ここで勝てば、私たちはただの采女ではなくなる」
蘭雪は静かに言った。「誇りを持って、最後まで戦い抜きましょう」
霍玲瓏、王茜、李紅梅、馮蓮がそれぞれ剣を構え、決意を新たにした。
「全力でいきますよ」霍玲瓏が微笑む。
「負けるのは嫌だからな」王茜が気を引き締める。
対する葉貴妃側も、最強の布陣を揃えてきた。沈芷蘭、馮蓮、そして宮廷で鍛えられた精鋭の采女たちが立ちはだかる。
「では——始め!」
審判の声が響いた。
王茜が真っ先に前へと飛び出した。彼女の剣が相手の刃とぶつかり、火花を散らす。
「速い……!」対戦相手の采女が驚いたように声を上げるが、王茜は容赦なく攻め込む。
一方、霍玲瓏は冷静に相手の動きを見極めていた。彼女の剣さばきは華麗で、相手の攻撃を最小限の動きでかわし、確実に反撃を加える。
「さすが霍玲瓏……!」蘭雪は彼女の動きを見守りながら、沈芷蘭と対峙した。
「さあ、どうします?」沈芷蘭が余裕の笑みを浮かべる。「この試合、あなたが何を狙っているか……私は見抜いていますよ」
蘭雪は無言のまま剣を構えた。
沈芷蘭の剣が素早く振るわれる。
キンッ——!
蘭雪は防御に徹しながら、相手の癖を見極めようとした。沈芷蘭は挑発するように、あえて緩やかな攻撃を繰り返す。
(……私を焦らせるつもりね)
だが、蘭雪は冷静だった。焦ることなく、一歩ずつ詰めていく。
その間に——
王茜が相手の采女を一人倒した。
続いて、李紅梅も激しく打ち合いながら相手を押し込み、ついに二人目を倒す。
「……やるわね」沈芷蘭が目を細めた。
「あなたの計算を、覆してみせます」蘭雪は微笑んだ。
沈芷蘭が剣を振るう。しかし、蘭雪はそれをかわし、逆に沈芷蘭の肩に軽く剣先を添えた。
「……!」沈芷蘭の動きが止まる。
「勝負あり!」
審判の声が響き渡る。
蘭雪たちの勝利だった。
観戦していた皇帝・慶成帝がゆっくりと立ち上がる。
「見事であった」
蘭雪は深々と頭を下げた。彼女の采女たちもまた、誇らしげな表情を浮かべていた。
この勝利は、ただの試合ではない。
采女たちの名誉を示すものであり、蘭雪が彼女たちを導く力を証明するものでもあった。
「これで、私たちは一つになれた」
蘭雪は采女たちを見渡し、静かにそう思った。
試合が終わった後も、観戦していた后妃たちの間ではしばらくざわめきが収まらなかった。
采女の身でありながら、蘭雪はこの試合を見事に勝ち抜いたのだ。
それだけではない。采女たちを率い、団結させ、個々の強みを最大限に引き出した。その手腕を見せつけたことが、後宮内の評価を大きく変えつつあった。
「……面白いわね」
観覧席の奥、悠然と扇を開いたのは貴妃・葉容華だった。
「蘭雪の采女たちは、私の想像以上の力を持っていたようね」
そばに控えていた侍女・馮蓮がそっと表情を伺う。
「貴妃様、お気を悪くされましたか?」
「ふふ、まさか。むしろ興味が湧いたわ。蘭雪がただの采女で終わる女ではないことは分かっていたけれど……ここまでとはね」
葉容華の目が僅かに鋭さを増す。
「沈麗華はどう動くかしら?」
——その頃、皇后・沈麗華は静かに杯を傾けていた。
「やはり、見事なものね」
その声には感情が読めない。侍女の柳清がそっと伺う。
「蘭雪様の手腕は素晴らしくございました」
沈麗華は微かに笑う。「そうね。ただ、ここからが本番よ」
柳清が静かに頷いた。
「蘭雪様が勝利したことで、今後はさらに多くの者の目に留まるでしょう」
「ええ。その中には、彼女を味方に引き入れたい者もいれば、疎ましく思う者もいる」
沈麗華は杯を置き、ゆっくりと立ち上がる。
「この勝利で、蘭雪はようやく”戦場”に立つ資格を得たということ。だが、それがすなわち安全を意味するわけではない」
彼女の言葉が意味することを、柳清はすぐに理解した。
——蘭雪の前途には、さらなる試練が待っている。
◇ ◇ ◇
試合後の夕刻、蘭雪たちは自分たちの居所へ戻った。
「ふう……やっと落ち着いたな」王茜が大きく息を吐く。
「まだ緊張が解けないわね……」李紅梅も頷いた。
馮蓮は少し笑って、「でも、良い試合だったわ」と言う。
霍玲瓏がふと蘭雪を見やる。「蘭雪様、これからどうなさるの?」
蘭雪は静かに考えながら、皆を見渡した。
(私は采女としてこの場にいるが、もはやただの采女ではいられない)
試合の勝利により、蘭雪たちは宮中で確固たる存在感を示した。だが、その影響は良いことばかりではない。
注目を集めるということは、敵も増えるということ。
「まずは、私たちの立場を固めましょう」蘭雪はそう言った。「今回の試合で得たものを無駄にしないために」
皆が頷く。
そのとき——
「蘭雪様にお知らせがございます」
宦官が急ぎ足で駆け寄り、彼女に耳打ちした。
「皇太后様がお呼びです」
蘭雪の表情が一瞬だけ固まる。
(皇太后……?)
「分かりました。すぐに参ります」
采女たちは不安そうに彼女を見送った。
(皇太后が、なぜ私を……?)
蘭雪の胸に、ただならぬ予感が広がっていく。




