第八十四節:見えざる刃
第八十四節:見えざる刃
蘭雪は、采女たちの報告を一つひとつ整理しながら、敵の正体を探る糸口を求めていた。
(沈貴人が皇后と采女について話をしていた……)
それが今回の件と直接関係があるとは限らないが、沈貴人の背後には誰かがいる可能性が高い。そして、水の供給経路を操作できる立場の者が消えたことも気がかりだった。
「霍玲瓏、楊霜。消息を絶った小間使いについて、さらに調べてもらえますか?」
「承知しました」
二人は深く頷く。霍玲瓏の冷静な分析と、楊霜の洞察力ならば、有益な情報を持ち帰るはずだ。
「李紅梅、王茜。昨夜の侵入者のことを警備の宦官たちに尋ねてみてください。ただし、表立っては動かずに」
「わかりました」
李紅梅はやる気に満ちた表情で、王茜は少し渋々ながらも頷いた。
「沈芷蘭、馮蓮。沈貴人の動向を探りつつ、もし彼女がこの件に関わっているとすれば、その背後にいるのが誰なのかを調べてほしい」
二人は静かに目を合わせ、同時に頷いた。
「周雪音と私は、采女たちの間にさらに不審な動きがないか見て回ります」
采女たちはすぐに動き出し、それぞれの任務に向かった。
霍玲瓏と楊霜の探索
霍玲瓏と楊霜は、消息を絶った小間使いの足取りを追っていた。宮中で人が姿を消すことは珍しくはないが、問題はそのタイミングだった。
「彼が最後に目撃されたのは、後宮の北門近くだと聞きました」
「北門……あそこは?」
「貴妃・葉容華の宮に近い場所です」
楊霜が慎重に言葉を選びながら告げる。霍玲瓏は小さく頷いた。
「偶然か、それとも……」
そこに、一人の若い宦官が近づいてきた。
「霍玲瓏様、楊霜様。この者について、お話があります」
彼の手には、小間使いの名前が記された木簡が握られていた。
李紅梅と王茜の調査
一方、李紅梅と王茜は、警備を担当する宦官たちのもとを訪れていた。
「昨夜、采女の詰所の近くに不審者がいたそうですが、何か聞いていますか?」
王茜がさりげなく尋ねると、宦官の一人が口ごもるように言った。
「それが……報告するつもりだったのですが、今朝、すでにその件について調査が入ったのです」
「調査?」
李紅梅が眉をひそめた。
「はい、魏尚様の配下の宦官が動いておられました」
魏尚の名が出たことで、二人は顔を見合わせる。
(やはり、この件には上層部も関わっている……?)
***
沈芷蘭と馮蓮は、沈貴人の侍女たちと話をする中で、気になる情報を得ていた。
「沈貴人様は……どうやら、ここ数日、心を悩ませておられるようです」
「どうして?」
「それが、皇后様とのお話の後、何者かと密かに会っていたそうで……」
馮蓮は、沈芷蘭に目配せした。
(沈貴人は、何者かの命を受けて動いているのかもしれない)
夜が更け、采女たちは再び詰所に集まった。
•霍玲瓏と楊霜の調査により、消息を絶った小間使いが葉貴妃の宮の近くで最後に目撃されていたことが判明。
•李紅梅と王茜の調査により、魏尚がすでに何らかの動きを見せていることが発覚。
•沈芷蘭と馮蓮の調査により、沈貴人が誰かと密会していた可能性が浮上。
蘭雪は静かに目を閉じ、思案する。
(沈貴人、葉貴妃、魏尚……この三つの勢力が交錯しているのか?)
「この件、急ぎ判断する必要があります」
蘭雪は静かに采女たちを見渡した。
「しかし、敵が誰であれ、我らはこれを機に結束を固めねばならぬ」
采女たちは頷いた。彼女たちもまた、この事件を通じて、共に戦う覚悟を固めていた。
夜の帳が下りる頃、采女たちは蘭雪の指示のもと、それぞれの役割を果たしつつあった。しかし、敵もまた動きを見せ始めていた。
沈貴人の寝宮では、彼女が落ち着かぬ様子で帳の向こうを見つめていた。
「……まだなの?」
静かに侍女を促すと、彼女は小さく頷き、外へと消えていった。
(私を陥れようとしているのは誰なの……?)
沈貴人自身も、今回の事件の裏に別の思惑が絡んでいることに気づいていた。彼女の目的は、皇后の寵愛を得ることであり、不用意な事件に巻き込まれるわけにはいかなかった。
(あの采女――蘭雪がどこまで知っているのか、確かめる必要があるわ)
采女たちの結束
一方、蘭雪のもとには、各采女たちの報告が集まっていた。
「霍玲瓏、楊霜の調査で、消息を絶った小間使いが葉貴妃の宮で目撃されていたことがわかりました」
「李紅梅と王茜の話では、魏尚の手の者が昨夜の侵入者の件で動いていたそうです」
「沈芷蘭と馮蓮の調査では、沈貴人が何者かと密会していたとの情報が……」
報告を聞き終えた蘭雪は、ゆっくりと考えを巡らせた。
「つまり……今回の件には、少なくとも三つの勢力が関与している可能性があるわね」
•沈貴人 … 皇后の寵愛を受けようとしているが、誰かに利用されている可能性がある。
•葉貴妃 … 小間使いの足取りが彼女の宮で途絶えている。彼女が何らかの指示を出したのか?
•魏尚 … 宦官長としての権限を駆使し、事件の真相を探ろうとしている。
「私たちも動くべきです。相手が次の一手を打つ前に、こちらから探りを入れましょう」
采女たちは静かに頷いた。
***
その夜、蘭雪が灯りを落とし、帳の向こうで考えを巡らせていた頃――
「蘭雪様!」
慌ただしい声が響き、周雪音が駆け込んできた。
「どうしたの?」
「誰かが……庭先にいます!」
蘭雪は即座に起き上がり、采女たちを呼び集めた。霍玲瓏が音もなく外を伺い、低く囁く。
「影が二つ。警備の宦官ではありません」
李紅梅が短刀を握りしめ、王茜が緊張した面持ちで構える。
(まさか、もう手を打ってくるとは……)
蘭雪は静かに深呼吸した。
「捕まえるわよ」
次の瞬間、采女たちは夜の闇へと踏み出した――。




