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第八十三節:見えぬ敵

 第八十三節:見えぬ敵


 采女たちの詰所に広がる緊張感の中、蘭雪は静かに水桶を覗き込んだ。月明かりが揺らめき、表面に浮かぶ微細な粒子を映し出している。楊霜が慎重に指先ですくい取り、鼻先へと近づけた。


「……軽い痺れを伴う毒のようです」


 楊霜は静かに言った。


「命を奪うほどではありませんが、体調を崩させるには十分でしょう」


「誰がこんなことを……」


 周雪音が怯えた声を漏らす。李紅梅は腕を組み、険しい表情で言った。


「犯人は私たちの誰かか、それとも外部の者か……いずれにせよ、采女たちを狙ったのは間違いないな」


 蘭雪は黙考する。もしこの毒が誰かの策略であれば、それは采女たちの間に不信を植え付け、分裂を招くためかもしれない。 そうなれば、蘭雪が采女たちをまとめ上げる前に、彼女の立場は大きく揺らぐことになる。


(つまり、これは私への牽制でもある……)


 蘭雪は、すぐに事を大きくするべきではないと判断した。犯人がまだ動く可能性を考えれば、迂闊に騒ぎ立てては手掛かりを失う。


「この件、他言は無用」


 蘭雪は静かに采女たちを見渡した。


「疑心暗鬼に陥るのは敵の思う壺。我らの間に裏切りがあるのか、それとも外部の者の仕業か、それを見極めねばならぬ」


 采女たちは戸惑いながらも、蘭雪の言葉に従った。


「霍玲瓏、楊霜、水の供給経路を詳しく調べよ」


「李紅梅、王茜、夜の見張りを頼む」


「馮蓮、沈芷蘭、お前たちはこの件を内密に探り、どこからこの噂が流れるかを見極めてほしい」


 采女たちはそれぞれの任務を受け入れ、動き出した。


 ***


 翌日、沈芷蘭と馮蓮は、后妃たちの侍女たちの間で交わされる噂を探ることにした。后宮は広大で、情報はさざ波のように広がる。些細な噂が思わぬ形で力を持つこともある。


「沈貴人様のところでは、最近何か変わったことは?」


 沈芷蘭は、沈貴人付きの侍女たちに何気なく尋ねる。


「特に何も……ああ、でもこの間、沈貴人様が皇后様と話をされたと聞きました。何やら、采女たちのことについて話されていたとか」


 沈芷蘭の目が鋭く光る。


 一方、馮蓮は葉貴妃の侍女たちと話をしながら、別の情報を得た。


「そういえば……采女たちの間で何か問題が起こっているらしいですね」


「ええ、何でも水に異変があったとか……」


 馮蓮の表情が険しくなる。まだ公にしていないはずの話が、すでに一部に広まっている。


(つまり、この件を知る者が情報を流している……あるいは、仕組んだ者自身が)


 ***


 一方、霍玲瓏と楊霜は、水の供給経路を調査していた。宮中の水は、厳重に管理された井戸から運ばれるが、途中で誰かが細工を施すことも不可能ではない。


「水桶を管理する小間使いの一人が、最近交代したらしいわ」


 霍玲瓏は冷静に告げた。


「交代したのは、ちょうど蘭雪様が采女監督に任じられた頃。そして、その者は先日、急に姿を消したとか」


 楊霜は眉をひそめた。


「何かを知っているのかもしれませんね」


「あるいは、すでに口封じされたのかも……」


 ***



 夜更け、李紅梅と王茜は詰所の周囲を巡回していた。


「まさか、こんな下らない仕事をすることになるとはな」


 王茜はため息をつく。


「下らないかどうかは、何が起こるかによる」


 李紅梅は短剣の柄に手を添えながら答えた。そのとき、ふと物音がした。


 二人は息を潜め、暗がりに目を凝らす。すると、影が一つ、そっと詰所の近くを窺っているのが見えた。


「誰だ!」


 李紅梅が鋭く声を上げると、その影は即座に走り去った。


「待て!」


 二人は追いかけるが、影は夜闇の中に消えていった。


 戻ってきた王茜が、苛立たしげに言う。


「まったく……敵がいるのは間違いないが、正体がわからないとはな」


 李紅梅は黙って考え込んだ。




 翌朝、采女たちが戻り、それぞれが得た情報を報告した。

 •沈芷蘭と馮蓮は、采女たちの水の異変がすでに噂になっていること、そして沈貴人が皇后と采女たちについて話をしていたことを掴んだ。

 •霍玲瓏と楊霜は、水を運ぶ小間使いが突然交代し、今は消息を絶っていることを突き止めた。

 •李紅梅と王茜は、夜に何者かが詰所を窺っていたことを報告した。


 蘭雪は、ゆっくりと深く息を吐いた。


(この一件の裏には、明確な敵がいる……)


 犯人の正体はまだ掴めぬが、すでに采女たちは一つの共通の危機を認識し、協力する形になっている。


「この件は、まだ公にはしない」


 蘭雪は、静かに言った。


「しかし、私たちは確実に狙われている。采女として宮中で生きる以上、いつまでも庇護のもとにはいられぬ。己の力で身を守ることを覚えねばならぬ」


 采女たちの表情が引き締まる。


 蘭雪は、ここから反撃に出るつもりだった。


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