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第八十一節 新たな火種

 第八十一節 新たな火種


 新たな后妃たちが宮中に迎えられた日、後宮の空気は一変した。


 蘭貴人をはじめ、選ばれた才媛たちはそれぞれ華やかな殿を与えられ、侍女たちが慌ただしく仕え始める。


「蘭貴人様、お支度が整いました」


 薄桃色の衣をまとった蘭貴人が静かに頷く。


「ありがとう」


 彼女の顔には、穏やかな微笑が浮かんでいた。


 しかし、蘭雪は感じていた——この蘭貴人が、ただの新人后妃ではないことを。


(皇太后様が直々に推挙した后妃……私と同じ『蘭』の名を持つ者……)


 これは偶然ではない。何か意図があるはずだ。


 そんな中、皇太后の一声で、さっそく新たな后妃たちが皇帝の御前に召されることとなる。


「陛下、新たな后妃たちにお目通りを」


 紫蘭殿に集う后妃たちの中で、蘭貴人はひと際輝いていた。


 彼女の物静かな気品、優雅な立ち居振る舞い——すべてが計算されたように美しかった。


「蘭貴人、近う寄れ」


 皇帝・慶成帝の声が響く。


 蘭貴人が静かに歩み寄ると、皇帝は彼女をじっと見つめた。


「そなたの名は?」


「蘭貴人、蘭芷らんしにございます」


 蘭雪の眉がわずかに動く。


(蘭芷……)


 それは、蘭雪の「蘭」と同じく、芳しき草花を意味する名。


 まるで意図的に選ばれたようなその名に、蘭雪は皇太后の影を見た。


 皇帝はしばらく蘭芷を見つめたのち、満足げに微笑む。


「よい名だ」


 そして、その場で彼女に「美人びじん」の位を授けた。


「蘭美人、そなたにはよい宮を与えよう」


 その瞬間、後宮の妃嬪たちの視線が揺れる。


 新たな后妃が、いきなり「美人」の位を得た——。


 これは、皇帝が蘭芷に強い関心を持ったことを示している。


(……皇太后様の狙いはこれか)


 蘭雪は静かに目を伏せる。


 皇太后は、蘭芷を皇帝の寵愛を受ける存在とし、皇后・蕭麗華(蕭淑妃)の影響力を削ぐつもりなのだろう。


 そして、それは同時に——


「蘭雪様……」


 そっと侍女が囁く。


「皆様、蘭美人様と蘭雪様を比べているようです」


 蘭雪の唇が、かすかに引き結ばれる。


(“蘭”の名を持つ二人……)


 宮中の者たちは、すでにこの二人を並べて見始めていた。


 皇帝の目にどちらが映るのか。


 皇太后と皇后、どちらがこの状況を制するのか。


 静かに火が灯り始めた。



 静寂の中、蘭雪は一歩を踏み出した。


 采女たちが控える広間に足を踏み入れると、七人の視線が一斉に向けられる。沈芷蘭は柔らかな微笑みを浮かべているが、その目の奥には冷静な計算が滲んでいた。王茜は顎を上げ、露骨に値踏みするような視線を向けてくる。馮蓮は静かに観察を続け、李紅梅は腕を組み、無言のまま様子を窺っている。周雪音は所在なげに視線を泳がせ、楊霜は何も映さぬ目で沈黙を守る。そして霍玲瓏はどこか面白がるように唇を歪めていた。


 この者たちは、私に従う気などさらさらない。


 それも当然のこと。采女たちは本来、皇帝に仕える存在であり、蘭雪に忠誠を誓う義務はない。だが、今この場において彼女たちを統率する役目は蘭雪に与えられている。采女の監督役として。


 ——それは、決して安泰な地位ではなかった。


 監督役とは名ばかりのもの。采女たちの振る舞いや教育を指導する役目ではあるが、采女たちを完全に掌握できるわけではない。彼女たちの背後には、各々の后妃や派閥が存在し、その意向に従う者もいる。つまり、采女たちを動かすことは、后妃たちの勢力図に関わる問題でもあるのだ。


 そんな微妙な立場にある蘭雪が、どれほどの影響力を持つことができるか——それを確かめようとする視線が、目の前の采女たちから伝わってくる。


 ならば、こちらも試させてもらうとしよう。


 蘭雪は静かに微笑み、ゆっくりと口を開いた。


「皆、このたび采女の監督を任じられました蘭雪です」


 穏やかな声が広間に響く。すると、全員が一斉に礼を取る。だが、その所作にはそれぞれの心情が滲んでいた。沈芷蘭と馮蓮は優雅に、王茜はわずかに遅れて頭を下げる。李紅梅はぞんざいに、周雪音はぎこちなく、楊霜と霍玲瓏は形式的に礼を取った。


「ここでは、皆が秩序をもって務めを果たせるよう、規律を重んじます。しかし、それだけではなく——共に学び、成長していける場であることを願っております」


 柔らかな微笑を浮かべながらも、視線は鋭く。全員を見渡すと、霍玲瓏がくすりと笑みを漏らした。


「素晴らしいお言葉ですわ、蘭雪様。ですが、采女たちを束ねるというのは言葉ほど簡単なものではございません」


「その通りですわね」


 王茜がすかさず言葉を重ねる。「監督役といえども、采女の心得を学ばれて間もない方がどこまでできるのか——」


「ならば、確かめてみますか?」


 蘭雪は穏やかに微笑んだ。


「これから数日の間に、私がどのように采女たちを指導するのか、ご覧になればよろしいでしょう」


「まあ……面白いですわね」霍玲瓏が扇を軽く揺らした。「では、楽しみにしております」


「ええ、私も楽しみにしております」蘭雪は静かに言い放つ。


 試されるのは、むしろお前たちの方よ。


 そう心の中で囁きながら——蘭雪の新たな闘いが、幕を開けた。


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