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第六十二節 蘭雪の詩才

 第六十二節 蘭雪の詩才


蘭雪が立ち上がった瞬間、庭園に集う妃嬪たちの視線が一斉に彼女へと注がれた。


麗昭媛の見事な詩の余韻がまだ残る中、新たに詩を詠もうというのは、相当な胆力が求められる。


「ふふ……」


どこからか、くすくすと忍び笑いが聞こえた。


「蘭雪様、お詩を嗜まれるのかしら?」


「先ほどの麗昭媛様の詩を超える自信がおありなのね」


妃嬪たちの囁きが広がる。


しかし、蘭雪は微笑みを崩さず、慶成帝へと視線を向けた。


「陛下、私のような未熟者が詩を詠むのは恐れ多いのですが——」


一瞬、間を置く。


「もし、陛下が御題をお出しくださるならば、それに従い詠ませていただきます」


その言葉に、妃嬪たちのざわめきが強まった。


(詠むだけではなく、即興で詠むつもり……?)


(詩会でこのような申し出をするのは前代未聞よ……)


まるで、蘭雪は自ら試練に飛び込むかのようだった。


慶成帝は蘭雪をしばし見つめ、やがて興味深げに微笑んだ。


「よかろう。ならば——」


彼はゆっくりと周囲を見渡し、庭園に咲き誇る紅梅へと目を向ける。


「“雪と梅”を題として詠むがよい」


その瞬間、空気が張り詰めた。


(雪と梅……)


この二つの語が並ぶと、後宮では特別な意味を持つ。


“雪”は純潔や孤高を、“梅”は高貴な美しさを象徴する——


つまり、この題で詠めば、その者の品格が問われるのだ。


妃嬪たちは息を飲んで蘭雪を見つめた。


「これは、試されているのね……」


「陛下が彼女を気にかけている証拠でしょう」


蘭雪は静かに目を閉じ、一瞬だけ考えた。


——そして、すぐに目を開き、澄んだ声で詠む。


「寒月に 白き衣の 影ゆれて

枝に香るは 春のしるしよ」


庭園は、一瞬の静寂に包まれた。


——“寒月に 白き衣の 影ゆれて”


(寒月の光の下、白い衣が揺れる……それはまるで、純白の雪のよう)


——“枝に香るは 春のしるしよ”


(しかし、その冷たき雪のもと、梅の花は静かに香り立つ……それは春の訪れを示すもの)


詩に込められた意味を悟った者から、次第に驚きの表情が広がっていく。


「……見事だ」


まず最初に言葉を発したのは、慶成帝だった。


「雪の白さを衣に例え、それを寒月の光と絡めるとは……」


彼は感嘆の声を漏らし、扇を軽く叩く。


「さらには、雪に埋もれながらも香る梅の姿……まるで、厳しい環境の中でも咲き誇る才媛を思わせるな」


その言葉に、妃嬪たちの間でどよめきが起こる。


(まさか……陛下は蘭雪様を称えているのでは……?)


一方、麗昭媛は冷ややかな笑みを浮かべた。


「陛下が気に召したようですわね」


彼女の言葉には棘があったが、蘭雪はそれを気にする様子もなく、穏やかに一礼した。


「恐れ入ります」


詩会はその後も続いたが、蘭雪の詩が放った余韻は、誰の言葉よりも強く残った。


詩会の終了を告げる鐘の音が響くと、妃嬪たちは退出の準備を始める。


しかし、その時——


「蘭雪」


低く、しかし確かに響く声が、彼女を呼び止めた。


振り向けば、そこには慶成帝の姿があった。


「そなたの詩、なかなかに興趣深かった。後ほど、紫宸殿ししんでんへ参るがよい」


その言葉に、妃嬪たちの間で驚きが広がる。


紫宸殿——そこは、皇帝が私的に妃を招く場所。


(……私を、直接呼ばれるの?)


蘭雪の心は静かに波打った。


皇帝の寵愛を受けることは、後宮において最も強い武器となる。


だが、それは同時に、熾烈な争いの渦中に飛び込むことを意味していた——

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