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 第五十二節 皇后への接近

 第五十二節 皇后への接近


蘭雪は深夜の静けさの中で、沈逸の言葉を反芻していた。


「皇后の信頼を得ること……」


容易なことではない。だが、それこそが皇后の真意を探るための鍵になる。


翌日、蘭雪は紫蘭殿へと向かった。


宮中の女官たちは蘭雪の訪問に驚いたようだったが、すぐに奥へと案内された。


「皇后様、蘭雪様がお見えです」


帳の奥で静かに扇を動かしていた皇后は、微かに微笑みながら顔を上げた。


「まあ、珍しいこともあるものですね。何かご用かしら?」


蘭雪は慎重に膝をつき、一礼した。


「皇后様のご厚意に、改めて感謝申し上げます。私にはまだ未熟な点が多く、学ばせていただきたく存じます」


皇后は目を細め、興味深そうに蘭雪を見つめた。


「学びたいとは……何を、ですか?」


「礼儀作法、詩文、そして……后としての心得を」


室内の空気が変わった。


側に仕えていた女官たちが、驚いたように蘭雪を見つめる。


皇后はしばらく沈黙したあと、ゆっくりと扇を閉じた。


「……なるほど」


蘭雪は皇后の反応をじっと観察する。


(皇后様がどう出るか……それで、この申し出が正解だったかがわかる)


そして——


「よいでしょう」


皇后は微笑を浮かべながら頷いた。


「蘭雪、お前には才能がある。私のそばで学びなさい」


蘭雪は深く頭を下げた。


(これで、皇后様の内側に踏み込むことができる……)


だが、それがどんな危険を孕むのか、彼女にはまだわかっていなかった——。


紫蘭殿の一室——そこは、まるで外界から隔絶されたかのように静謐な空気に包まれていた。


蘭雪は、皇后の前に慎ましく座していた。


「さて、蘭雪」


皇后は優雅に扇を動かしながら、じっと彼女を見つめる。


「お前は后の心得を学びたいと言いましたね。それならば、まずはひとつ問います」


「はい」


蘭雪はまっすぐに皇后を見つめた。


皇后は微かに唇を吊り上げ、問いかける。


「——帝がもっとも求める后とは、どのような存在か」


蘭雪は一瞬、考えた。


(帝が求める后……それは、単に美しさや聡明さではないはず)


沈貴人の立場、沈逸の助言、そして皇后の立ち位置を思い返しながら、慎重に答えを紡ぐ。


「——帝の寵愛を得ることができる者」


皇后は扇を閉じ、微笑む。


「それは最低条件でしょう。ですが、それだけでは后としては不十分です」


蘭雪は息を呑んだ。


「では、何が必要なのでしょうか」


皇后はゆっくりと立ち上がり、窓際へと歩を進めた。


「帝が求めるのは、“己の野心を満たしてくれる后”です」


その言葉の意味を理解しようとする蘭雪を、皇后は振り返って見つめる。


「帝は天下を治める者。その志を支え、共に歩む后こそが、本当の后なのです」


蘭雪は息を呑む。


(では、皇后様は……)


皇后は静かに微笑む。


「さあ、これからあなたには私のそばで多くを学んでいただきます。后の器となるために」


蘭雪は深く頭を下げた。


(皇后様の真意を探るためには、この道を進むしかない……)


だが、その道の先に何が待っているのか——彼女はまだ知る由もなかった。


紫蘭殿の静寂を破るように、皇后はゆっくりと口を開いた。


「蘭雪。あなたに最初の課題を与えましょう」


蘭雪は膝を正し、皇后の言葉を待った。


「この後宮には、帝の寵を受けた妃嬪たちが数多くおります。そして、その者たちは皆、自らの地位を守り、あるいは上を目指してしのぎを削っている」


皇后は扇を開き、優雅に風を送る。その仕草には、一切の隙がなかった。


「あなたには、彼女たちの中に入り込み、それぞれが何を求め、どのように動こうとしているのかを見極めてもらいます」


蘭雪は僅かに目を見開いた。


(……それはつまり、后の役目の一端を担えということ)


「どのようにすればよいのでしょう」


皇后は微笑む。


「あなたなら、方法は自ずと見つけられるでしょう」


皇后が命じたのは、単なる観察ではない。情報を集め、勢力図を理解し、後宮の流れを把握すること——それは、まさに后が持つべき視野と力を試される試練だった。


蘭雪は静かに息を整え、皇后に一礼した。


「心得ました」


皇后は満足げに微笑む。


「期待していますよ、蘭雪」


蘭雪は立ち上がり、紫蘭殿を辞した。


(この試練を乗り越えることができれば、皇后様の信頼を得ることができる……)


しかし、それはすなわち、後宮の渦中へと自ら飛び込むことを意味していた。


蘭雪は、冷たい風を感じながらも、迷いなく歩を進めた。

 



蘭雪は紫蘭殿を後にしながら、皇后の言葉を反芻した。


(妃嬪たちの動きを探れ……)


その言葉の真意は明白だった。皇后は、蘭雪が後宮の政治にどこまで関与できるかを試そうとしている。


蘭雪は深く息をつき、静心して考えを巡らせた。


(まずは、後宮の主要な妃嬪たちの関係を整理しなければ……)


皇后に次ぐ立場の貴妃は、沈貴人の登場により微妙な立場になっている。彼女の動向を探ることは不可欠だ。


また、近ごろ陛下の寵愛を受けつつある沈貴人——彼女自身は慎ましく振る舞っているが、彼女を取り巻く女官や妃嬪の中には、彼女を利用しようとする者もいるはず。


それに加え、沈貴人を快く思わない者も……。


(まずは沈貴人の周辺から情報を集めるべきね)


蘭雪は決意を固め、歩を進めた。


***


数日後、蘭雪は華麗殿を訪れた。沈貴人のいる宮であり、最近最も注目を集める場所である。


沈貴人は蘭雪を快く迎え入れた。


「蘭雪、よく来てくれましたね」


沈貴人は以前よりも落ち着いた表情をしている。陛下の寵愛を受けながらも、慎重に振る舞っていることが伺えた。


「沈貴人、お元気そうで何よりです」


蘭雪は微笑みながら、静かに周囲を観察した。華麗殿には、多くの女官たちが働いていたが、彼女たちの目は沈貴人と蘭雪に注がれている。


(やはり……沈貴人を巡る緊張は高まっている)


「沈貴人、最近何か気になることは?」


蘭雪の問いに、沈貴人は少し考えた後、ゆっくりと答えた。


「そうですね……。最近、私の周りの女官たちが、妙に神経質になっているように感じます」


「神経質……?」


「ええ。まるで、私に何かが起こるのを恐れているかのように」


蘭雪はその言葉に、胸の奥がざわつくのを感じた。


(これは……何かが動いている)


後宮には、沈黙の中にこそ、最も大きな陰謀が潜んでいる。


蘭雪は目を細め、沈貴人に静かに告げた。


「私も少し、調べてみましょう」


沈貴人は感謝の意を込めて頷いた。


その夜——蘭雪は、沈貴人の周囲で密かに蠢く影を追うことを決意する。


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