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 第五十一節 沈逸の狙い

 第五十一節 沈逸の狙い


紫蘭殿の庭には、朝日がやわらかに差し込んでいた。蘭雪は沈逸と向かい合いながら、彼の言葉の意味を考えていた。


(私が沈逸の側につく……?)


彼の言う「選択」とは何なのか——。


「沈逸」


蘭雪は慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「あなたは、私を巻き込もうとしているのですね」


沈逸は微笑を浮かべたまま、風に揺れる柳の枝を眺めた。


「巻き込む、か……。確かに、そうとも言えるな」


「だが、これは“導く”と言い換えることもできる」


蘭雪は目を細めた。


「あなたは、私に何をさせたいのですか?」


沈逸はゆっくりと振り向き、彼女をじっと見つめた。


「蘭雪、君は後宮の闇を見たはずだ」


「皇后と貴妃、そして宦官たち……誰もが表では微笑みながら、裏では刃を隠している」


「そんな場所で、生き延びるには何が必要か——君なら、もう分かっているだろう?」


蘭雪は沈逸の言葉に沈黙した。


(確かに、私はこの後宮で生き残るために戦ってきた)


(だが、それが沈逸の手を取る理由にはならない)


「私に、その“選択”を迫るのなら……少なくとも、もう少し具体的な話をしていただけませんか?」


沈逸は少し目を細め、口の端をわずかに上げた。


「なるほど……さすが蘭雪だ」


彼は袖の中から、ひとつの小さな木札を取り出し、蘭雪に差し出した。


「これを持って、今夜、御花園の東門へ来い」


「そこで、君に答えを見せよう」


蘭雪は木札を見つめた。


(この先に、何が待っているのか——)


沈逸は深く一礼し、風のように静かに立ち去った。


蘭雪は木札を握りしめ、心の奥で決意を固めた。




夜の帳が下り、静寂が後宮を包んでいた。御花園の東門へ向かう途中、蘭雪は何度も周囲を警戒しながら足を進めた。


(沈逸のことだから、軽々しく動いているわけではないはず……)


木札を懐に忍ばせながら、彼女は東門へとたどり着いた。そこにはすでに沈逸が立っていた。


「来たな」


月明かりに照らされた沈逸の横顔は、どこか浮世離れした美しさを帯びていた。


「ここで何を見せるつもりですか?」


蘭雪が問うと、沈逸は扇を開きながら微笑んだ。


「急くな。まずは、静かに私についてくるといい」


彼はそう言うと、奥へと歩き出した。


蘭雪は一瞬ためらったが、結局彼の後を追った。


* * *


二人は庭園の奥へと進み、やがて人目につかない竹林の一角へとたどり着いた。


そこには数人の人物が待っていた。


「……これは?」


蘭雪は警戒を強めたが、沈逸は落ち着いたままだった。


「彼らは私の仲間だ。ここでは詳細は話せないが……」


沈逸はふと扇を閉じ、蘭雪を見つめた。


「後宮の未来を変えたくはないか?」


その言葉に、蘭雪の胸が高鳴った。


沈逸の企みとは何なのか——そして、自分はそれにどう関わるのか。


蘭雪は目の前の沈逸をじっと見つめた。


「後宮の未来を変える……ですって?」


彼女の声には驚きと警戒が入り混じっていた。


沈逸は微笑を浮かべながら、扇をゆっくりと閉じた。


「そうだ。お前も気づいているだろう。この後宮には、理不尽な掟や権力争いが渦巻いていることを」


蘭雪は沈黙した。


それは確かに事実だった。妃嬪たちは生き残るために互いを陥れ、誰もが己の立場を守ることに必死になっている。


「……あなたは、一体何をしようとしているの?」


沈逸は月明かりの下でゆっくりと口を開いた。


「私には、この後宮を牛耳ろうとする者たちが何を企んでいるのか、ある程度の情報が入っている。だが、それを正すためには、私一人では限界がある」


「だから、私を誘っているの?」


蘭雪の問いに、沈逸は少し口元を歪めた。


「お前なら、単なる棋子にはならず、自ら盤をひっくり返す力を持っている……そう思っただけだ」


「……それで、具体的には何をするつもり?」


沈逸は一瞬、迷うような素振りを見せたが、やがて静かに言った。


「まずは——皇后の動きを探る」


「皇后様の?」


「そうだ。お前も感じているはずだ。最近の皇后の行動には、何か裏がある」


確かに、蘭雪は皇后の態度に違和感を抱いていた。


沈逸は続けた。


「沈貴人の件もそうだが、他の妃嬪たちに対する動きも妙だ。彼女は表向きは穏やかで理知的な皇后を演じているが……その裏に何かがある」


沈逸の言葉に、蘭雪の心は揺れた。


(皇后様は……何を考えているの?)


沈逸は蘭雪の迷いを見抜いたように、ゆっくりと近づいた。


「蘭雪、お前はどうする?」


彼の声は、低く、優しく響いた。


蘭雪は息を呑み、そして——


蘭雪は沈逸の問いに、すぐには答えなかった。


皇后の動きを探る——それは、後宮の均衡を揺るがしかねない行為だ。


しかし、沈貴人の一件を通して、蘭雪は皇后がただの温厚な后ではないと確信しつつあった。


(このまま皇后様に従っていれば、私は生き延びることができるかもしれない。でも……)


沈逸の言葉が蘭雪の胸を締めつける。


「お前なら、単なる棋子にはならず、自ら盤をひっくり返す力を持っている……」


彼は、私に“選択”を迫っている——。


沈逸の琥珀色の瞳が、静かに彼女を見つめていた。


「蘭雪、迷うのも無理はない。しかし、お前が後宮で生き抜くためには、ただ流されているだけでは足りないんだ」


「……わかっています」


蘭雪は小さく息を吐き、沈逸を見上げた。


「私も、皇后様の真意を知りたい。ですが、軽率な行動は避けるべきです。慎重に動きましょう」


沈逸は満足そうに微笑んだ。


「そうこなくてはな。お前が私の誘いをすぐに受けるとは思っていなかったが……その慎重さこそ、お前の強みだ」


「それで、具体的にはどうするつもりですか?」


沈逸は少し顎に手を当て、考えるような素振りを見せた後、静かに言った。


「まずは、皇后に近い人物の動向を探る。とくに、彼女が最近重用している女官たちの中に、不審な動きをしている者がいないか調べるんだ」


「皇后様の女官……」


蘭雪は脳裏に浮かぶ顔ぶれを思い返した。


(皇后様のそばに仕える者たちは、みな忠実に見える。けれど、その中に隠された意図があるかもしれない)


沈逸は微かに笑い、扇を開いた。


「そしてもう一つ——お前自身も、皇后の信頼をより深く得ることだ」


「私が……?」


「そうだ。皇后の心の内を知るためには、外からでは限界がある。ならば、より近くにいればいい」


蘭雪は思わず息を呑んだ。


(皇后様に取り入る……?)


それは、危険な賭けだった。しかし——


「……やるしか、ありませんね」


沈逸はゆっくりとうなずいた。


「その通りだ。お前なら、きっとやれる」


蘭雪は強く拳を握った。


皇后の真意を探る——それが、今後の運命を大きく左右することになるだろう。


そして、その背後にいる沈逸の真の目的もまた、彼女は見極めなければならなかった。


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