表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/133

 第四十節 李太医の診断

 第四十節 李太医の診断


蘭雪は、李太医を自室へ招いた。


李太医は白い髭を撫でながら、蘭雪の前に恭しく座る。


「蘭雪様、お呼び立ていただき光栄に存じます。如何なされましたか?」


蘭雪は沈貴人から預かった香包を差し出した。


「この香の成分を調べていただきたいのです。皇后様が沈貴人に贈られたものですが、何か妙な気がします」


李太医は慎重に箱を開け、中の香を取り出す。


「ふむ……」


彼は手元の銀針を取り出し、香の表面をわずかに削り、それを火皿に落として火をつけた。


ふわりと漂う香煙——白檀、沈香、麝香が混じる馥郁ふくいくたる香り。


しかし、李太医の眉が微かに動いた。


「蘭雪様、これは……ただの香ではありません」


「どういうことでしょう?」


「微量ですが、ある種の薬草が混ぜられています。『安神散』と呼ばれるもので、心を落ち着かせる効果があります。しかし——」


李太医は慎重に言葉を選んだ。


「長期間吸い続けると、心神が鈍くなり、判断力が低下する可能性があります」


蘭雪の表情が険しくなる。


「つまり、沈貴人の思考を鈍らせようとしている?」


「断言はできませんが……その可能性は否定できません」


蘭雪は沈貴人の姿を思い浮かべた。


(皇后様……沈貴人を、どこへ導こうとしているのですか?)


蘭雪は静かに拳を握ると、李太医に深く礼をした。


「李太医、ありがとうございます。これは私に預けてください」


「承知いたしました。しかし、蘭雪様——お気をつけください」


「……ええ」


蘭雪は香包を見つめながら、深い考えに沈んだ。


皇后の真意を探る必要がある——沈貴人を守るために。


***



蘭雪は、夕刻の静かな廊下を歩いていた。


李太医から受け取った香包を懐にしまいながら、沈貴人のことを考える。


(皇后様は沈貴人を試しながらも、確実に何かを仕掛けている……)


皇后の意図を見極めなければならない。


そのとき——。


「蘭雪」


低くも澄んだ声が、背後から響いた。


振り向くと、そこには沈逸が立っていた。


「沈逸……?」


彼は相変わらずの涼やかな美貌を湛え、片眉をわずかに上げながら蘭雪を見つめている。


「随分と険しい顔をしているな」


蘭雪は一瞬迷ったが、沈逸ならば信頼できると判断し、小声で告げた。


「沈貴人のことです」


沈逸の瞳がわずかに鋭くなる。


「話を聞こう」


二人は人気のない庭へ足を運ぶ。


蘭雪は沈貴人が皇后から贈られた香包について説明した。


沈逸は黙ってそれを受け取り、香の匂いを嗅ぐ。


「……なるほど」


「やはり、何か仕掛けられている?」


沈逸は薄く笑った。


「さすがだな、蘭雪。気づいていなければ、沈貴人は気づかぬまま、ゆっくりと皇后の色に染められていただろう」


「沈逸、これはどうすれば……?」


彼は香包を弄びながら、しばし思案するように視線を落とす。


そして、ふっと微笑んだ。


「策はある」


「え?」


沈逸は蘭雪を見つめ、意味深な笑みを浮かべる。


「俺に任せろ。沈貴人を皇后の手から逃がす方法——用意してやる」


蘭雪は彼の言葉に、確かな信頼を感じた。


(沈逸……彼が動くなら、道は開けるかもしれない)


月明かりの下、沈逸の笑みはどこか挑戦的で、それでいて頼もしかった——。


沈逸は香包を手のひらで転がしながら、静かに言った。


「沈貴人に、この香を使わせるわけにはいかない」


蘭雪は沈逸の横顔を見つめながら問う。


「やはり何か仕掛けがあるのですね?」


沈逸は微笑を浮かべたまま答えた。


「香りそのものは害はないが、じわじわと精神に影響を与える成分が含まれている。使い続ければ、知らぬ間に皇后の言葉に従いやすくなるだろう」


蘭雪の眉が寄る。


「……つまり、沈貴人を皇后様の“忠実な者”にするためのもの、ということですね」


「その通りだ」


沈逸は指先で香包を弄びながら、何かを考えているようだった。


「このままでは沈貴人は皇后の手の中で動かされる駒になる。だが、下手に騒げば、皇后はすぐに別の策を講じるだろう」


「では、どうするのです?」


沈逸は微笑みを深めた。


「簡単なことだ。沈貴人がこの香を使っていると“見せかけ”つつ、実際には影響を受けないようにする」


「そんなことが可能なのですか?」


沈逸は懐から小さな紙包みを取り出し、蘭雪の手にそっと乗せた。


「これを沈貴人に渡せ。香包と一緒に忍ばせておけば、成分を中和する」


蘭雪は驚きながらも、沈逸の策に感心した。


「つまり、皇后様の目を欺きつつ、沈貴人を守る、ということですね」


「聡いな」


沈逸はにこりと笑い、軽く肩をすくめた。


「俺も沈貴人には恩がある。彼女が操り人形にされるのを見過ごす気はない」


蘭雪は沈逸の表情を見つめ、ふと胸の奥に温かいものを感じた。


彼は軽薄に見えて、実は深いところで人を守る男なのだ。


「……ありがとうございます、沈逸」


沈逸は目を細め、茶目っ気たっぷりに言った。


「礼は、そのうち酒でも奢ってくれればいい」


蘭雪は呆れたように笑い、静かに頷いた。


(沈逸がいるなら、大丈夫——)


夜の風が静かに吹き抜ける。


沈逸の策が、皇后の計略を覆す鍵となるのは、間違いなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ