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第三十三節 詩の裏に潜む思惑

 第三十三節 詩の裏に潜む思惑


紫蘭殿の詩会は、沈貴人の詩によって一層の深みを増した。


(見る者の心次第……か)


皇后は扇を閉じたまま、微かに目を細める。


「風が去った後に影が残るかどうかは、見る者が決める——。確かに、興味深いお考えです」


彼女の声は穏やかだったが、そこには探るような色が含まれていた。


「沈貴人、あなたは何を“影”とし、何を“月”と見ているのかしら?」


沈貴人は静かに微笑んだ。


「私の詩に決まった答えはございません。ただ、どのように解釈されるか、それがまた興趣を生むものかと」


皇后は微笑を深めた。


「なるほど。では、ここにいる皆はどう受け取ったのかしら?」


その言葉に、妃嬪たちは互いに顔を見合わせた。


「私には、過ぎ去った寵愛のことのように思えましたわ」


「いいえ、むしろ、変わらぬ忠誠のようにも聞こえます」


「月は皇帝陛下を指しているのでしょうか?」


さまざまな解釈が飛び交う中、麗妃がゆるりと扇を揺らしながら言った。


「けれど、“影”が消えないのなら、風がどれほど吹いても無意味ですわね」


沈貴人は、その言葉に目を伏せる。


(やはり、探りを入れられている……)


詩の意味を問いただすことで、彼女の本心を引き出そうとしているのだ。


しかし——。


「けれど、影が残ることで、新たな月が昇ることもあるのではなくて?」


静かに発せられた言葉に、皆が振り返った。


蘭雪だった。


彼女は沈貴人のそばに歩み寄りながら、柔らかく微笑んだ。


「影があるからこそ、月の光はより際立ちます。風は一時的でも、月と影は共に在るもの……」


沈貴人は、驚いたように蘭雪を見つめた。


(まるで、私を擁護するかのような……)


皇后は、その様子をじっと見つめていた。


そして、ゆっくりと口を開く。


「ふふ……やはり、面白いわ」


彼女は立ち上がり、優雅に衣を払うと、侍女に目をやった。


「そろそろ茶を新しくさせましょう。せっかくの詩会ですもの、皆で楽しみましょうね」


それは、一旦この話を収めるという意思表示だった。


沈貴人は、静かに息をつく。


(皇后様の意図は……まだ読めない)


しかし、この場を乗り切れたのは間違いない。


蘭雪はそっと彼女の袖を引き、微かに微笑んだ。


「大丈夫?」


沈貴人は、わずかに微笑み返す。


「ええ、ありがとう……」


蘭雪の存在が、どこか心強く思えた——。


***



詩会が終わり、妃嬪たちはそれぞれの宮へと戻っていった。沈貴人もまた、自らの宮へと帰るべく廊下を歩いていたが、背後からの視線に気づき、ふと足を止めた。


(……誰かが見ている)


振り返るが、廊下には風に揺れる簾の音が響くだけだった。


「沈貴人」


声に振り向くと、そこには蘭雪がいた。


「蘭雪……」


「お疲れ様。さっきの詩会、大変だったわね」


沈貴人は微かに笑い、静かに頷く。


「皇后様のお言葉には、やはり裏がありましたね」


「ええ……でも、あなたはよくやったと思う」


蘭雪は少し歩み寄り、小声で続けた。


「ところで、誰かにつけられている気がしない?」


沈貴人は驚き、再び周囲に目を走らせた。やはり、人の気配は感じるが、姿は見えない。


「……気のせいではないのね」


「ええ」


蘭雪は考え込むように視線を落とし、それからふっと微笑んだ。


「なら、確かめてみましょうか?」


「どうやって?」


「ここで立ち話をしていれば、そのうち誰かがしびれを切らして動くかもしれないわ」


沈貴人は息をのみ、蘭雪の提案に従うことにした。二人はわざと廊下に留まり、静かに会話を続けた。


すると——簾の影から、小さな動きがあった。


(……やはり)


蘭雪は沈貴人の袖を軽く引き、そっと目で合図する。沈貴人はその方向をちらりと見た。


そこには——黒衣の人物が、一瞬だけ姿を現した。


「誰!?」


沈貴人が声を上げると、その影はすぐに逃げ出した。


「待って!」


蘭雪と沈貴人は急いでその後を追った。


「この宮の者ではない……誰なの?」


「わからない……でも、放ってはおけないわ!」


廊下を駆け抜け、曲がり角を過ぎたところで、その影は突然足を止めた。


「——っ!」


次の瞬間、沈貴人と蘭雪もまた、足を止めた。


影の前には、一人の男が立っていた。


「……沈逸?」


沈貴人が驚きの声を漏らすと、沈逸は静かに微笑んだ。


「沈貴人、蘭雪……これは、僕に任せてくれませんか?」


沈貴人と蘭雪は、互いに顔を見合わせた。


(沈逸がここに……?)


彼は逃げようとする黒衣の人物を悠然と見据え、扇を開いた。


「さて……この者、どこからの遣いなのか、じっくり聞かせてもらおうか」


沈貴人と蘭雪は、沈逸の頼もしげな背中を見つめながら、事の成り行きを見守るしかなかった——。

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