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第二十二節 迫る足音

第二十二節 迫る足音


——バンッ!


扉を叩く音が、闇の中に響く。


「誰かいるのか!」


(見つかった……!)


蘭雪は素早く辺りを見回し、逃げ道を探した。


「蘭雪……!」


沈貴人の手が、わずかに震えている。


「大丈夫、落ち着いてください」


蘭雪は低く囁きながら、壁際の暗がりに目を向けた。


(あそこ……壁に隙間がある)


扉が破られるのも時間の問題。


蘭雪は沈貴人の手を取り、素早くその隙間へと向かった。


——ガンッ!


扉が勢いよく開かれると同時に、二人は闇の中へと身を滑り込ませた。


「……誰もいない?」


侵入者の男たちが、部屋の中を見回す。


「確かに物音がしたはずだが……」


「見間違いでは?」


「いや、もう少し探せ」


男たちは慎重に室内を調べ始めた。


(あと少し……見つかるわけにはいかない)


蘭雪は息を潜め、沈貴人とともにさらに奥へと進んだ。


やがて——。


細い通路の先に、微かな光が見えた。


「……出口?」


沈貴人が囁く。


蘭雪は頷き、慎重に近づいた。


——しかし、その瞬間。


「……っ!」


背後から、何者かの手が蘭雪の腕を掴んだ。


沈貴人が息を呑む。


蘭雪が振り返ると——。


「……やはり、ここにいましたか」


静かな声とともに、闇の中から現れたのは魏尚だった。


「さて……どうしましょうか?」


魏尚の目が、冷たく光る。


魏尚の手は、蘭雪の腕をしっかりと捉えていた。


「……魏尚?」


沈貴人が驚きの声を上げる。


宦官長は微かに笑いながら、ゆっくりと蘭雪を見下ろした。


「夜更けに、ずいぶんと面白いところを歩いておられる」


彼の声は穏やかだったが、確かな圧があった。


(どうする……?)


蘭雪は冷静に状況を分析した。


魏尚がここにいるということは、彼もこの部屋の存在を知っていたということ。


(ならば、問い詰められれば言い逃れは難しい)


だが、一つだけ確かなことがある。


——魏尚はまだ、私たちを即座に捕らえるつもりはない。


ならば、駆け引きの余地はある。


蘭雪はわずかに微笑み、魏尚を見つめた。


「宦官長こそ、こんな夜更けにどうなさいました?」


魏尚は少し目を細める。


「それを聞くのは、こちらのほうでは?」


「まあ……秘密を知った者同士、互いに穏便に済ませるのがよいかと」


蘭雪の言葉に、魏尚の口元が僅かに動いた。


「ほう……貴女がそんなことを言うとは」


「私もこの場で貴女たちを捕らえるのは、本意ではありません。しかし——」


魏尚は沈貴人へと視線を移した。


「そちらはどうでしょう?」


沈貴人が息を呑む。


蘭雪はすぐに間に入り、魏尚を遮った。


「この方は関係ありません」


魏尚はしばらく蘭雪を見つめた後、静かに手を放した。


「……では、こうしましょう」


「今夜のことは、私も見なかったことにする。しかし——」


「貴女もまた、何も見なかったことにするのです」


魏尚の声には、含みがあった。


(つまり……お互い、余計なことには首を突っ込むな、ということ)


蘭雪は少し考えた後、微かに頷いた。


「……承知しました」


魏尚は満足げに微笑むと、軽く袖を払った。


「では、どうか今夜はお早めにお戻りを」


そう言い残し、魏尚は闇の中へと消えていった。


沈貴人がようやく息をつく。


「……助かったの?」


蘭雪は慎重に頷いた。


「今夜は、ね」


魏尚が本当に黙っていてくれるのか、それはまだ分からない。


しかし、少なくとも今は動ける。


蘭雪は沈貴人の手を取り、慎重に出口へと向かった——。




静寂に包まれた夜の回廊を、蘭雪と沈貴人は足音を忍ばせながら歩いていた。


魏尚とのやり取りの余韻がまだ残っている。


(彼は本当に黙っていてくれるのか……)


魏尚の言葉は穏やかだったが、そこには暗に「こちらの出方次第」という意味が込められていた。


沈貴人もそれを感じ取ったのか、小さく震えている。


「……蘭雪」


「はい?」


「私は……どうすればいいのかしら?」


沈貴人の声には、不安が滲んでいた。


彼女は今までひっそりと暮らしてきた。しかし、今回の件で「目をつけられた」ことは確かだ。


「私はただ、穏やかに過ごしたかっただけなのに……」


蘭雪は立ち止まり、沈貴人の顔を見つめた。


「沈貴人、後宮は——流れに身を任せるだけでは、生き残れません」


「……!」


「私が申し上げられるのは、たった一つ」


蘭雪は沈貴人の手を握った。


「生き残りたいのなら、決意してください」


「決意……?」


沈貴人は戸惑いながらも、真剣に蘭雪を見つめた。


「私は、あなたを見捨てるつもりはありません」


「ですが……あなたがこの先も『ただ流されるだけの人』ならば、私には守ることができません」


「……!」


沈貴人の瞳が揺れる。


しばらく沈黙が落ちたが、やがて彼女は震える唇を噛みしめ——。


「……分かったわ」


沈貴人は小さく頷いた。


「私……もう、ただの沈貴人ではいられないのね」


「ええ」


蘭雪は静かに頷いた。


「……分かったわ」


沈貴人の目に、わずかだが決意の色が宿る。


(そう……後宮にいる限り、ただの駒でいるわけにはいかない)


沈貴人はまだ脆い。だが、今の決意が本物なら——。


蘭雪は彼女の手をそっと離した。


「では、今夜はここまで。お部屋にお戻りを」


沈貴人は深く息を吐き、静かに頷くと、慎重に歩き出した。


その背中を見送りながら、蘭雪はふと、夜空を見上げる。


雲間から覗く月が、ひどく静かに感じられた——。

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