第二十一節 閉ざされた扉
第二十一節 閉ざされた扉
扉の外から響く足音が、静寂の中に不吉な余韻を残していた。
蘭雪はすぐに扉へ駆け寄り、両手で押す。
——しかし、びくともしない。
「……外から鍵をかけられています」
沈貴人もまた、険しい表情で扉を見つめる。
「誰がこんなことを……」
蘭雪は耳を澄ませ、周囲の音に注意を払う。
(外にいるのは一人ではない……二人、いや三人か)
衣擦れの音や、微かな囁き声が聞こえる。
(彼らは、私たちがここに入るのを待っていた……?)
沈貴人が手にした鍵を見つめ、沈黙を破る。
「この鍵が導くものが、何者かにとっては知られてはならぬものなのかもしれないわね」
蘭雪は慎重に頷いた。
「恐らく……麗妃が隠した秘密。その手がかりが、この鍵の先にあるのでしょう」
しかし、今はまずここから脱出することが先決だ。
蘭雪は部屋を見渡し、別の出口を探る。
翠玉亭は長らく使われていないが、完全に封じられているわけではないはず。
——そして、視線が止まる。
「沈貴人様、こちらを」
蘭雪が指し示したのは、壁際の飾り棚だった。
沈貴人が戸惑いながらも近づくと、蘭雪は棚を軽く押してみせる。
——ギシ……。
棚が、僅かに動いた。
沈貴人が目を見開く。
「これ……隠し扉?」
蘭雪は静かに頷く。
「おそらく、非常時の逃げ道として作られたものでしょう。かつての麗妃が、何かを隠すために用意したのかもしれません」
沈貴人は決意したように頷き、二人で慎重に棚を動かす。
——ガタリ。
壁に隠された通路が露わになった。
「行きましょう、沈貴人様」
沈貴人が頷き、二人は暗い通路へと足を踏み入れた。
——その背後で、扉の向こうにいた者たちの声が、微かに響いた。
「……中には、まだいるか?」
「はい、扉は閉じたままです」
「ふん。ならばよい。ここで消えてもらうことになるのだからな。」
暗闇の中、蘭雪と沈貴人は慎重に足を進めた。
通路は狭く、かすかな湿気を含んだ空気が漂っている。
「……ここは、一体どこへ続いているのかしら」
沈貴人の囁き声が、闇の中に溶ける。
蘭雪は壁にそっと手を添えながら、小さく答えた。
「翠玉亭に秘密があるのなら……この通路も、ただの抜け道ではないはずです」
何かが隠されている。
そう確信しながら、二人は慎重に歩みを進めた。
——しかし、次の瞬間。
「ッ……!」
沈貴人が小さく息を呑んだ。
足元が、僅かに沈む感触——。
——ガコン。
仕掛けが作動する音が響いた。
「伏せてください!」
蘭雪が叫ぶと同時に、背後から矢のような何かが飛んできた。
——ヒュンッ!
二人の頭上をかすめるように、何本もの細い針が壁に突き刺さる。
沈貴人が震えながら、息を整えた。
「今のは……毒針?」
蘭雪は慎重に針を観察し、小さく頷く。
「おそらく、誰かが侵入した際の罠でしょう。麗妃が仕掛けたものか……それとも、別の者か」
沈貴人は唇を引き結ぶ。
「つまり、この道は何者かにとって“守らねばならない秘密”がある場所なのね」
蘭雪は目を細めた。
(この鍵が導く先……そして、仕掛けられた罠)
何者かがここへ来ることを恐れた証拠。
つまり——この先に、後宮の真実が隠されている。
「……進みましょう」
蘭雪は沈貴人の手を引き、再び通路を進む。
この先に何が待ち受けているのか——彼女たちはまだ、知る由もなかった。
通路の先は、やがて広い空間へと続いていた。
暗闇の中で、蘭雪は慎重に周囲を見渡す。
「……ここは?」
沈貴人も戸惑いながら足を止めた。
そこには、埃をかぶった書棚が並び、中央には古びた机が置かれている。
まるで、誰かが密かに使っていた書斎のようだった。
「こんな場所が、翠玉亭の下に……?」
沈貴人が呟く。
蘭雪は書棚に近づき、一冊の書物を手に取った。
黄ばんだ紙には、達筆な文字で何かが記されている。
「……これを見てください」
蘭雪が指し示したのは、ある一つの名前だった。
「麗妃」
「やはり……ここは麗妃に関わる場所」
沈貴人が息を呑む。
蘭雪は慎重に書を広げ、その内容に目を走らせた。
「慶成帝十三年、秋。麗妃の身に異変が起こる」
「異変?」
蘭雪は眉をひそめる。
記録は続く。
「麗妃は、ある日突然倒れ、高熱にうなされた」
「太医の診察では原因不明とされたが、麗妃は『誰かが自分を陥れようとしている』と訴えた」
沈貴人が息を詰まらせる。
「……つまり、麗妃は誰かに毒を盛られたと?」
蘭雪は黙って頷いた。
しかし、記録はそこで終わっている。
麗妃がその後どうなったのか——なぜ翠玉亭が封じられたのか、何も書かれていない。
「これだけでは、不十分ですね」
蘭雪は周囲を見回し、机の引き出しに手を伸ばした。
——ガタッ。
引き出しの奥に、小さな木箱が隠されていた。
蘭雪は慎重に蓋を開ける。
そこにあったのは、一通の手紙だった。
「……これが、麗妃の遺したもの?」
沈貴人がそっと覗き込む。
蘭雪は震える手で手紙を開いた。
そこには、かすれた筆跡でこう記されていた。
「この手紙を見つけた者へ」
「私は、真実を知ってしまった」
「そして、そのせいで——」
——バンッ!
突如、扉が激しく叩かれる音が響いた。
「誰かいるのか!」
沈貴人が驚き、蘭雪がすぐに木箱を閉じる。
(追っ手……!?)
この場所が知られている。
「急ぎましょう!」
蘭雪は沈貴人の手を取り、部屋の奥へと駆け出した。




