第二十節 皇后の影、再び
第二十節 皇后の影、再び
夜の静寂が翡翠殿を包み込んでいた。
蘭雪は魏尚の言葉を思い返しながら、慎重に部屋へ戻った。
(「どちらの手を取るのか」……)
魏尚は、まるで私がすでに何かの岐路に立たされているかのように言った。
確かに、高貴妃の勢力に飲み込まれれば沈貴人は危険に晒される。
かといって、今はまだ太后の側に立つこともできない——。
蘭雪はそっと灯りを灯し、机の上に筆を置いた。
慎重に考えねばならない。
この後宮で、誰の信頼を得て、誰と手を結ぶべきか——。
——コツ、コツ。
扉を叩く音がした。
蘭雪は顔を上げる。
「……どうぞ」
入ってきたのは、沈貴人の侍女・碧蓮だった。
「蘭雪様、沈貴人様がお呼びです」
(この夜更けに……?)
ただならぬ気配を感じながらも、蘭雪は頷いた。
「すぐに参ります」
碧蓮に従い、蘭雪は沈貴人のもとへ向かった。
沈貴人の居室に入ると、彼女はすでに薄衣を纏い、机に向かっていた。
「蘭雪……来てくれてありがとう」
沈貴人の声には、わずかな震えがあった。
「どうかなさいましたか?」
沈貴人は、机の上の紙を指でなぞる。
そこには、美しいがどこか急いで書かれた文字が並んでいた。
「これ……今夜、私の部屋に忍ばせてあったの」
蘭雪は驚きながら、紙を手に取る。
そこに書かれていたのは——。
「麗妃の影を追え。翠玉亭に鍵あり」
(……翠玉亭!?)
蘭雪の背筋に、冷たいものが走った。
「これは……誰が?」
沈貴人は首を振る。
「わからない。でも、麗妃と翠玉亭のことを知る者は、そう多くないはず……」
(誰かが私たちに、この謎を追わせようとしている?)
この紙の出所がわからぬ以上、迂闊に動くのは危険だ。
しかし、沈貴人はすでに決意を固めたような表情をしていた。
「蘭雪……私たちは、この先を知るべきだと思う?」
蘭雪は静かに紙を見つめ——そして、決意を込めて頷いた。
「ええ、沈貴人様。今こそ、真実を追う時です」
静かな夜の帳が、翡翠殿を包んでいた。
沈貴人の手元には、謎めいた紙片があった。
「麗妃の影を追え。翠玉亭に鍵あり」
この言葉が何を意味するのか——それを確かめるには、一つの場所へ向かうしかない。
「蘭雪……今夜、翠玉亭へ行くわ」
沈貴人の声には、決意が宿っていた。
蘭雪は慎重に答える。
「危険です、沈貴人様。どなたかの罠である可能性もあります」
「ええ、わかっている。でも、ここで足を止めるわけにはいかないわ」
沈貴人の瞳は揺るがない。
(……ならば)
蘭雪は深く息をつき、静かに頷いた。
「では、私もお供いたします」
——翠玉亭へ向かう二人
深夜の回廊は、冷たい夜風に満ちていた。
足音を忍ばせながら、蘭雪と沈貴人は翠玉亭へと向かう。
(以前訪れた時と変わらぬ静寂……だが、何かが違う気がする)
翠玉亭の扉の前に立ち、蘭雪はそっと手をかけた。
——ギィ……
軋む音とともに、扉が開く。
二人は中へと足を踏み入れた。
「麗妃が住んでいた場所……」
沈貴人が呟く。
部屋の中は、以前と変わらず古びたままだ。
しかし、よく見ると、机の上に新しい埃の乱れがある。
「……誰かが最近、ここに来た?」
蘭雪は慎重に周囲を見渡す。
そして、目を凝らすと——
屏風の奥に、微かに光るものが見えた。
「沈貴人様、あそこに……」
二人が屏風の裏に回ると、そこには小さな木箱があった。
「これは……?」
沈貴人がそっと木箱を開ける。
——中には、一枚の紙と、鍵が入っていた。
蘭雪は紙を広げ、そこに記された文字を読む。
「皇后の影を追え。この鍵が導く先に、真実がある」
(皇后……?)
蘭雪は息をのむ。
すると、その瞬間——
——バタン!!
外から、何者かが扉を閉める音がした。
「!」
蘭雪と沈貴人は、瞬時に身構える。
扉の外からは、誰かの足音が聞こえる。
(誰かに、閉じ込められた……!?)
沈貴人は、手の中の鍵を強く握りしめた。
「蘭雪……どうする?」
蘭雪は冷静に考える。
(この場を脱しなければ——しかし、この鍵の意味も確かめなければならない)
この鍵が導く「真実」とは何なのか?
そして、二人を閉じ込めた者の正体とは?




