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第二章 新たなる日々 第一節 後宮の朝

 第一節 後宮の朝


 朝霧がまだ薄く漂う頃、蘭雪は静かに目を覚ました。


(……ここが、私の新しい世界)


 昨日、長い道のりを経て入宮したばかり。


 今日から本格的に、後宮での生活 が始まる。


 ——否、生き残るための戦いが。


 蘭雪は寝台の上でそっと息を整えた。


 この広大な宮廷には、無数の女たちがいる。


 誰もが皇帝の寵愛を求め、少しでも有利な立場を得ようと策略を巡らせる世界。


「お目覚めでございますか、蘭雪さま」


 控えめな声とともに、小柄な侍女が帳を開いた。


 名は春燕しゅんえん


 昨日、新人の侍女として仕えることになったと聞かされていた。


「ご用意を整えております。お召し替えをどうぞ」


「ありがとう」


 蘭雪は静かに頷き、用意された衣を手に取る。


 柔らかな絹の衣は、鮮やかな藍色。


 地味すぎず、派手すぎず——。


(新人としては、これが無難ね)


 華美な装いをすれば目をつけられる。


 地味すぎても、見下される。


 後宮では「目立ちすぎず、それでいて侮られぬ立ち位置」が重要なのだ。


 身支度を整えながら、蘭雪は春燕に尋ねた。


「今日は、何か予定があるの?」


「はい。今朝は、新しく入宮した者たちが集まり、礼儀作法を学ぶ場が設けられるとか……」


「なるほど」


 蘭雪はゆるりと微笑む。


(後宮の作法を学ぶ場……そこには、どんな者たちが集まるのかしら)


 この場に集められる女たちは、皆、同じ境遇。


 そして、いずれは敵にも味方にもなりうる存在。


(……どんな人間がいるのか、見極めなくては)


 蘭雪は最後に衣の紐を締めると、ゆっくりと立ち上がった。


「行きましょう」


 ——こうして、蘭雪の後宮での最初の一日 が幕を開けた。



 朝の光が差し込む中、蘭雪は春燕に伴われながら芙蓉殿へと向かった。


 芙蓉殿は、新たに入宮した妃嬪たちが最初に礼儀作法を学ぶ場所。


 ここでは、宮中での立ち振る舞いや敬語の使い方、舞や詩文の心得などが教えられる。


(けれど、本当に大切なのは……誰がここにいるのか)


 後宮の世界では、どれほど教養があろうと、ただの飾りにすぎない。


 重要なのは、人と人との関係。


 誰が敵で、誰が味方となりうるのか——それを見極めることが、何よりも大切だった。


 蘭雪が芙蓉殿に足を踏み入れると、すでに十数名ほどの若い妃嬪たちが集まっていた。


 色とりどりの衣がひらめき、そこかしこで囁き声が交わされる。


「あなたも新入りなの?」


 突然、声をかけられた。


 蘭雪が振り向くと、そこには淡い紅梅色の衣をまとった美しい娘が立っていた。


 髪には精巧な金の簪が揺れ、その佇まいからは気品と自信が漂っている。


(……只者ではないわね)


「ええ。蘭雪と申します」


 蘭雪が丁寧に名を告げると、娘は微笑んだ。


「私は李如蘭りじょらん。よろしくね」


 李如蘭——その名を聞いた途端、周囲の妃嬪たちがざわめいた。


(李姓……ということは、外戚の出身 ね)


 外戚とは、皇族と血縁関係にある家柄のこと。


 すなわち、彼女は皇帝の縁者。


(入宮早々、手強い相手と出会ったわね……)


 如蘭は、蘭雪の表情の変化を見逃さなかったのか、くすりと笑った。


「お互い、新しい生活が始まるわ。仲良くしましょうね」


 その声音には、どこか含みがあった。


「ええ、もちろん」


 蘭雪も微笑を返しながら、心の中で慎重に距離を測る。


(この後宮で、「仲良くしましょう」なんて言葉を信じるほど、私は愚かではないわ)


 ——そうして、蘭雪は最初のライバルとなる人物と出会った。





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