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第十一節 宦官長の動向

 第十一節 宦官長の動向


 詩会が終わると、妃嬪たちはそれぞれの宮へと戻っていった。


 沈貴人の詩は見事に場を収め、皇后の寵遇を受けるかのような形で幕を閉じた。


(これで、しばらくは沈貴人様に対する風当たりも和らぐはず)


 蘭雪は内心で安堵する。


 だが、その目の端には、静かに酒杯を傾ける魏尚の姿があった。


 魏尚は、詩会の間ずっと沈貴人と蘭雪の様子を見守っていた。


 彼の目には、まるで獲物を狙う鷹のような鋭い光が宿っていた。


(……魏尚が、何を考えているのか)


 蘭雪は警戒を解かずにいた。


 やがて、詩会が完全に解散すると、宦官たちが会場の後片付けを始める。


 その間、蘭雪は沈貴人を送り届けるため、静かに後宮の回廊を歩いていた。


 ——しかし、その途中で。


「蘭雪姑娘」


 不意に背後から呼び止められる。


 振り返ると、そこには魏尚が立っていた。


 彼の微笑は穏やかだが、その目はまるで鋭い刃のようだった。


 沈貴人がわずかに身を強張らせる。


 蘭雪もまた、冷静な表情を保ちながら魏尚に向き直った。


「魏公公、何か?」


「ええ、少しお話を……どうぞ、気を楽に」


 魏尚は人払いをし、沈貴人と蘭雪を庭の東屋へと誘った。


 蘭雪は警戒しながらも、その場から逃れるわけにはいかないと悟る。


 魏尚の立場は、後宮を掌握する宦官長。


 彼が微笑みながら何かを尋ねるとき——それは、単なる世間話ではない。


「沈貴人様、本日の詩会での御活躍、お見事でした」


 魏尚が軽く扇を振りながら言う。


 沈貴人は慎ましく微笑んだ。


「恐れ入ります、魏公公」


「皇后様も大層お喜びでした。しかし、葉貴妃様の視線が冷たかったのが気にかかりますな」


 魏尚の言葉に、沈貴人の指先がかすかに震える。


 葉貴妃——皇后に次ぐ地位を持つ妃であり、沈貴人の立場を最も危うくする存在。


 蘭雪は沈貴人を守るように、前に出る。


「魏公公、それは一体……?」


「おや、何でもありませんよ」


 魏尚は扇を閉じ、ゆっくりと立ち上がった。


「ただ、これから沈貴人様がどのような道を歩まれるのか……我々宦官も注視しております」


 ——脅し。


 それが魏尚の真意であることは明らかだった。


 沈貴人が詩会で得たものは葉貴妃の反感と、魏尚の監視。


 蘭雪は、魏尚の言葉の裏を慎重に探る。


(……魏尚が、なぜ沈貴人様に関心を?)


 後宮の宦官たちは、己の利害に従って動く。


 魏尚が沈貴人に興味を持つということは——彼女が今後、後宮での争いの鍵になるということ。


「では、今宵はこれにて」


 魏尚は、ゆるりと一礼すると、そのまま回廊の向こうへと消えていった。


 沈貴人は小さく息を吐き、蘭雪を見つめる。


「……蘭雪、私は……」


「大丈夫です、沈貴人様」


 蘭雪はそっと沈貴人の手を握る。


「魏尚がどのように動こうとも、私たちが賢く立ち回ればいいのです」


「ええ……」


 沈貴人は不安げにうなずいた。


 だが蘭雪は、この一件が今後の波乱の幕開けであることを悟っていた。


 魏尚が沈貴人に目をつけた以上、次なる試練は避けられない——。





 魏尚と別れた後、沈貴人の宮へ戻る道すがら、蘭雪は深く思案していた。


(魏尚が沈貴人様に興味を持った理由……)


 宦官長ともなれば、単なる後宮の噂に振り回されることはない。


 魏尚が沈貴人に関心を示したのは、彼自身の利益につながる何かがあるからに違いない。


(葉貴妃様と対立させようとしているのか、それとも……)


 沈貴人の手をそっと握ると、その指先が微かに震えているのがわかった。


「沈貴人様、ご心配なさらずとも大丈夫です」


「……蘭雪」


「魏尚は確かに後宮を掌握する大物ですが、彼が直接手を下すことはありません。彼は動く前に、相手を試すのが常です」


「試す……?」


 沈貴人が眉を寄せる。


「はい。彼は沈貴人様の反応を見ていました。もし、沈貴人様が怯えすぎたり、逆に反発したりすれば、それを利用するつもりだったでしょう」


「そう……ね。あなたがいてくれて、助かったわ……」


 沈貴人は小さく息をつきながら、宮殿の灯りを見つめた。


 ——しかし、魏尚が“試す”のは沈貴人だけではない。


(私のことも見ていた……)


 蘭雪はそのことを強く感じていた。


 魏尚が沈貴人に対する影響力を試すと同時に、蘭雪がどこまで沈貴人を支えられるのか、測っていたのではないか。


(宦官長の真意……それを探らなければ)


 蘭雪は沈貴人を宮に送り届けると、ひとり翡翠殿へと戻る。


 夜風が静かに吹き抜ける中、蘭雪は心を決めた。


「魏尚が次に何を仕掛けるのか……先に動いて確かめるしかない」


 翌日、蘭雪はひそかに宦官の中でも魏尚の腹心とされる趙祥ちょうしょうに接触することを決めた——。



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