第百二十一節 右の通路へ
第百二十一節 右の通路へ
私は迷わず、右の通路へ向かった。
「灯りが漏れているなら、誰かがいる可能性があります」
沈逸は軽く頷き、私の後を静かについてくる。
足音を抑えながら、慎重に進んだ。
◇
通路の奥には、古びた木戸があった。
隙間から、かすかに明かりが漏れている。
(……この先に、人がいる?)
私は扉の前で立ち止まり、そっと耳を当てた。
——かすかに、人の話し声がする。
(誰かが話している……)
沈逸も耳を澄ませ、低く囁いた。
「……聞き取れますか?」
私は静かに頷くと、慎重に声の内容を聞き取ろうとした。
やがて——
「……陛下の容態は、まだ安定していない」
「柳慶様が指示を出された。しばらく様子を見るべきだと」
「だが、蘭雪嬪が動き始めたと聞く。まずいのでは?」
私は息をのんだ。
(やはり柳慶が関わっている……!)
沈逸も表情を引き締めた。
「……証拠がそろいましたね」
私は扉をそっと押す。
ギィ……
(……鍵は、かかっていない)
扉の隙間から、中の様子を覗く。
中には、宦官が二人。
小さな卓を挟み、ひそひそと話している。
(今なら、気づかれずに近づける……)
(まだ姿を見せるべきではない……)
私は息をひそめ、沈逸とともに暗闇に身を潜めた。
宦官たちは、こちらに気づく様子もなく話を続ける。
「……柳慶様は、陛下の薬を慎重に調整すると言っていたが……」
「慎重? 本当にそれだけなのか?」
「どういう意味だ?」
もう一人の宦官が、声をひそめる。
「実は、昨日の夜——葉貴妃様が密かに柳慶様のもとを訪れたそうだ」
私は沈逸と目を合わせる。
(葉貴妃が柳慶と接触?)
「何を話していた?」
「詳しくは分からない。ただ……陛下の御体のことに関わる話だったと聞く」
「まさか……」
「静かに! 誰かに聞かれたら命がないぞ」
宦官たちは周囲を警戒するように、声を落とした。
それ以上は、はっきりとした言葉が聞き取れない。
(……葉貴妃が、皇帝の体調に関して柳慶と密談を?)
沈逸が扇を軽く閉じ、低く囁く。
「これは、かなりの情報ですね」
私は慎重に考えた。
(もう少し聞き出すべきか……それとも、ここから離れるべきか……)
私は息をひそめ、さらに耳を澄ませた。
宦官たちは、まわりに警戒しながらも、まだ話を続けている。
「……柳慶様が、陛下の薬に手を加えたのは事実だ」
「やはり……でも、どうして?」
「それは……葉貴妃様のためだ」
私は息をのむ。
(やはり葉貴妃が……!)
「葉貴妃様が、陛下を弱らせたいと願っているのは明らかだろう?」
「……つまり、病状を長引かせるということか」
「さすがに命を奪うつもりではないはずだ。だが……陛下が弱っていれば、後宮の力関係も変わる」
私は沈逸と目を合わせる。
(……葉貴妃は、単に皇帝を害そうとしているわけではない)
(病を長引かせることで、後宮の主導権を握ろうとしているのか?)
沈逸が扇を軽く動かし、目で「どうする?」と問いかけてくる。
宦官たちの会話は、ますます核心に迫りつつあった。
しかし——
ガタッ!
(……!?)
どこかで何かが動く音がした。
宦官たちが、はっと顔を上げる。
「……誰かいるのか?」
私は咄嗟に身を縮め、暗闇に溶け込んだ。
(……まずい、気づかれる!)
宦官の一人が、こちらに近づいてくる——!
(……気づかれるわけにはいかない!)
私はとっさに沈逸の袖を引き、さらに暗い影の奥へと身を潜めた。
沈逸も即座に察し、静かに動く。
宦官の足音が近づく。
「……今、音がしたはずだ」
(まずい……このままでは——)
私は壁際に身を寄せ、呼吸を限りなく小さくする。
宦官が、すぐ目の前まで来た。
——あと、数歩。
「……気のせいか?」
沈逸が扇を軽く動かし、わずかに風を起こした。
その風が、反対側の隅に転がっていた小さな木片を動かす。
カラッ……
宦官が、そちらに視線を向ける。
「……あっちか?」
「まさか鼠では?」
もう一人の宦官が言う。
「……確かめるか?」
「いや、鼠なら仕方がない。大事な話がある、戻るぞ」
足音が遠ざかる。
(……助かった)
私は沈逸と目を合わせ、小さく頷いた。
宦官たちは再び卓に戻り、小声で話し始める。
(もう少し……核心に近づけるはず。)
私は身を潜めたまま、さらに耳を澄ませた。
宦官たちは、再び小声で話し始める。
「……柳慶様は、どのように薬を調整している?」
「毎日の分量を微妙に変えているようだ。すぐには害にならないが、長く続けば陛下の体は弱る」
「それなら、しばらくは陛下が倒れることはないのか?」
「そうだ。だが、柳慶様はいざという時のために、特別な薬を用意しているらしい」
(特別な薬……?)
私は沈逸と目を合わせる。
(……これは重要な情報だ)
もう一人の宦官が、周囲を見回しながら低く言った。
「その薬は、まだ誰にも使われていない。だが、葉貴妃様が次の機会に試すつもりらしい」
「……つまり、陛下の病状が『悪化する』可能性があるということか」
「柳慶様がどのように動くかは分からないが……貴妃様は、この機会を逃さないだろう。」
私は息をのんだ。
(葉貴妃は、皇帝の病を利用しようとしている)
(さらに、柳慶は『決定的な一手』を用意している……。)
沈逸が、わずかに身じろぎした。
そのとき——
ギィ……
(……!?)
突然、扉が開く音がした。
「——誰だ?」
宦官たちが、驚いて立ち上がる。
私は息をひそめた。
(……誰か、来たのか?)
沈逸が目で「この場を離れるべきか?」と問いかけてくる。




