第百十七節 柳慶への直接対決
第百十七節 柳慶への直接対決
(何者かに襲われた、ですって……?)
柳慶が調査を拒む理由として「襲撃」を持ち出したのは、偶然ではないはず。
(誰かが証拠を隠滅しようとしたか、それとも柳慶自身が仕組んだ芝居か……)
どちらにせよ、確かめるしかない。
◇
私は沈逸と共に、柳慶が療養している部屋へと向かった。
薬の香が漂う静かな室内。寝台の上には柳慶が横たわり、額に包帯を巻いていた。
「柳慶様、ご無事で何よりです」
私がそう声をかけると、柳慶はゆっくりと目を開け、私を見つめた。
「……蘭雪殿」
かすれた声。しかし、その瞳はどこか冷静さを保っていた。
沈逸が軽く扇を閉じ、静かに問いかける。
「襲撃の件、詳しく聞かせていただけますか?」
柳慶はため息をつき、わざとらしく痛むような仕草を見せながら口を開いた。
「昨夜、何者かが私の部屋に忍び込みました……。気づいたときには、頭を殴られていて……」
「薬草庫の調査が決まった直後の襲撃……偶然でしょうか?」
私がそう言うと、柳慶は困ったように眉を寄せた。
「私にも分かりません。ただ、盗賊の仕業かもしれませんし……」
「では、何か盗まれたものは?」
「……特には」
矛盾している。
(盗賊なら、薬草庫を荒らしたはず。でも、何も盗まれていないということは……?)
沈逸も同じことを感じたのか、冷静な口調で言った。
「柳慶様、陛下の御許しを得ている以上、薬草庫の調査は避けられません」
「……ですが、薬草庫は荒らされていて、今はまともに調査できる状態では……」
柳慶はなおも抵抗する。
私はそこで、一歩踏み込んだ。
「それなら、今すぐ私が確認させていただきます」
柳慶の表情が強張る。
(やはり、何か隠している……)
沈逸もそれを察したのか、ゆっくりと扇を開いた。
「柳慶様、拒む理由がないのなら、ご案内願えますか?」
柳慶はわずかに逡巡した後、低く息を吐いた。
「……分かりました。ただし、十分に気をつけてください」
私たちは柳慶の案内で、ついに薬草庫へと向かうことになった。
◇
そこには、驚くべき光景が広がっていた。
棚は乱れ、一部の薬材はこぼれ落ちている。しかし——
(おかしい……。本当に「荒らされた」ようには見えない)
あまりにも整然としすぎている。まるで「荒らされたように見せかけた」かのように。
(何かが仕組まれている……!)
私は慎重に周囲を見渡し、どこから調べるべきかを考えた。
(この薬草庫……表向きは荒らされているように見えるけれど、何かがおかしい)
棚の乱れ方が不自然すぎる。それに、柳慶の態度も妙に落ち着いている。
私はすぐに棚を調べるのではなく、まず柳慶の様子を観察することにした。
「柳慶様、随分と綺麗に荒らされていますね」
沈逸が扇を軽く振りながら、皮肉めいた口調で言う。
柳慶はわずかに目を細めた。
「荒らされたのですから、乱れているのは当然でしょう」
「それにしては、貴重な薬材がほとんど無事ですね」
私が指摘すると、柳慶の指がほんのわずかに動いた。
(今、視線が……)
彼は一瞬、棚の奥の方へと目を向けた。それも、ほんの一瞬のこと。
(あそこに何かがある)
私はあえて棚には近づかず、ゆっくりと室内を歩いた。
「そういえば柳慶様、この薬草庫にはどのような薬材が保管されているのかしら?」
「……さまざまな種類がありますよ。陛下や后妃方のために、最良の薬を揃えています」
「例えば?」
柳慶が説明を始める間、私は注意深く彼の視線の動きを観察した。
彼は棚の中の特定の場所に視線を向けないようにしている。
(やっぱり……あの棚の奥に何かがある)
沈逸も同じことを感じたのか、ふっと微笑んだ。
「なるほど、さすがは宮中の名医ですね」
彼は何気ない素振りで歩きながら、私の視線の先にある棚の方へと近づいていく。
柳慶の指がピクリと動いた。
(動揺している……!)
私は沈逸と目を合わせ、ゆっくりとその棚の前に立った。
「柳慶様、この奥にある薬は?」
柳慶の表情が硬直する。
「それは……陛下のために調合した特別な薬です」
「ならば、見ても問題はありませんね?」
私は微笑みながら、棚の奥へと手を伸ばした。
すると——そこには、隠し棚があった。
(やはり……!)
隠し棚の中に収められていたのは、見慣れぬ小さな薬壺。
その表には、細かい文字でこう記されていた。
「華胥散」
沈逸がその名を見て、扇を止めた。
「……これは」
私も息をのむ。
華胥散——それは、長期間服用すると体を衰弱させる毒として知られている。
(まさか……!)
私は柳慶を振り返る。
「柳慶様、この薬は一体……?」
柳慶の顔が青ざめる。
「それは……!」
しかし、そのとき——
「何をしている!」
鋭い声とともに、部屋の外から宦官長・魏尚が姿を現した。
◇
(魏尚……!)
彼の突然の登場に、場の空気が一気に緊張する。
魏尚はゆっくりと近づき、柳慶と私たちを鋭く見据えた。
「このような場所で、何の騒ぎだ?」
彼は沈逸に視線を向ける。
「沈侍講、あなたが正式な調査を申し出たことは承知している。しかし、これは宮中の医療に関わる重要なことだ。勝手に触れるのは許されぬ」
(……どうする?)
ここで引けば、せっかくの証拠を失うかもしれない。しかし、魏尚を正面から敵に回せば、後宮での立場が危うくなる。




