第百十五節 柳述への問い
第百十五節 柳述への問い
私は柳述をまっすぐに見据え、静かに口を開いた。
「柳述、柳慶との関係について話してもらえませんか?」
柳述の表情が一瞬、微かにこわばる。
「……柳慶?」
「ええ。柳慶が処方した薬に朱砂草が混ぜられていた。皇后様が悪夢に悩まされているのは、そのせいかもしれないわ」
柳述はすぐには答えず、茶碗を持ち上げ、ゆっくりと口を湿らせた。
「それが何か?」
平然とした態度——しかし、私は引き下がらない。
「柳慶は魏尚様の庇護を受けているそうね?」
柳述の手が、一瞬だけ止まる。
(やはり……)
「貴妃と魏尚が繋がっていることは、もはや周知の事実。しかし、柳慶の動きはそれ以上の意味を持っている気がするの」
柳述はゆっくりと私を見た。
「……何が言いたいのです?」
私は一歩、彼に近づいた。
「魏尚様の動き——私に教えてくれない?」
柳述の目が鋭くなる。
「随分と大胆ですね」
私は微笑を浮かべたまま言った。
「魏尚様の忠実な部下であるあなたなら、ご存じのはずよ。柳慶が関わっている計画……いったい何を狙っているの?」
柳述はしばし沈黙し——
「……それを知って、どうするおつもりですか?」
私は柳述の目をまっすぐに見据えた。
「皇后様を陥れる計画なら、阻止させてもらうわ」
柳述の表情が険しくなる。
「——随分と強気ですね」
「事実を突きつけられるのは、不愉快かしら?」
私は微笑を浮かべながらも、声に鋭さを滲ませた。
「柳慶が調合した薬のせいで、皇后様は日々衰弱している。それが魏尚様の意向なら、私も黙って見過ごすわけにはいかない」
柳述は扇を閉じるように、茶碗をそっと置いた。
「……もし、あなたがこれ以上深入りすれば——危険ですよ」
「危険を恐れていては、何も守れないわ」
柳述の目が細められ、じっと私を見つめる。
「あなたは……なぜそこまで皇后様にこだわるのです?」
私はわずかに間を置いた。
(ここで慎重に言葉を選ばないと……)
私は柳述の鋭い視線を受けながらも、冷静に答えた。
「皇后様が失脚すれば、後宮の均衡が崩れるからよ」
柳述の眉がわずかに動く。
「……均衡、ですか」
私は頷いた。
「今、皇后様は確かに弱っている。でも、彼女がいるからこそ、貴妃や魏尚様も動きを慎重にしているのではなくて?」
柳述は沈黙する。私は言葉を続けた。
「もし皇后様が失脚すれば、次に皇后の座を狙う者たちの争いが始まる。貴妃が有力だとしても、すんなり即位できるとは限らない。その間に後宮は混乱し、魏尚様の立場すら揺らぐことになるわ」
柳述はしばらく考え込むように視線を落とした。
「……なるほど。あなたは、皇后様を守ることで後宮の安定を保とうとしているのですね」
「ええ。それに、魏尚様も無謀な賭けをするような方ではないでしょう?」
柳述はわずかに唇の端を上げた。
「……あなたの言うこと、一理ありますね」
私は内心で小さく息を吐いた。
(少しは納得してくれたようね)
しかし、柳述はすぐに表情を引き締め、低い声で言った。
「ですが、それでも魏尚様の計画を止めることは難しいでしょう。柳慶の動きはすでに魏尚様の許可を得ている。それを覆すには……確固たる証拠が必要です」
私は柳述の目を見つめながら、静かに問いかけた。
「その証拠、あなたは知っているのでは?」
柳述は薄く微笑し、ゆっくりと立ち上がった。
「興味深いお話でした。ですが、これ以上は……私にも軽々しく口にできません」
(逃がさない——!)
私は素早く一歩踏み出し、柳述に最後の一押しをかけた。




