第百十四節 柳慶との対峙
第百十四節 柳慶との対峙
私は皇后様に一礼し、すぐに寧和宮を後にした。
(柳慶を問い詰める……今しかない)
彼が薬草庫で何をしていたのか、なぜ朱砂草を使っていたのか。証拠を掴めなくても、直接揺さぶりをかければ、何かしらの情報を引き出せるはずだ。
私は桂花を伴い、柳慶がいるであろう侍医館へと足を向けた。
◇
柳慶は侍医館の奥、調合室の前で何かの薬草を選んでいた。
私は躊躇せず、その場へ足を踏み入れる。
「柳慶」
彼は私の声に気づき、振り返った。その顔には驚きの色が浮かぶが、すぐに平静を装った。
「……蘭雪様。夜更けにどうされました?」
私は柳慶をまっすぐに見据えた。
「先ほど、あなたが薬草庫で朱砂草を扱っているのを見ました」
柳慶の表情が一瞬硬直する。
「……何のことです?」
「しらを切るつもり? 朱砂草は幻覚を引き起こす薬草。それを皇后様の処方に混ぜていたのでは?」
柳慶は目を細め、扇を開くような仕草で指を軽く動かした。
「なるほど……よくご存知ですね。しかし、それが何だと?」
開き直った態度。しかし、私は引き下がらない。
「皇后様は最近、悪夢に悩まされているそうよ。朱砂草のせいかしら?」
柳慶は微かに笑った。
「証拠はありますか?」
「証拠がなければ問い詰めてはいけないの?」
私は柳慶に一歩近づき、低く告げた。
「皇后様にはすでにお伝えしました。あなたの処方はすべて見直されるでしょう。侍医館の薬も、改めて調査されるはず」
柳慶の笑みが薄れる。
「……つまり、私を罠にはめるおつもりですか?」
「罠? 何かやましいことでも?」
柳慶は私を見据え、しばし沈黙した。
そして——
「……ふふ、あなたという人は、実に厄介だ」
柳慶は小さくため息をついた。
「蘭雪様、忠告しておきます。深入りしないほうがよろしいですよ」
「それはどういう意味?」
柳慶は微笑を浮かべたまま、静かに言った。
「……すぐに分かりますよ」
その言葉に、私は背筋が冷たくなるのを感じた。
◇
柳慶は直接認めなかったが、彼が何かを企んでいるのは明らかだった。
(これで彼も動く……次に仕掛けてくるのは、沈貴人かもしれない)
私は一度、策を練り直す必要があった。
◇
柳慶との対峙を終えた後、私はすぐに沈逸のもとへ向かった。
(柳慶の背後には誰がいるのか。沈貴人だけではないはず……)
柳慶はただの侍医ではない。薬草の知識と手腕を持ちながら、貴妃の派閥に与している。それだけではなく、あの自信に満ちた態度……まるで「何があっても自分は守られる」と言わんばかりだった。
(彼を守る何者かがいる……その正体を突き止めないと)
◇
夜闇に紛れ、私は密かに翰林院へと足を踏み入れた。
沈逸の書斎には、仄かに灯された燭台の光が揺れていた。
「こんな時間に……珍しいですね」
沈逸は静かに扇を開き、私を見やる。
「あなたに相談したいことがあります」
私は簡潔に柳慶の件を伝えた。
沈逸はじっと聞いていたが、やがて小さく笑った。
「柳慶ですか……やはり彼でしたか」
「やはり?」
沈逸は扇をゆるく閉じ、私に目を向ける。
「柳慶の背後には、宦官長・魏尚がいます」
「魏尚……!」
宦官長・魏尚。後宮の権力を握る宦官の長であり、貴妃派の後ろ盾。
(柳慶は沈貴人だけでなく、魏尚とも繋がっていた……)
沈逸は私の動揺を見透かしたように言葉を続けた。
「柳慶は魏尚の庇護を受けているため、普通の手では崩せません」
「……なら、どうすれば?」
沈逸は薄く微笑み、言った。
「柳慶を動かすのは難しいですが、魏尚の弱点を突けば、状況は変わりますよ」
私は沈逸を見据えた。
「魏尚の弱点を探るには?」
沈逸は扇を閉じ、静かに言った。
「魏尚の動向を追うなら、彼の寵愛を受けている宦官・柳述に接触するのが得策でしょう」
私は頷いた。
(柳述に会い、魏尚の秘密を探る……これが次の一手ね)
◇
翌日、私は柳述に接触する機会を狙った。
柳述は魏尚の側近であり、彼の信頼を一身に受ける宦官。魏尚が心を許している数少ない人物の一人と言われている。
(彼から情報を引き出せれば、大きな武器になる)
しかし、柳述は慎重な人物だ。下手に動けば、私が情報を探っていることが魏尚に伝わるかもしれない。
私はまず、彼がいつどこで動くのかを調べた。
◇
柳述は夕刻、御花園の奥で休憩を取ることが分かった。魏尚の元を離れ、一人でいる時間はそこしかない。
私は慎重に機をうかがい、その場へ向かった。
柳述は白梅の木の下で、一人静かに茶を飲んでいた。
「宦官長の側近ともあろう方が、随分と静かな場所を好まれるのですね」
私の声に、柳述は微かに目を細めた。
「……蘭雪様」
柳述はゆっくりと茶碗を置き、私を見つめた。
「ご立派な身分の方が、宦官などに何のご用で?」
私は微笑み、静かに言った。
「魏尚様のことで、少し話をしたくて」
柳述の目が鋭くなる。
「——興味深いですね。どのようなお話でしょう?」




