第百十二節 ——沈逸と共に、沈貴人の秘密を探る
第百十二節 ——沈逸と共に、沈貴人の秘密を探る
夜が更けるほど、後宮の静寂は深まる。だが、それは決して安寧を意味しない。この宮の闇は、誰もが気づかぬうちに陰謀を孕み、牙を剥く。
私は机の上に置かれた蝋燭の灯を見つめながら、考えを巡らせていた。沈貴人の宮で見つかった「珍しい薬草」——おそらく、何かしらの秘密が隠されている。だが、彼女を追い詰めるには、決定的な証拠が必要だ。
その時、障子の向こうから微かな足音が聞こえた。
「お入りなさい」
私が声をかけると、扉が音もなく開いた。
「夜更けに申し訳ない」
静かな声音。沈逸だった。彼はいつものように落ち着いた表情で、片手に扇を持ち、私を見つめていた。
「待っていたわ」
私は微笑を浮かべながら、彼を迎えた。
沈逸は扇を軽く揺らしながら部屋に入り、私の向かいに座った。
「さっそく本題に入ろう」
彼の声は低く、けれど確信に満ちていた。
「沈貴人の宮で見つかった薬草——あれは『朱砂草』というものだ」
「朱砂草?」
私は眉を寄せた。その名を聞いたことはあるが、詳しくは知らない。
「朱砂草は、適量なら鎮静作用があるが、多量に服用すれば精神を混乱させ、幻覚を引き起こすことがある」
私は思わず息をのんだ。それが何を意味するのか、すぐに理解した。
「つまり、誰かを狂わせるために使うこともできる……?」
「その通り。」沈逸はゆっくりとうなずいた。「しかも、これはただの推測ではない。実は、最近皇后様の様子がおかしいという噂が立っている」
「皇后様の……?」
私は思わず目を見開いた。皇后は貴妃の派閥と対立しており、後宮の権力を握る重要な存在だ。もし彼女が精神を病んだとなれば、それは貴妃たちにとって好都合だろう。
「沈貴人がその件に関与していると?」
「確証はないが、可能性は高い。彼女は貴妃と親しく、しかも宮中の侍医と密かに会っていたという情報もある」
沈逸は扇を閉じ、私の目をじっと見つめた。
「蘭雪、お前はどう動く?」
沈逸の言葉は、私に選択を迫るものだった。
私は迷わず答えた。
「宮中の侍医を調べるわ。」
沈貴人を直接揺さぶるには、まず確実な証拠が必要だ。それに、もし本当に皇后様の身に何かが起こっているのなら、一刻も早く真相を掴まなければならない。
沈逸は薄く微笑み、静かに扇を開いた。
「賢明な判断だな。では、いくつか情報を共有しよう」
彼は扇を軽く動かしながら話し始めた。
「宮中の侍医は数名いるが、特に最近沈貴人の宮を頻繁に訪れているのは柳慶という侍医だ」
「柳慶……?」
私はその名を反芻する。聞き覚えはないが、沈逸の話しぶりからして、ただの侍医ではないのだろう。
「彼は元々貴妃の信頼を得ていたが、最近になって沈貴人の側についたらしい。表向きは大人しく実直な医者だが、裏では何やら動いているとの噂がある。」
「……その柳慶に接触する方法は?」
「二つある。」沈逸は指を二本立てた。「一つは、お前が何かしらの理由をつけて診察を受けること。もう一つは、彼の動向を探り、秘密裏に接触することだ。」
私はしばし考えた後、口を開いた。
「直接診察を受けるのは目立ちすぎるわね。柳慶の動向を探るほうが得策でしょう。」
沈逸は満足そうに頷いた。
「ならば、手配をしよう。柳慶は毎日決まった時間に薬草庫へ行く。そこで何をしているのか、確かめる価値があるはずだ。」
私は彼の言葉に頷き、明日の行動を決めた。
◇
翌日、私は桂花を伴い、何気ない様子で後宮の庭を歩いていた。目指すのは宮中の薬草庫——柳慶が訪れるという場所だ。
薬草庫は、宮中の奥まった場所に位置している。白壁の小さな建物だが、宮廷に必要なあらゆる薬草が保管されており、侍医たちが頻繁に出入りする。
私は距離を取りながら、しばらく様子をうかがった。
すると——
「柳侍医、お待ちください」
女官の声が聞こえた。
私はそっと視線を向ける。そこには、年の頃は四十ほどの細身の男が立っていた。柳慶だろうか。彼は落ち着いた雰囲気を持ち、侍医らしい控えめな振る舞いをしている。しかし、その目にはどこか鋭いものがあった。
柳慶は女官と数言交わした後、薬草庫の扉を開け、中へと入っていった。
私は桂花に目配せする。桂花は静かに頷き、私のすぐ近くに寄ってきた。
「お嬢様……どうしますか?」




