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第百十一節 皇帝の寵愛と権力闘争(7)

 第百十一節 皇帝の寵愛と権力闘争(7)


「そなたに、『女官の管理』を任せよう」


 その言葉が後宮に広まるのに、時間はかからなかった。


 蘭雪は正式な妃ではないものの、皇帝から直接権限を与えられたことで、後宮の勢力図が微かに揺らぎ始めた。


 ――女官の管理。


 これは単なる雑事ではなく、後宮の秩序を維持する上で極めて重要な役割だった。


 女官の動向を把握できれば、情報を制し、後宮の権力闘争を有利に進めることができる。


 この知らせを受け、妃たちの反応はそれぞれ異なった。


 貴妃・葉容華の私室


「……皇帝陛下も、随分と気まぐれなことをなさるものね」


 葉容華は、手元の茶杯を指でなぞりながら、静かに言った。


「ただの采女だった者に、女官の管理を?」


 馮蓮がすぐに応じる。


「はい。采女の立場でありながら、これは異例の処遇です」


「ええ……だが、慌てる必要はないわ」


 葉容華は冷ややかに微笑む。


「権利を与えられたとはいえ、所詮は女官の管理。実際の権力とは違うわ」


「しかし、このままでは……」


「ふふ、蘭雪の動きをしばらく観察するのも面白いでしょう」


 葉容華は優雅に茶を飲み干すと、目を細めた。


「どこまでやれるのか、見極めさせてもらうわ」


 沈貴人の居所


「……何ですって?」


 沈貴人は、沈芷蘭の報告を聞き、顔を険しくした。


「女官の管理を? なぜあの女が?」


 沈芷蘭は静かに膝をつく。


「皇帝陛下が直々にお命じになられたとか」


「……陛下は、あの女を特別視しているということ?」


 沈貴人は唇をかみしめた。


「蘭雪のことを侮ってはいけません」


 沈芷蘭が慎重に言葉を選ぶ。


「このままでは、彼女が確実に後宮での影響力を強めていくでしょう」


 沈貴人は沈思し、そして目を細めた。


「……ならば、失脚させるしかないわね」


「何か策を?」


「ええ。『女官の管理』を利用して、逆にあの女を貶めるのよ。」


 沈貴人の唇に、不敵な笑みが浮かぶ。


「さっそく準備をなさい」


「御意」


 沈芷蘭は静かに頭を下げ、部屋を出た。


(蘭雪……あなたに与えられた権利は、あなたを追い詰めるための道具になるわ)


 沈貴人の目が冷たく光った。


 蘭雪の居所


 蘭雪は、静かに書を広げ、与えられた役目について考えていた。


(……この権利がどれほどの意味を持つのか)


 それを理解しているからこそ、慎重に動かなければならない。


 すると、外から李紅梅の声が聞こえた。


「蘭雪、ちょっといいか?」


 蘭雪は微笑みながら顔を上げた。


「どうしたの?」


「これを見てほしいんだ」


 李紅梅が差し出したのは、何やら女官たちの間で起きた不正に関する報告書だった。


「……これは?」


「どうやら、誰かが意図的に問題を引き起こしているみたいだ」


 蘭雪は報告書を見つめ、静かに目を細めた。


(……これは、誰かが私を試している)


「面白いわね」


 蘭雪はゆっくりと立ち上がり、微笑んだ。


「ならば、こちらも一手を打ちましょう」


 ――新たな戦いの幕が上がろうとしていた。




 ◇


 あたりには冷たい静寂が満ちていた。夜の帳が下りると、紫禁城の後宮は昼間とは異なる顔を見せる。遠くで梟の声が響き、風に揺れる竹の葉が微かな囁きを立てるのみ。


 私は先ほどの沈逸の言葉を思い返していた。


 ——「考えがあるから、任せろ。」


 それだけを言い残し、彼は闇に溶けるように去っていった。彼の目には何か確信めいた光が宿っていたが、それが何を意味するのかはわからない。ただ、私は今、何か大きな策が水面下で動き出したことを感じ取っていた。


 やがて、侍女の桂花がそっと部屋へ戻ってきた。


「お嬢様……いえ、蘭雪様。先ほどの方は……」

「沈逸様のこと?」

「はい。彼が立ち去るや否や、周囲の女官たちが噂を始めました。とてもお慕いされているようですね。」


 私は小さく笑った。彼のような容姿と立ち居振る舞いなら、それも当然のことだろう。


「それで、桂花。何か変わったことは?」

「ええ……沈貴人様の宮で、不審な噂が立っています。」


 私は桂花を促して続きを聞いた。


「何でも、侍医が沈貴人様の部屋で珍しい薬草を見つけたとか……そのようなものを、なぜお持ちなのでしょうね?」


 その瞬間、沈逸の言葉と彼の去り際の態度が一本の糸で結ばれた。


 ——なるほど。これはそういうことか。


「桂花、この件については少し様子を見るわ。ただし、決して余計なことは言わないように。」

「かしこまりました。」


 桂花が深く頭を下げる。私は襟元を整えながら、静かに目を閉じた。


 嵐の前の静けさ。


 やがて、宮中に波紋が広がり始めることを予感しながら——。



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