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第百八節 皇帝の寵愛と権力闘争(4)

 第百八節 皇帝の寵愛と権力闘争(4)


 沈芷蘭の微妙な態度を感じ取り、蘭雪は慎重に次の策を考えていた。


「沈芷蘭は何かを知っている。だが、まだ確証がない……」


 李紅梅が腕を組み、低く唸る。


「だったら、もう一押しするか? 直接問い詰めてもいいが……」


 蘭雪は首を横に振る。


「いいえ、それでは証拠がつかめないわ。むしろ、沈芷蘭が動くのを待つべきよ」


 紅梅が面白そうに笑う。


「なるほど、泳がせるってわけか。お前、なかなか腹黒いな」


「そう思う?」


 蘭雪はくすりと笑うが、その眼差しは鋭かった。


(沈芷蘭が沈貴人の指示で動いたのなら、次は必ず何か仕掛けてくるはず……)


 その時、控えていた侍女の杏児が駆け込んできた。


「お嬢様! 先ほど沈貴人様が、陛下にお茶を献上されたとのことです!」


 蘭雪の表情が変わる。


「陛下に?」


「はい。葉貴妃様が献上されたお茶とは別に、沈貴人様がご自分で用意されたものを差し出されたとか……」


 李紅梅も眉をひそめた。


「妙だな……後宮で陛下に茶を献上するのは、基本的に太后か皇后、それに貴妃の役目だろ? 沈貴人がそこに割り込むのは、不自然じゃないか?」


 蘭雪は沈黙し、考えを巡らせた。


(……沈貴人が直接、陛下に茶を? 何か意図があるはず)


 もしも毒が盛られていたら――?


 しかし、それではあまりにも単純すぎる。


(毒ではない。だとすれば、別の方法で陛下を動かそうとしている……)


 その答えが見え始めた瞬間、蘭雪はすぐに立ち上がった。


「陛下のもとへ行くわ」


 杏児が驚く。


「で、ですが、急に伺うのは……」


「今行かないと、間に合わないかもしれないのよ」


 李紅梅も興味深そうに口元を歪めた。


「面白くなってきたな。私もついて行ってやるよ」


 御花園(皇帝の茶席)


 蘭雪が皇帝のもとへ向かうと、ちょうど沈貴人が茶を献上し、優雅に微笑んでいるところだった。


「陛下、このお茶は南方から取り寄せたものでございます。大変珍しい品でして……」


 慶成帝は沈貴人の言葉を聞きながら、静かに湯飲みを手にしていた。


 その瞬間――


「お待ちください、陛下!」


 蘭雪の声が響き渡った。


 沈貴人が驚いたように振り向く。


「蘭雪様……?」


 慶成帝の黒曜石のような瞳が、興味深げに蘭雪を見つめる。


「何用だ?」


 蘭雪は優雅に一礼し、静かに言葉を紡ぐ。


「そのお茶、もし許されるなら、私にも一口いただけませんか?」


 沈貴人の表情が一瞬強張る。


「……まあ。蘭雪様は、南方のお茶にご興味が?」


「ええ。陛下に献上されるほどの逸品、ぜひ味わいたいと思いまして」


 沈貴人は微笑みを保とうとするが、その指先がわずかに揺れているのを蘭雪は見逃さなかった。


(やはり、何かある……)


 慶成帝は静かに湯飲みを置き、蘭雪を見つめる。


「よい。お前も飲んでみるがよい」


 蘭雪は優雅に茶を手に取る。


 しかし、口元に運ぶ直前、ふと視線を沈貴人へ向けた。


「沈貴人様もご一緒に、いかがですか?」


 沈貴人の顔色が変わった。


「え……?」


 蘭雪は微笑む。


「せっかくの茶席ですもの。皆で楽しむのがよいかと」


 沈貴人は明らかに動揺していた。


「……わ、私も?」


「ええ。陛下に献上されたお茶なのですから、ご自身でもお確かめになられてはいかがでしょう?」


 沈貴人の手が震え、表情が一瞬だけ曇る。


(やはり、何かが仕込まれている……)


 沈貴人はすぐに取り繕い、ぎこちなく笑った。


「い、いえ……私は今朝、すでにお茶をいただきましたので……」


「それは残念です」


 蘭雪は静かに湯飲みを置いた。


 慶成帝はそんな二人のやり取りを黙って見つめていたが、やがて口を開いた。


「面白い」


 沈貴人がびくりと震える。


「……陛下?」


「蘭雪、お前はなぜこの茶を飲まなかった?」


 蘭雪は微笑を浮かべながら、静かに答える。


「沈貴人様が躊躇われたからです」


 慶成帝の目が細められる。


「ほう?」


「もし、何の問題もないお茶であれば、ご自身も楽しまれるはず……ですが、沈貴人様はそうなさいませんでした」


 沈貴人の顔色が青ざめる。


「そ、それは……」


 慶成帝は静かに湯飲みを取り上げると、そばに控えていた侍従を見やる。


「これを魏尚に持って行け」


 沈貴人が息を呑む。


「……!」


 宦官長・魏尚――宮廷の密偵とも言われる彼が、この茶の成分を調べれば、何かしらの異変が暴かれることは明白だった。


 蘭雪は沈貴人の動揺を見つめながら、静かに微笑んだ。


(さて……この一手、どう出るかしら?)


 慶成帝はそんな蘭雪をじっと見つめ、やがて静かに言った。


「蘭雪、余のそばへ来い」


 蘭雪はゆっくりと彼に近づく。


「余は、お前に聞きたいことがある」


 皇帝の低い声が、蘭雪の耳元に落ちる。


「……お前は、一体何者だ?」


 蘭雪は微笑を崩さず、静かに頭を垂れた。


「陛下にお仕えする、一介の采女でございます」


 だが、慶成帝の目はそれを信じていなかった。



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