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第百七節 皇帝の寵愛と権力闘争(3)

 第百七節 皇帝の寵愛と権力闘争(3)


 蘭雪が皇帝の御前から下がった後、後宮の空気が再びざわめき始めた。


「また蘭雪が陛下に呼ばれた?」

「最近、随分とお召しが多いわね……」


 采女たちの間では、蘭雪への警戒と嫉妬が日に日に強まっていた。


 特に、王茜は露骨に眉をひそめる。


「学問や兵法などと知ったふうな口をきいて、陛下のご寵愛を得ようとしているのね」


 周囲の采女たちが同調するように頷くが、楊霜は冷ややかにそれを聞き流していた。


(陛下のご寵愛だけでなく、太后様までもが彼女を気にかけ始めた……)


 楊霜は心の中で慎重に情勢を見極めていた。


(蘭雪は、ただの新入りではない)


 ――そのころ、蘭雪は自室で静かに茶を淹れていた。


「……陛下は、私をどこまで試されるおつもりなのかしら」


 杏児が心配そうに顔を覗かせる。


「お嬢様、最近は葉貴妃様も動きを控えているようですが……油断はなりませんよ」


「ええ、わかっているわ」


 蘭雪は静かに微笑した。


(葉貴妃が静かにしているのは、一時的なこと。次に動くとすれば……私を直接貶めるより、私の周囲を狙ってくるはず)


 その予感は、すぐに現実のものとなった。


 数日後、宮中で事件が起こった。


「周雪音が倒れた!? どういうこと!?」


 杏児が慌てた様子で駆け込んできた。


 蘭雪は一瞬、驚きながらもすぐに冷静さを取り戻す。


「詳しく聞かせて」


「今朝方、雪音様が突然、宮中の池のほとりで倒れていたのです。幸い命に別状はありませんが……何者かに突き飛ばされた可能性があると」


 蘭雪の眉がわずかに動く。


(雪音は争いを好まない、控えめな采女……なぜ彼女が狙われたのかしら?)


 沈逸の言葉を思い出す。


「戦において最も重要なのは情報――すなわち、敵の動向を見極めることです」


(……これは、誰かが私の動きを探っているのかもしれない)


 蘭雪は静かに立ち上がった。


「雪音のもとへ行きましょう」


 雪音の部屋


 周雪音は寝台に横たわっていたが、顔色は優れなかった。


「蘭雪様……」


 彼女はか細い声で呼びかけた。


 蘭雪はそっと彼女の手を握る。


「何があったの?」


 雪音は少し迷ったようだったが、やがてぽつりと口を開く。


「……背後から、誰かに突き飛ばされました。でも、誰だったのかは分かりません」


 蘭雪の目が鋭くなる。


(顔を見られては困る者の仕業……? それとも、ただの威嚇?)


 すると、部屋の外で控えていた李紅梅が声をかけた。


「蘭雪、お前も気をつけろよ。誰かが裏で動いているのは間違いない」


 李紅梅はもともと策謀よりも実力を重んじる性格だが、今回ばかりは慎重なようだった。


「犯人を見つけたら、ただじゃおかない。私も協力するよ」


 蘭雪は李紅梅の申し出に頷いた。


「……ありがとう」




 周雪音が何者かに突き飛ばされた事件は、後宮の采女たちの間で静かに広まりつつあった。


「狙われたのが周雪音様だったとは……」

「争いを好まぬ方なのに、なぜ?」


 采女たちの間には不安が広がっていた。


 蘭雪は、李紅梅とともに事件の真相を探ることにした。


「雪音が狙われたのは偶然か、それとも……」


 紅梅が腕を組み、険しい表情を見せる。


「偶然にしては出来すぎてるな。雪音は采女の中でも大人しく、目立つ存在じゃない。となると、狙いは彼女ではなく、お前ってことか?」


 蘭雪は静かに頷いた。


「ええ。私を直接狙うよりも、私の周囲にいる者を狙い、揺さぶろうとしているのかもしれないわ」


 紅梅が低く唸る。


「だとしたら、そいつはなかなか狡猾だな」


 蘭雪は静かに考え込む。


(葉貴妃の仕業? それとも、他の勢力が動き始めたのかしら……)


 そんなとき、侍女の杏児が慌てた様子で駆け込んできた。


「お嬢様! さきほど、沈貴人様の采女である沈芷蘭様が、雪音様を見舞いに来ておりました!」


 蘭雪の目がわずかに細められる。


「沈芷蘭が?」


 沈芷蘭は沈貴人に仕える采女であり、普段は表立って動くことはない。しかし、彼女がこのタイミングで現れたということは――


「……行きましょう、紅梅」


「おう」


 沈芷蘭の部屋


 沈芷蘭は、蘭雪が訪れたことを知ると、微笑を浮かべた。


「まあ、蘭雪様。どうなさいました?」


 蘭雪はゆっくりと微笑みながら席に着く。


「雪音の件で、あなたに少し話を聞きたくて」


 沈芷蘭は涼やかに首を傾げた。


「……私に?」


 蘭雪は沈黙を保ち、彼女の反応をじっと見つめる。


 沈芷蘭は一瞬だけ目を伏せたが、すぐに微笑を取り戻す。


(やはり……)


 蘭雪は、彼女が何かを知っていると確信した。


「ええ。あなたは雪音を見舞いに行かれたそうですね?」


「はい。雪音様とは以前から親しくさせていただいておりますので」


 沈芷蘭は穏やかに微笑むが、蘭雪はその言葉を聞いてさらに疑念を深める。


(沈芷蘭と雪音が親しかったという話は、聞いたことがない……)


「そう……。では、最近、雪音が誰かに狙われているような様子はありませんでしたか?」


 沈芷蘭はほんの一瞬、考える素振りを見せた。


「……いいえ。特には」


 蘭雪は彼女の微細な表情の変化を見逃さなかった。


(今、一瞬迷ったわね)


 沈芷蘭は、何かを隠している。


 蘭雪はわざと軽く笑みを浮かべる。


「ならばよかったわ。あなたが何か知っているのであれば、ぜひ教えてほしいと思ったのだけれど」


 沈芷蘭は優雅に笑みを返す。


「ええ、もし何かわかりましたら、すぐにお伝えいたします」


 蘭雪は彼女の言葉を受け、静かに立ち上がる。


「ありがとう。では、またお会いしましょう」


 紅梅も沈芷蘭を鋭く一瞥し、蘭雪とともに部屋を後にした。


 廊下に出ると、紅梅がため息をつく。


「アイツ、何か知ってるな」


「ええ。だけど、まだ核心には触れられないわ」


 蘭雪は沈芷蘭の微妙な反応を思い返す。


(沈芷蘭が動いたということは、その背後にいるのは……沈貴人?)


 事件の背後に、どの勢力が関わっているのか。


 蘭雪は慎重に一手を打たねばならないと感じていた。



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