第百四節「馮蓮の揺らぎ」
第百四節「馮蓮の揺らぎ」
翌朝、貴妃の宮殿——長楽宮。
馮蓮は静かに膝を折り、貴妃の前で頭を下げていた。
「——それで、沈逸はどのような動きを?」
葉容華は優雅に茶を口にしながら尋ねる。
馮蓮は少しの間を置き、慎重に言葉を選んだ。
「……昨夜、蘭雪様と密かに会っておりました」
貴妃の手が止まる。
「二人きりで?」
「はい」
その言葉に、貴妃の目が細められた。
沈逸が蘭雪に手を貸す——それは、貴妃にとって看過できない事態だった。
「沈逸、あなたは何を企んでいるの?」
葉容華は思案しながら、ゆっくりと扇を閉じた。
そして、馮蓮をじっと見つめる。
「馮蓮、貴女は……蘭雪に心を許しているのではなくて?」
馮蓮の肩がわずかに揺れる。
「そ、そんなことは……」
しかし、貴妃の冷たい視線に、彼女は言葉を飲み込んだ。
——蘭雪は、貴妃が思っている以上に人の心を揺さぶる。
馮蓮自身、それを感じ始めていた。
貴妃は微笑みながら言う。
「ならば、証明してみせなさい」
「蘭雪を試すのよ」
馮蓮の胸に、冷たい緊張が走った——。
数日後、後宮の庭園——。
蘭雪は静かに歩を進めながら、周囲の空気がいつもとは違うことを感じていた。
——何かが起こる。
それは直感ではなく、確信だった。
葉貴妃が次の一手を打たないはずがない。そして、それを実行するのは……。
「蘭雪様。」
背後から、馮蓮の柔らかな声がした。
蘭雪は微笑みながら振り返る。
「馮蓮。今日は随分と優雅な散歩ね。」
「ええ。蘭雪様と、少しお話がしたくて。」
馮蓮は穏やかな笑みを浮かべながら近づくが、その瞳の奥には微かな迷いが見えた。
——貴妃からの命令か。
蘭雪は慎重に構えながらも、表情には出さず、静かに促す。
「何のお話かしら?」
馮蓮はしばらく沈黙し、それから意を決したように口を開いた。
「蘭雪様は……皇后様にお仕えするおつもりですか?」
不意の問いかけに、蘭雪の目がわずかに細まる。
——これは試されている。
葉貴妃の命令だろう。皇后の勢力につくのか、それとも……。
蘭雪はゆっくりと微笑む。
「私の立場は、風に揺れる柳のようなもの。強き者に従うだけですわ。」
婉曲な答え。しかし、それこそが蘭雪の慎重なやり方だった。
馮蓮の表情がわずかに揺らぐ。
「……なるほど。」
しかし、その瞬間——
「——蘭雪様!大変です!」
慌てた様子の采女が駆け寄ってくる。
「皇后様が倒れられました!」
蘭雪の表情が一変する。
馮蓮の手が、無意識に震えた。
葉貴妃の仕掛けた「試練」が、ついに動き始めたのだった——。




