一章 夜野紫月が喰らい尽くす
入学初日、校門をくぐる。
行き交う生徒の顔ぶれを眺める。
流石アイドルを育成する学園。周りの人々は容姿端麗な女子で溢れている。
面白いことに、新入生と上級生の見分けは一瞬でつく。
新入生達の雰囲気を一言で表すなら、まさしく少女。元気いっぱいで、全てにワクワクしているような気持ちが伝わってくる。
一方で上級生達は、可愛い女の子だがその佇まいは自信に溢れている。カッコいいといったほうが正しい気もする。
アイドルという世界は弱い心ではやっていけないのだろう。この学園でまず初めに学ばされることは、自分を好きであり続ける強い心なのだろうか。まぁこんなことを考えても、私には関係のないことなんだけど。
そんな物思いに耽っていると、一つの良く通った大きな声に、現実に引き戻される。
「私、向陽日和は、世界一のアイドルになります!!!」
彼女に視線が集まる。数秒して、驚いた表情、クスクス笑う声、共感性羞恥で恥ずかしがる人、様々な反応が辺りを埋め尽くす。
向陽日和といった彼女、透き通った綺麗な長い黒髪、自信に満ち溢れた大きく輝く瞳、凹凸を微塵も感じさせない白い肌、少し華奢だが女性の魅力を十分に感じるスタイル、ピシッとした品のいい姿勢、その全てに私は目を奪われた。
盛大な宣言さえなければ、彼女の第一印象は上級生を含めてもトップクラスにアイドルとしての才能を感じただろう。
いや、こういった奇行を平気で行える思考だからこそ、一流のアイドルになることができる素質があるのかもしれない。
向陽日和は、入学式の会場へと小走りで向かっていく。
彼女、身なりや佇まいからして相当な金持ちの雰囲気がする。
私の頭の中のターゲットリストに顔と名前、第一印象等を記載する。
さて、さっきの出来事は一旦置いといて、さっそく行動に移そう。時間を無駄には出来ない。生憎アイドルには微塵も興味がないけど、アイドルを目指す少女達にはとても興味がある。正確には、少女達の財力にだが。
入学式が始まる前から、私の学園生活は始まっているんだ。ここで出来るだけ情報を集め、親しい関係を築く。
入学式は学園内のイベントホールで行われるようだ。
とても大きな施設だ。中規模なフェス会場程度はあるだろう。ここで学園の集会を開いたり、はたまたライブを行ったりするようだ。学園にしてはあまりにも規模が大きい。そのため、1年に何度か学園外のイベント用に貸し出されることもあるらしい。
中へ入り、私が待機する椅子の場所とは反対側の方へ向かっていく。
ここで一つ、伝え忘れていたことがあった。
この学園には、大きく分けて2つの学科が存在する。
一つはアイドル科。
4年制で定員100名、男子禁制のこの科は、毎年10000人前後の志願者がいるとのこと。当然この学園の一番の特徴な訳で、一番人気の学科だ。
学ぶ内容としてはアイドルに必要な要素、分かりやすいものでいえばビジュアル、ダンス、歌、表現力、内面的なものでは自分の芯を保つメンタリティ、人を惹きつける性格、他のアイドル達に埋もれないための個性等、様々なものを一から叩き込まれる場所。
入学ですら狭き門なのに卒業する人数は30人にまで減るという。
あまりに過酷なスケジュール、レッスンに身体は限界を迎え、抜きん出た才能を持つ天才達に心は砕かれる。
そんな道のりを乗り越えた超一流だけがアイドルとして輝ける。
学園生活の中でも、実力のある人は実際にアイドルのような活動をする。卒業する前に既に有名になっていたアイドル達も大勢いる。
ここまでの流れで、私がこのアイドル科の生徒だと勘違いしている人も多いだろう。
生憎私はアイドルとしての天性の才能は持ち合わせてはいなかった。頭こそ良かったが、こんな性格と生き方はアイドルとは程遠い。
だから他の道からこの学園を目指した。
それが二つ目、マネジメント科だ。
6年制、定員200名でこちらは男子も入学が許されている。この学科はアイドル科には到底及ばないが、それでも志願者は1000人を超える人気ぶりだ。
大まかな理由として、まず初めに卒業後の幅が広いことだ。経営学、経済学を中心に、アイドルやタレントのマネージャー業、専門性の高い芸術方面へのプロデュース業、人を魅せる業界でのディレクター業など、多種多様な芸能界への進路を目指すことができる。
もう一つの理由としては、将来有望な金の卵達と関わりを持ちやすいということだろう。
絶世の美少女と関係を持ちたい、有名な財閥の家系と関わりたい、と言い出せばきりがない。こんな不純で夢見がちな想いでも人は頑張れてしまう。私が言えたことじゃないけど…
アイドル科の試験は私には知りようもないので教えられないが、マネジメント科の試験はかなり変わったものだった。
基本は難関な一般教養、ただ突如現れた最後の試験、マネジメントという科目は驚きの連続だった。
様々な4人の男女の写真を見比べて
誰が一番美形な人か、
誰が一番優しそうか、
誰と誰が相性が良さそうか、
誰が一番俳優として売れそうか、
誰が一番魅力的ではないか、
そんな問いが何問も続いた。
こんな難解で正確な答えの無い試験に見えるが、しっかりと点数は付けられたみたい。
ここは自慢したい所、私はこの入試で唯一のマネジメント試験満点だったらしい。
一般教養は少ししか自信がなかったが、マネジメントの点数配分が大きいのか、私はこの学科の首席になり、新入生挨拶を任せられている。少しでも周りの生徒への印象が良くなるのなら儲けもの。今後の盗人生活のための最高のスタートダッシュをきることができた。
とまぁ少し話が脱線してしまったけど、こんなものでこの学園の説明は一旦終わらせておく。
私が真っ先にどこへ向かったのかと言うと、それは勿論アイドル科が集合している場所だ。
仲良くなるなら早いほうがいい。私が思う女の友情作りで大事なのは「独占」と「早い者勝ち」だ。
アイドル科とマネジメント科、別れている学科がゆえに接点は少なくなってしまう。だからこそその少ない機会で、相手の品定めと自分のプロデュースを行う。
ここで想定外のことが起きた。
既にちらほら先客がいる。
「私、マネジメント科の生徒なの!あなたアイドル科に合格したんでしょ!ほんとに凄い!選ばれし最強の美少女じゃん!!」
「えへへ~ありがとー。あなたも難しい試験を突破した天才なんでしょ?凄い人じゃん〜。もしかしたらあたしをあなたがプロデュースすることがあるかもね〜。」
「もしそうなったらよろしくね!未来の最強アイドル!」
なるほど…今のうちから関わりを持とうと思う人間は、私だけじゃなかったんだ。
実際にアイドル科がアイドルの活動をするように、
マネジメント科も、実力と希望が噛み合えばアイドル科の生徒のマネージャーになることがある。
アイドル科が卒業前からアイドル活動をするにはマネジメント科の生徒によるマネージャーが前提条件になる。
だからこそ彼女達は早くから実績を挙げるために、将来のために交流しているんだ。
流石に、簡単な道では無かったみたい。
この学園は既に戦場なんだ。
にこやかで親しみやすい表情の下では奪い合いが起きている。
互いが互いに自分の価値を売り出して、品定めして、ライバルに取られないように確保する。
そして協力関係になった相手すら踏み台にして、成り上がる。
…いいね、どんどんやる気が湧いてくる。
この弱肉強食の世界、私が全部ぶち壊してやる。
この中で一番成り上がるのは、一番不純な考えを持った、この私だ。