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8 花魁の綾


 昨夜、あまねの湯に来た(あや)は、この辺りで一番有名な遊郭の花魁だった。そして昔、梅と一緒に遊郭で働いていたと彼女は語った。

 そして残念だけど僕、雅は、昔から彼女とよく会っていた。


悪い奴じゃないけど……自分とは性格が合わない。


 いろんな男に話しかけては、ちょっかいをかける。一夜共に過ごせば、大金を要求してくるという噂だ。それでも苦情をあまり受けないのは、彼女の顔の良さだろう。


 梅の可愛らしさとは逆に、綾は美しく華やかだった。着物は紅に合わせた真っ赤な布で、まとめた茶色の髪にはいろんな(かんざし)が刺さっている。


「あんたたち、掃除が甘いよ!」


 そして早朝。僕たちはいきなり彼女に叩き起こされ、廊下を雑巾と共に走らされた。それも綾、本人は何もせず。

 いくら梅の代わりに仕事を手伝いに来たとしても、黙ってられるわけがない。


「あのさ、いきなり旅館にやってきてその態度はどうなの?」


 めんどくさそうに頭をかくと、綾は笑った。


「何言ってんだい、梅の代わりにアタシが厳しくしてやってんの! ミヤは口より手を動かしな!!」


 彼女の数少ない良いところは、仕事に熱心であり、言葉は厳しいが時々優しいところだ。

 そしてしばらくした後、僕たちはやっと休憩を取ることができた。廊下に三人で座り込み、ぶつぶつと文句を言う。


「あ〜あ! よりによって姐さんが来るなんて」

「まぁ厳しいが、いい人じゃないか」


 僕の言葉に佐久夜が微笑むと、もう一方の隣に座る菊も笑った。もう彼女もすっかり立ち直り、元気そうだ。

 菊は人差し指を立て、昔話を話してくれた。


「数年前。術の力加減を間違えて風呂を燃やしたミヤが、罰として遊郭に放り込まれたことがあったの。そこで、姐さんに会ったんだよね」

「えっ、そうなのか雅!?」


はぁ……また始まっちゃったよ。キク大好き、昔話。


 そんな思い出話が大好きな菊は、もう誰にも止められないのだ。佐久夜も面白そうに話を聞いた。


「花魁は面白いことが好きでしょ? だから姐さんたちはミヤを思う存分こき使っちゃってて」

「なんだか想像がつくな」

「殴るよサクヤ」


 菊はクスッと笑い、長い話へと入った。




 遊郭でも有名な四季屋。美人な女ばかりで、払わなければならない寿命の額もとんでもなかった。

 そしてそんな恐ろしい女の楽園。四季屋に、雅は一ヶ月間放り込まれた。


 女に一切興味がなく、いつもそっけない態度の雅。面白いものが好きな花魁、綾は、そんな雅に当然興味を持ったのだ。


「あんた、確か(みやび)だっけ?」


 床掃除をしている雅の背中に、綾は面白そうに尋ねた。雅は表情変えずに綾を見上げる。


「そうですけど」

「今からあたしと一杯、酒でもどうだい?」

「いえ、結構です」


 そう言ってまた床を丁寧に磨きだす。しかし綾は諦めない。


「ウメの旅館で働いてんだろ? さすがだね、磨き具合が違うよ」

「そうですか」


 しばらくの沈黙の後。綾はニマッと口角を上げ、雅の着物を掴み上げた。雅は綾の手にだらんとぶら下がり、眉を寄せてみせる。


しつこいな、この花魁。


「あの……」

「今からお前の仕事は、あたしと酒を飲むことだよ」


 返事も待たず、綾は雅を自分の部屋へと引きずった。部屋の窓辺へ雅を置くと、近くの机にあった酒と皿を手にする。

 窓からは街の賑わいの音と、煉獄ならではの心地よい風が吹いていた。


「あんた、酒は強いかい?」

「まぁまぁです」


 綾は白い酒が入った小さな皿を雅の手に乗せた。


「美味いよ」


 雅はそれを一気に飲み干すと、親指で唇を拭った。窓辺に座ってするその仕草は、どこか色気がある。それを花魁の彼女は見逃さない。


「はは〜ん。あんた……女に人気があるだろ」

「はぁ……考えたことないですね。それが何か?」

「いや、そんなに色気があるなら女もいるかと思ってね」


 雅はフッと鼻で笑い、首を傾げた。


「狙ってます?」

「たわけ。あんたみたいな冷めた男なんかに興味はないよ」


 二人はまた静かになり、部屋はまた外の賑わいの音だけになった。


 すると綾は髪に刺さっている数本の簪を抜き、着物を一枚脱ぎ始めた。自由になった茶色の髪は、さらさらと肩に落ちていく。

 そして雅の隣、窓辺に腰を下ろした。ふわっときつい女の匂いがする。


「ニンゲンの肉でもいるか?」

「いや、あの……分かって言ってます?」

「あぁ、ごめんごめん。噂は本当か気になってね」


 噂。街では誰でも知っている。雅が大の人間嫌いだと。


「あんた客も取んないで良くやっていけるね」

「どうも」

「でもいつか、世話することになるよ」


 少し長めの沈黙の後。


「……なんでそう言えるんです?」


 綾は雅の言葉にうっすらと微笑み、手に頬を乗せた。


「女の勘」


 雅には、その声がなぜか、外のざわめきを掻き消すほどはっきり聞こえた。そしてその言葉を最後に、二人は口を開かなくなった。


 そして次の日から、()()()綾はひどく雅を気に入り、毎晩部屋で一緒に酒を嗜むようになった。


 話し相手だけではなく、掃除はもちろん、肩たたきや化粧。いろんなことにこき使われ、雅は逆に綾が苦手になったのである。





「掃除中に呼ばれてほんと迷惑だった」


 話し終えた菊は、そんな口を尖らした雅に笑う。


「あははっ、ほんとミヤはめんどくさいこと嫌いよね〜」


 女といるだけで辛かったのに……姐さんめ、絶対許さない。


「もう絶対遊郭なんて行かないから!」

「……なんだって?」


 背後からの苛立ちの声に振り返ると、真っ赤な着物が目に入った。姐さん、綾である。


……やべ。


 素早くこの場から立ち去ろうと背を向けたが、綾に片手で止められた。


「休憩中に何を話してんのか気になったら、あたしや遊郭の悪口を言ってたとはねぇ?」

「べ……別に言ってないし」


 睨んでみたが、逆に怒鳴られた。


「この生意気な口め!」

「いでででででで!!!」


 綾は手加減なしに頬をつねってきた。佐久夜はそんな僕にクスッと笑った後、優しい笑顔で近づいてきた。


「綾さん、それくらいにしてやって下さい。雅もつい最近体調が戻ったばかりですし」

「……」


 佐久夜が微笑むのを、何故か綾は黙って見つめる。その目はどこか、警戒の色が滲んでいた。そうまるで、睨んでいるかのように。


 佐久夜がまた口を開こうとすると、綾は止めるように呟いた。


「じゃあ、そろそろ掃除に戻りな。あたしはミヤと話があるんでね」

「はーい」


 菊は返事をすると、佐久夜の手を引いて奥の廊下へと走っていった。佐久夜の頭には、まだ綾の視線が引っかかったままだったが。



 こうして二人きりになった廊下は、しんとしている。



「あのニンゲン、普通じゃないね」

「えっ?」



まだ説教の続きをされるのかと思っていたのに、急にサクヤの話?


 思わず目を見開いた。綾の顔は、さっきとは別人なほど真剣だったから。そして僕は察した。今から話されることは、いい話ではないと。





****





 二人きりになり、綾は珍しく真剣な口調で言った。


「ここに来る前、ウメの事件とサクヤのことについて調べたよ」

「え……でも、どうやって?」


 煉獄の詳しい情報や人間の情報などは全て、ある人物しか知ることができない。そのある人物とは


閻魔(えんま)様だよ」


 煉獄からかなり離れた第3天界に住む、閻魔大王。閻魔大王は、人間を天国か地獄、どちらに行かせるのか裁く仕事をしている。

 そのため人間の事はもちろん、人間の世話をする煉獄の情報も管理しているのだ。


「特別にね。情報を少し頂いたんだよ」

「へ〜……珍しいね」

「機嫌がよかったんだろうね」


 しばらくの沈黙の後、綾は僕としっかり向き合った。


「結論から言うと、サクヤがウメを殺した確率はかなり()()

「……」


 無意識に眉が動いた。まずは話を聞く。そこからだ。


「どうしてそう言えんの?」

「それがどうやら、サクヤは人間界で家族とのトラブルがあったらしい」

「家族……」


 僕は内心、もうサクヤが犯人だとは思っていない。


 だけどもし。綾の言う通り佐久夜が人間界の家族とのトラブルのせいで「家族」という存在を恨み、煉獄(ここ)に来て僕の家族、梅さんを殺したなら。


 納得できてしまう。


「それにウメが刺された時、一番にその場に駆けつけたのはサクヤだそうだ」


 綾はそれでも「聞いたところだけどね」と付け加えた。信じたくない僕の気持ちをくみ取ってくれたんだ。見えない優しさが伝わる。


「じゃあ、これから何をすれば犯人が分かると思う?」

「そうだねぇ……まぁ私に案がある」

「案?」



 一つ目。学力を測り、佐久夜が人間界でどれだけ教育できていたのか調べる。

 これは佐久夜の両親がきちんと彼に義務教育を受けさせる親だったか確認できる。


 二つ目。佐久夜に刃物を持たせ、自分を殺せと伝える。

 もし佐久夜が本当に家族を恨んでいる場合、梅の家族、雅も恨んでいる可能性がある。



「どうだい、名案だろう?」

「わ、分かんないけど……頑張ってみるよ」

「あぁ」


 自分は、どうも落ち込んでいた自分の涙を拭いてくれた彼が犯人だとは思えない。でももしサクヤが犯人だとしたら、自分は次からどういった感情で彼と向き合えばいいのだろうか。


 ふと、梅さんの言葉を思い出した。



『色々話していくうちに仲良くなって、お互い信頼し合って、それでやっと彼の死因が聞けるのよ』



 信頼し合えば、死因だけではなく()()()()()()、聞けるだろうか。しかし信頼してしまえば、聞くことが怖くなる気もする。


「こんな時、どうすればいいかウメさんなら分かるのかな」

「……さあね」


 思わずため息をつき、僕は重い足取りで菊と佐久夜の元へ戻った。また少し、泣きそうになる。

 僕はこれから上手く犯人と、ウメさんの死に向き合える自信がない。



新しく登場した綾。

よく調子に乗り、酒を一気飲みするほど強い女です。そしてかなりの男好きです。

雅をよく気に入っていて、話に出てきた昔話は、十年も前になる話です。


雅:人間嫌いな少年(主人公)

佐久夜:雅が初めて世話する人間

菊:雅と共にあまねの湯で働く少女

梅:菊の母親、あまねの湯の支配人

綾:あまねの湯の新しい支配人。派手な花魁。


よかったらブックマーク、下の評価よろしくお願いします!


2024:12:3 まで(休日は除く)一日、朝昼晩の3回に分けて投稿する予定です。

あまねの湯で皆様をお待ちしています。


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