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47③ 皮肉な耳飾り


「本当ですか? 私、知ってますよ。サクヤさん、あなたが本当はニンゲン界に帰りたいって思ってること」



 佐久夜は思わず固まった。まさか、バレていたなんて。恐る恐るもう一度目を合わせると、忍は微笑んだ。



「ふふっ見てればわかりますよ。今までミヤビさんが許してくれないと思って、言えなかったんですよね?」


「お、俺は……その……」



 言葉に詰まれば、優しく拒まれた。そのやり方は、どこか「花火」に似ている。



「無理して言わなくていいですよ。ただ私が言いたいことは、一つですから」


「言いたいこと……?」


「…………サクヤさん。自分の好きなよう生きてください」



 よくある感動的な言葉。響くことはこれまで一度もなかったけど、なぜか今は来るものがあった。



「どうしてサクヤさんの人生なのに、ミヤビさんが決めるんですか?」


「え……」



(前話より)


「俺の……俺の本当の居場所は、ここじゃない」



 気づけば、そう口にしていた。それに忍は少し安心したよう頷くと、そっと佐久夜の手のひらに何かを握らせた。何か、生暖かいモノを。



「えっ……」



 何かが、手のひらの上で動いた。この感覚、重さ、大きさ。まさか──

佐久夜は忍の言葉を必死に噛み締めた。



蜘蛛(クモ)ですが、優しい私の友達です」


(嘘だろ……!!)



 今にも手に乗る違和感を投げ捨てたかった佐久夜は、必死に視線を忍から逸らさないよう、ひたすら歯を食いしばった。

 佐久夜は、大の虫嫌いだ。



「噛んだりはしません、安心してください。ただ、サクヤさんを案内してくれるだけですから」


「あ、ああ案内?」



 声の震えた佐久夜を少しおかしく思いながらも、焦っているはずの忍は優しい顔を崩さない。



「三途の川までです。三途の川から船に乗って川を渡れば、ニンゲン界に戻れるんです」


「ふ、船……」


「はい。でもそれ以上に、気をつけなければいけないことがあります」



 手のひらから、鋭くカチカチッと歯を鳴らす音がした。まるで警戒しろ、と言われているようだ。



「蜘蛛様が案内する道は、煉獄の裏道です。安全ではありせん。ですので決して振り向かないよう、お願いしたいです」


「でももし振り向いたら……どうなるんだ?」



 忍は意外な質問に少し詰まった。しかしすぐ気を取り直し、真剣な口調で言った。



「もう二度と息をすることは出来なくなる、と思っていてください」



 これは忠告だ。佐久夜はそれに気づくと、なんだか腹をくくれたような気がした。



「分かった。必ず、帰ってみせる」


「ふふっ……私もサクヤさんが幸せに戻れるよう、祈ってます」



 「さぁ」、そう言って忍は四季屋の裏、路地裏を指差した。なんだか、いつもより暗く感じる。



「蜘蛛様が三途の川からここまで、糸を張ってくれています。その糸を回収するよう、糸に沿って進んでください」


「分かった。……ありがとう、忍」



 それに忍は何も言わず微笑んだ。そして佐久夜も路地裏に足を踏みれようとした、その時。

 見覚えのありすぎる声が上から降り注いだ。



「サクヤ!! に……シノブ? なんでここにいんの?」


「み、やび……」



 彼は安心する親友のような存在。しかし今では、もはや恐怖しか感じられない。佐久夜は思わずたじろぎ、口をつぐんだ。

 忍も雅の登場は想定外だったのか、雅の様子を伺った。



「よっ」



 雅は血のついた着物をなびかせ、屋根の上からこちらに飛び降りた。しかし左足が不自由なため、少しよろけた着地になった。

 それを忍は見逃さない。



「偶然サクヤさんが屋根から落ちるところに、遭遇したんです。……それより左足、どうしたんですか?」



 少しわざとらしい演技だが、精神が安定していない雅はそれに気づくはずもなかった。



「あ〜、さっき姐さんに刺されたんだ。でも今は大丈夫、屋根上で軽い治療術かけたから」



 そう言いつつも、雅の傷は見ていられるものではなかった。何せ、肉はえぐられているのだから。

 忍は少し考える素振りを見せると、笑顔で言った。



「もしよければ、私が完全に治してあげましょうか?」


「え、いいの?」


「はい。ですがこの傷を治すには、少し痛みがあると思います。ですのでミヤビさんはリラックスしつつ、目を瞑っていてほしいです」



 そう言った時、忍が一瞬視線を佐久夜に向けたのは、「その間に逃げろ」という意図だった。

 佐久夜はそれが分かると、空気がピリつくのを感じた。



「分かった。じゃあ、閉じとくね」


「……」



 雅が目を閉じれば、忍が完全に佐久夜に視線を向けた。「今です」、そう言われたような気がする。



(もう……行かないとな)



 最後の挨拶なんて、ない。佐久夜は一歩、路地裏に足を踏み出した。しかしまたその瞬間。

 雅は目を開け、佐久夜に向かって話しかけた。



「あっ、そういえばサクヤに渡したい物があるんだった」


「…………渡したい物?」



 素早く姿勢を正し、得意の演技に入った。雅には気づかれていない。



「そうそう、本当は姐さんと会う前に渡したかったんだけど」



 手招きをされれば、佐久夜は雅に怪しまれないよう、従わなければならない。そして雅の側まで来れば、血の匂いと藤の混ざった、不思議な香りがした。



「これ」



 そう目の前に突き出されたモノは、見覚えがあった。



「こ、これって……」


「うん、玉ノ屋でサクヤが言ってたよね」




『もし、雅が俺を完全に信用してくれたら、この耳飾りを俺に渡してくれないか?』




 藤の、耳飾りだ。



「どう? 覚えてる? 僕、秘密で買っておいたんだよね」



 そう微笑まれれば、佐久夜は何も言えなくなった。別れる最後。そんな時なのに、思い出してしまった。あの、楽しかった日々を。



「僕、もうサクヤのこと完全に信用、信頼してるよ」



 「だから安心して、二人で暮らそう?」、雅はそう言い、佐久夜の顔に両手を伸ばした。それはまるで包み込むように、優しかった。



「……みや、び」



 佐久夜の声は、ほぼ吐息だった。しかし、それを雅は肌や空気で感じ取り、「ん?」と目線を合わせず首を傾げた。

 彼の視線は、佐久夜の左耳にある。



「ん〜……耳飾りってつけるの難しいんだね。……あ、これ刺すタイプじゃないから安心していいよ。ごめんね、もうすぐつけられそうだから」



 佐久夜の左耳は、慣れない手つきで動く、血のついた指でくすぐられる。それがどこか生暖かく感じたのは、体温のせいか。それとも、血のせいか。

 どちらにせよ、佐久夜にとってはどちらも酷い皮肉だった。



「……できた」



 そう手を離されれば、左耳が少し重く感じた。



「に……似合ってるか?」


「ふっ、あはははっ! キクみたいなこと言うね」



 そして少しの沈黙の後。雅は幸せそうに微笑んだ。



「うん……似合ってる」



 それに、ズキッと胸が痛んだ。本当は、雅が嫌いなわけじゃない。ただ、自分の好きなように生きたいだけだった。だから。



(俺だって、雅と離れるのは嫌だし……怖い)



 そう思ったその時。少し服の袖を忍に引っ張られた。



「サクヤさん」



 忍に小声で合図を送られる。もう、時間はない。



「ほら、ミヤビさん。そろそろ目を瞑ってください、治療できません」


「あっ、そうだった」



 雅は、今度はしっかり目を瞑ってくれた。



(戻るって……決めたんだ)



 佐久夜は雅に背を向け、路地裏へ歩き出した。暗闇への一歩も、踏み入れることができた。



(花火に母さん……絶対。絶対、生きて帰るからな)



 ほぼ全身、路地裏に入った頃。今度は閉じられた目の代わりに、雅の口が動き出した。無視して進む、つもりだった。



「足が動かせるようになったらさ、サクヤの好きなお団子でも食べに行こうよ」


「……」



 反応しては、足を止めてはいけないと。頭では分かっていた。しかし体は、雅の声を聞きたがってしまう。



「サクヤにはたくさん迷惑かけて、辛い思いばっかさせちゃったでしょ? だからその分、これからは楽しくすごそうよ」



 佐久夜の返事がなくとも、雅は話を続ける。それは「佐久夜なら聞いてくれている」という信用、信頼している証拠だった。



「おにぎりの作り方も、教えてよ。まだ全然下手で、しょっぱいままだから」



 佐久夜の舌に、あの辛さが蘇ってきた。涙が出るような、あのしょっぱさ。今も、忘れられない。忘れるはずもない。



「また二人で、風呂掃除でもしよ」


(あぁ……)



 耐えられない。佐久夜はそう思った。


 これから自分は雅との絆を破り、自分の幸せのために生きる。お互いが納得できる、幸せになれる方法なんて。やっぱり存在しなかった。



「ごめんな……雅……」



 そして気づけば、自分は勢いよく路地裏の中を走っていた。それに左耳の藤も、激しく揺れる。


 もっと、笑顔で別れたかった。最後の挨拶も、伝えたかった。自分の思う幸せも、本当の気持ちも、伝えたかった。




きっと全ては、俺と雅の生きる世界が、違うせいだ。




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