表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/51

4 十五歳で散った桜


 風呂掃除が終われば、夕食まで時間ができる。


 いつもならこの時間で昼寝でもするが、今日は騒がしい佐久夜が隣にいる。あいつがいる時点で、昼寝なんて気持ちよく出来るはずがなかった。


 そのため今日は、花街にでも佐久夜を連れて行こうと考えたのだ。僕は控えめに、隣で汗を拭いている佐久夜の肩を叩く。


「あのさ。これから……出かけない?」

「……ん?」


 佐久夜は僕の言葉に驚いたように目を見開いた。そんな顔しなくてもいいだろ、と思いつつ「何」と眉をひそめると、佐久夜は目を輝かせて微笑んだ。それも、ひどく嬉しそうに。


「お前からそんなこと言われて……少し驚いただけだ」


 佐久夜は立ち上がると、布を僕に投げてきた。急に布が降ってきて驚いたが、僕は無事両手でキャッチする。それに佐久夜は満面の笑みで言った。



「まずは、一緒に風呂掃除の汗を拭いてから行こう」





****





 服を着替え玄関に出ると、先に佐久夜が立っていた。そしてこちらの視線に気づくと、手を振りながら近づいて来た。


「サクヤ、来るの早いよ」

「お前が遅いだけだバーカ」


 短く言葉を交わし、僕は早足で歩いた。佐久夜は慌てて後ろを追いかけて来る。二人横に並べば、当たり前のように佐久夜は話しかけてきた。


「今日はどこに行くんだ?」

「コトさんに用があって」


 そう。今日は、頼んだ櫛を返してもらうのだ。しばらく佐久夜は黙ると、思い出したように頷いた。


「あぁ、あの(くし)屋だな?」


 返事はせず、僕はただ横目で佐久夜を見つめる。


「ん? 雅……?」


 佐久夜はいつもより静かな僕に、何かを察したようだ。しばらく歩くと、道が広くなり、かなり店も増えてきた。


「着いたよ」


 佐久夜は僕の声に顔を上げた。目の前には、キラキラと輝く櫛が飾られている「玉ノ屋」がある。

 僕たちは静かに店に入り、店の奥へと進んだ。そして前と同じように店長の琴が出迎えに来る。


「ミヤちゃん、いらっしゃい」


 そんな彼女の手のひらには、紫の布に包まれた櫛があった。


「意外と早く直せたわ。希望通りの仕上がりかは分からないけど……」


 琴は不安そうに呟きながらも、そっと布から櫛を取り出した。真っ二つだった櫛は、なんとすっかり元通りになっていた。それも、前より輝きが増したように見える。


 櫛を確認すれば、僕は片手で琴の手を握った。


「……ん? 何してるんだ?」


 そんな行動に、佐久夜は僕の肩から顔を覗かせる。琴はそれに気づくと、代わりに答えてくれた。


「寿命を貰っているのよ」

「寿命?」


 佐久夜の呟きと同時に、握手している手が一瞬激しく光った。これで支払いは終わりだ。僕は琴の手を離し、佐久夜と向かい合った。


「煉獄では、自分の寿命で物を買うんだよ。人間界で言うお金」

「寿命で支払いかぁ……流石。長生きさんだな」


 佐久夜は感心したように頷いた。でも、僕はすぐ店の外に足を向ける。


「早く次行こ」


ずっとここにいてもつまんないし。

少しくらい、楽しませてあげなくちゃね。





****





 またしばらく歩くと、小さな川が見えてきた。川の側には桜が満開に咲いている。

 この辺りは、櫛屋にいた時よりも静かな雰囲気になっている。とはいえ、人気が全くないわけではない。


 佐久夜はふと呟いた。


「この桜……凄く綺麗だな」

「まーね。煉獄には四季はあるけど、巡る季節がないから。こんなのいつでも見れるよ」

「巡る季節がない……」


 佐久夜の驚いたように目を見開いた。


まためんどくさい反応だなぁ……煉獄(こっち)だと常識も知らない子供に見えるんだけど。


「驚くのは後にして、とりあえず川の側まで行くよ」

「あ、ちょっと……! 全く……せっかちな奴め」



 川に近づいていくほど、桜の匂いがかすかに顔にかかる。木陰に座ると、僕は持っていた布の包みから白い米の玉を取り出した。それを佐久夜にも差し出す。


「あげる」

「お、ありがとな」


 しかし佐久夜は何か異変に気付いたのか、首を傾げた。よく見ると、おにぎりは形が崩れており、なんだかボコボコしているのだ。


「……」


 佐久夜は一瞬固まったが、静かにおにぎりを口に入れてみる。しかしその瞬間、口に激しい痛みが広がった。慌てて飲み込み、思わず咳き込んでしまうくらい。


「か、辛すぎる……!!」

「あ〜、塩入れすぎたかも」

「お前が作ったのか!?」


失礼な。


 僕は一瞬睨みつけ、おにぎりを口にした。佐久夜はそれを信じられないという目で見つめてくる。


美味しいと思うんだけどなぁ。


 ひどく僕のおにぎりで凹んでいる佐久夜に、「あっ」と声をかけてみた。それもただの興味本位で。


「そういえばさ、佐久夜はなんで十五歳で死んだの?」


 「ずっと気になってた」とも付け加えてみる。煉獄にいるということは、人間界で死んだということ。しかも、佐久夜は自分と同じ一五歳。

 一回も聞いたことないし、死因は普通に気になる。


「……」


 しかし佐久夜が口を開いたと同時に、向かいの桜は激しく舞い始めた。思わず目を瞑ってしまう。


だけどその一瞬。花吹雪の向こう側にいる佐久夜の笑顔が消えた気がした。彼の目は、いつもより琥珀色が増している。


雅:人間嫌いな少年(主人公)

佐久夜:雅が初めて世話する人間

琴:玉ノ屋の店長。花魁。


よかったらブックマーク、下の評価よろしくお願いします!

していただいたらもっと煉獄が盛り上がります。


2024:12:3 まで(休日は除く)一日、朝昼晩の3回に分けて投稿する予定です。

あまねの湯で皆様をお待ちしています。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ