4 十五歳で散った桜
風呂掃除が終われば、夕食まで時間ができる。
いつもならこの時間で昼寝でもするが、今日は騒がしい佐久夜が隣にいる。あいつがいる時点で、昼寝なんて気持ちよく出来るはずがなかった。
そのため今日は、花街にでも佐久夜を連れて行こうと考えたのだ。僕は控えめに、隣で汗を拭いている佐久夜の肩を叩く。
「あのさ。これから……出かけない?」
「……ん?」
佐久夜は僕の言葉に驚いたように目を見開いた。そんな顔しなくてもいいだろ、と思いつつ「何」と眉をひそめると、佐久夜は目を輝かせて微笑んだ。それも、ひどく嬉しそうに。
「お前からそんなこと言われて……少し驚いただけだ」
佐久夜は立ち上がると、布を僕に投げてきた。急に布が降ってきて驚いたが、僕は無事両手でキャッチする。それに佐久夜は満面の笑みで言った。
「まずは、一緒に風呂掃除の汗を拭いてから行こう」
****
服を着替え玄関に出ると、先に佐久夜が立っていた。そしてこちらの視線に気づくと、手を振りながら近づいて来た。
「サクヤ、来るの早いよ」
「お前が遅いだけだバーカ」
短く言葉を交わし、僕は早足で歩いた。佐久夜は慌てて後ろを追いかけて来る。二人横に並べば、当たり前のように佐久夜は話しかけてきた。
「今日はどこに行くんだ?」
「コトさんに用があって」
そう。今日は、頼んだ櫛を返してもらうのだ。しばらく佐久夜は黙ると、思い出したように頷いた。
「あぁ、あの櫛屋だな?」
返事はせず、僕はただ横目で佐久夜を見つめる。
「ん? 雅……?」
佐久夜はいつもより静かな僕に、何かを察したようだ。しばらく歩くと、道が広くなり、かなり店も増えてきた。
「着いたよ」
佐久夜は僕の声に顔を上げた。目の前には、キラキラと輝く櫛が飾られている「玉ノ屋」がある。
僕たちは静かに店に入り、店の奥へと進んだ。そして前と同じように店長の琴が出迎えに来る。
「ミヤちゃん、いらっしゃい」
そんな彼女の手のひらには、紫の布に包まれた櫛があった。
「意外と早く直せたわ。希望通りの仕上がりかは分からないけど……」
琴は不安そうに呟きながらも、そっと布から櫛を取り出した。真っ二つだった櫛は、なんとすっかり元通りになっていた。それも、前より輝きが増したように見える。
櫛を確認すれば、僕は片手で琴の手を握った。
「……ん? 何してるんだ?」
そんな行動に、佐久夜は僕の肩から顔を覗かせる。琴はそれに気づくと、代わりに答えてくれた。
「寿命を貰っているのよ」
「寿命?」
佐久夜の呟きと同時に、握手している手が一瞬激しく光った。これで支払いは終わりだ。僕は琴の手を離し、佐久夜と向かい合った。
「煉獄では、自分の寿命で物を買うんだよ。人間界で言うお金」
「寿命で支払いかぁ……流石。長生きさんだな」
佐久夜は感心したように頷いた。でも、僕はすぐ店の外に足を向ける。
「早く次行こ」
ずっとここにいてもつまんないし。
少しくらい、楽しませてあげなくちゃね。
****
またしばらく歩くと、小さな川が見えてきた。川の側には桜が満開に咲いている。
この辺りは、櫛屋にいた時よりも静かな雰囲気になっている。とはいえ、人気が全くないわけではない。
佐久夜はふと呟いた。
「この桜……凄く綺麗だな」
「まーね。煉獄には四季はあるけど、巡る季節がないから。こんなのいつでも見れるよ」
「巡る季節がない……」
佐久夜の驚いたように目を見開いた。
まためんどくさい反応だなぁ……煉獄だと常識も知らない子供に見えるんだけど。
「驚くのは後にして、とりあえず川の側まで行くよ」
「あ、ちょっと……! 全く……せっかちな奴め」
川に近づいていくほど、桜の匂いがかすかに顔にかかる。木陰に座ると、僕は持っていた布の包みから白い米の玉を取り出した。それを佐久夜にも差し出す。
「あげる」
「お、ありがとな」
しかし佐久夜は何か異変に気付いたのか、首を傾げた。よく見ると、おにぎりは形が崩れており、なんだかボコボコしているのだ。
「……」
佐久夜は一瞬固まったが、静かにおにぎりを口に入れてみる。しかしその瞬間、口に激しい痛みが広がった。慌てて飲み込み、思わず咳き込んでしまうくらい。
「か、辛すぎる……!!」
「あ〜、塩入れすぎたかも」
「お前が作ったのか!?」
失礼な。
僕は一瞬睨みつけ、おにぎりを口にした。佐久夜はそれを信じられないという目で見つめてくる。
美味しいと思うんだけどなぁ。
ひどく僕のおにぎりで凹んでいる佐久夜に、「あっ」と声をかけてみた。それもただの興味本位で。
「そういえばさ、佐久夜はなんで十五歳で死んだの?」
「ずっと気になってた」とも付け加えてみる。煉獄にいるということは、人間界で死んだということ。しかも、佐久夜は自分と同じ一五歳。
一回も聞いたことないし、死因は普通に気になる。
「……」
しかし佐久夜が口を開いたと同時に、向かいの桜は激しく舞い始めた。思わず目を瞑ってしまう。
だけどその一瞬。花吹雪の向こう側にいる佐久夜の笑顔が消えた気がした。彼の目は、いつもより琥珀色が増している。
雅:人間嫌いな少年(主人公)
佐久夜:雅が初めて世話する人間
琴:玉ノ屋の店長。花魁。
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2024:12:3 まで(休日は除く)一日、朝昼晩の3回に分けて投稿する予定です。
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