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45 嫌いな女


 話を聞き終わった僕は、溢れ出てくる気持ちを隠しきれなかった。



「姐さんも……復讐をしてたんだ」



 彼女は笑った。話し終えてスッキリしたのか、もうイキイキしている。



「あぁ、そうさ。そして、あたしは奇跡的に操りの術を使える。だからニンゲンのサクヤを操り、ウメを殺させ、あたしが殺される演技にも付き合ってもらった」



 つまり梅を刺したのは佐久夜だが、実際は綾が操っているため、佐久夜には殺した記憶がない。なぜこんな簡単なことに気づけなかったのか。



「ミヤ。ほら、復讐をするんだろ? 早くあたしを殺しな」


「……」



どうすればいい……今ここで殺せば復讐も終わる。でも……


 考えていると、急に佐久夜は綾に向かって歩き出した。何をされるかわからないのに。



「ちょっ、サクヤ……!!」


「ふふっ」



 止めようと手を伸ばしたが、綾の微笑みを見て気づいた。あの口角を上げて笑う笑み。そして僕の声に反応を見せない佐久夜。


こいつ……サクヤを操ってる!!



「何するつもり。僕の大切なサクヤを操るなんてさ」



 思わず手のひらを彼女に向ける。いつだって攻撃する準備はできている。



「ねぇ……ミヤ。あたし、ミヤが好きなの」


「え、は……?」



急に何言ってんの、こいつは。



「だから、ミヤが大切にする佐久夜(これ)に。嫉妬しちゃったよ」



 そう言って綾は片腕で佐久夜を抱きしめ、ブワッと空中に浮いた。そして勢いよく上の階の天井を破り、屋根へと突き抜けていった。



一体何するつもりで……!!



 僕も慌てて術を使い、屋根の上へと綾と佐久夜を追いかけた。すぐに追いつけば、綾は目を丸くして笑った。



「術、上手くなったみたいだね。こんなに早くも追いつかれるとは」



 屋根の上。そよ風がなぜか酷く冷たい。そして地上からは多くの行き交う人が僕たちを見ている。

 落ちれば怪我だけじゃ済まない。関係ない人まで巻き込むことになる。



ここは慎重にサクヤを奪い返して……トドメを刺そう。



「姐さん。今サクヤを渡せば、痛い思いはさせないであげるよ」


「ふっ……いや、今あんたが考えるべきことは、サクヤの命より自分の命じゃないかい?」


「え……?」



 その言葉の意図を読み取り、目線を下ろした。いつの間にか、左足に簪が深く刺さっていた。血がたらたらと流れ落ちている。

 でも、なぜか痛みは感じない。



「な、なんで……」


「ふふっ痛みはないだろ? でも後数分もすれば毒も回って動けなくなるよ」



毒……!? それはまずい!



 慌てて抜こうと手を伸ばせば、僕の行動を予想していたと言わんばかりに綾は目を細めた。



「やめな! 抜いたら激しい痛みが走るよ。それもあまりの痛さに屋根から転げ落ちるくらいね。あっちなみに即死だよ」


「即死……」



 そよ風に足元が震えた。



「分かった……じゃあ、何が目的? サクヤに嫉妬したって言ってたけど」



とりあえずここは気を取りなおすことにしよう。


 向き直ると、綾は手に抱く操り人形の佐久夜に一瞬目を向けた。このままでは、僕たちは完全に彼女の手の中だ。



「ふふっ、簡単さ。あたしに『愛してる』と言ってくれればいいんだよ」



 少し無言の時が流れる。言葉に続きはないらしい。



「たった……それだけ?」


「えぇ。まぁ、最期の願いは大体そんなもんよ」



 脅して言われる「愛してる」。彼女は本当にそれで満足するのだろうか。信じがたい。そこで僕も正直に聞いてみた。



「あのさ。知ってると思うけど僕、もう姐さんのこと好きじゃない。嫌いだ」



 余裕そうな彼女の顔が一瞬反応した。それを僕は逃さない。すぐ話を続けた。



「だから気持ちのこもったようには言えない。それでもいいの?」


「え……えぇ、もちろん。ミヤに言われることに価値があんだよ。好かれた男に言われることがね」



 綾笑った。その顔に少し不安が見えるのは、長年の付き合いのおかげだ。お互い向かい合えば、表情で「さぁ」と言われた。



「愛してる」、だっけ……



 顔が触れ合うまで一気に近づき、深く息をする。すぐ隣には目に命の光がないサクヤ。手を伸ばせばすぐ奪い返せる距離だ。



……サクヤ。



 すぐ彼に触れられる。そう気づけば、最後の彼女の願いなんてどうでもよくなっていく。まず、佐久夜の目の前で嫌いな女に告白するというのが気に入らない。


 しかしそんな感情は表に出さず、ただ「いくよ」と彼女の耳元で呟けば、たちまち彼女は少し耳を赤くした。

女は苦手だ。つくづく思う。



「姐さん……僕、姐さんのこと」


「えぇ」


 綾は目を瞑って頷いた。そんな表情から溢れ出る、期待と幸福。



…………ははっ、馬鹿だなぁ。



「血反吐が出るくらい、憎いよ」



 そう言って素早く彼女の首に掴みかかる。一瞬にして立場は逆転だ。

 首の肉に指は食い込み、思わず口角が上がってしまう。



「あっ……がっ、あがっ」



 苦しそうにもがく彼女の姿は、どこか佐久夜の首を絞めた時と似ていた。唇は震え始め、喉から聞いたこともない声が出される。



「どう? もういっそ死んでみる?」


「ゔっ……!!」


 より強く握り締めれば、綾はふるふると小さく首を振った。片手で佐久夜を抱いている手も、徐々に苦しさで離されていく。



よし、このまま離してくれれば──



 しかし次の瞬間。サクヤの死んだ目がギョロッと一回転し、こちらに視線を向けてきた。妙な気味の悪さに鳥肌が立つ。



「サクヤ……?」



 目が合ったと思えば、次瞬きをした時にはもうそこに彼の姿はいなかった。



え、どこいった!?



 手の力は最低限緩めず、慌てて辺りを見渡す。そして次の瞬間。少し離れた背後に気配を感じた。



後ろ……?



 少し振り向くと、そこには毒の塗ってある簪を自身の喉に突きつける彼の姿があった。



「……は」



 思わず喉から変な声が漏れた。



サクヤ……??



 気がつけば、もうすでに僕の体は動き出していた。必死に止めようと手を伸ばしながら。



「サクヤ……!! 何して──」



 しかし。それは苦しそうに咳き込む一人の女に止められてしまった。



「ゔっ、ふ……どうだい? あたしを騙した恐ろしさは」



あっ、思わず手──


 振り向くと、彼女は呆れたように。煽るように静かに言った。



「離しちゃダメじゃない。あたしの操るおとり(サクヤ)に気を取られちゃ」



 首の締め痕を愛おしそうに撫でながら、彼女は佐久夜を指差した。思わず沸くるような熱さが全身に伝わる。



「操ってサクヤを殺す気……?」



 僕は睨み殺すかのような視線を彼女に向けてみせた。一瞬目を丸くした綾が、すぐいつもの人を見下す笑顔に戻ってしまった。



「今のはあんたが悪いよ。あたしを騙して締め殺そうとするんだもの。騙した代償、結構重いわよ」


「何が騙した代償だよ……このクソ女……!!」



 思わず殴りかかろうとしたが、足が。動かなかった。



「は……」


「あっ、もうそろそろ毒が回ってくる時間なんだね。ミヤ、早く言った方がいいんじゃないかい?」



 どうやら、左足に刺さった毒が回り始めたらしい。


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