42 彼女は生きていた
「綾さん。事件について、何か知っているんですよね?」
佐久夜の問いに、部屋の隅にうずくまる影は言った。聞き覚えのありすぎる声だ。
「もう、バレちまったんだね……」
影は静かに立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
(前話より)
「姐さん……」
近づいてくると、影は部屋の外の灯に照らされ、姿を現した。
もちろん、綾だった。
「久しぶりだね。ミヤ、サクヤ」
少し微笑む彼女は、まさしく生きていた綾と同じだ。
僕は激しく鼓動する胸を落ち着かせ、言った。
「生きてたんだ、姐さん」
絶対サクヤに刺されたはずなのに。
この目で見たのに。
綾は少し乱れた横髪を耳にかける。
「ねぇ、それより。どこまで知ってんだい?」
その顔はもう笑ってはいなかった。
むしろ、怒り?
「どこまでって?」
「事件の真相。まぁ、誰が本当の犯人か……とか?」
綾はそう言って口角を上げた。
何か、企んでいる。
「僕が知っている情報は三つ。一つはウメさんが殺された時も、姐さんが殺された時も、使われた凶器は毒の塗られた簪。あとどっちも早朝に起こった」
「うん、あってるね」
綾はまるで殺人や犯人の全てを知っているかのように相槌をうつ。
きっと目の前の彼女は、もう自分の知っている「女」ではない。
「二つ目は、どちらの現場にもサクヤがいたこと。でもサクヤ本人は記憶がないって言ってる」
「うん、そうだろうね」
「……三つ目は、姐さんを刺したのはサクヤだってこと」
隣に立つ手がピクリと反応した。そしてその手は静かに拳を握りしめながら、苦しそうに口を開いた。
「あ、綾さん。俺……確実に綾さんを刺したんです。だからどうして、どうして今こうして話していられるのか……知りたいです」
「……」
彼女は何も言ってはくれない。
しかし次の瞬間。急に背を向け、ためらいなく着物を脱ぎ出した。
「なっ、綾さん!?」
佐久夜はバッと目線を逸らしたが、僕はただじっと彼女の背中を見つめた。
あぁ……そういうこと、か。
「サクヤ、大丈夫だから。姐さんの背中を見てみなよ」
「え……?」
恐る恐る目を開けた先には、ただ。
ただ綺麗な、一つも傷のない背中があった。
しかしその意味を理解できない佐久夜に対し、僕は言った。
「サクヤ。サクヤは、確実に姐さんの背中を刺した。でも、その刺し傷はどこにもない」
「つまり……?」
「あたしは、本当は刺されてなかったんだよ。ただ、刺されたふりをしたのさ」
綾は着物を着直し、こちらに姿勢を向け直す。
そして、面白いものでも見たように笑った。
「犯人は、あたしだよ。ミヤ」
****
そしてそう言われたのと同時に、綾は大きな声で叫んだ。
『殺女!!』
すると綾の着物が一瞬にして弾け飛んだ。
ものすごい量の着物の切れ端が、宙を舞っていく。視界を全て覆うほど。
「姐さん!?」
「綾さん!」
着物の切れ端がゆっくりと床に落ちていけば、目の前には見慣れない姿があった。
「これが、本当のあたしさ」
さっきの派手な着物とは真逆な、ただ赤い着物を着た女。
髪についていた飾りは全て落ち、ただ茶色の髪が揺れている。
手には、ただ鋭く尖った簪が二本。両手に握ってあった。
「本当の姿って……姐さん、煉獄の者じゃないの?」
震えた声で問うと、彼女は悲しそうに口角を下げた。
「怪異。人間界ではよく妖怪って呼ばれる奴だよ」
怪異。それは現実にはありえないような、不思議で異様な存在。
人に悪さする奴もいれば、ただ穏やかに漂っている者もいる。
綾の場合、どちらかは明確だ。
「じゃあ、姐さんはその姿で、その簪でウメさんを殺したってことでいい?」
綾は頷いた。
それに思わず僕は、藤の花びらを彼女に向かって投げた。
──ヒュンッ
そして彼女の頬に赤い線が滲む。切れ味は抜群だ。
「……ミヤ。やっぱり怒ってるんだね」
綾はまだ悲しそうに言う。
しかしそんな彼女を見て佐久夜は慌てて言った。
「み、雅!? なに攻撃してるんだ!?」
「何って、復讐だよ」
「は、馬鹿! まだ綾さんが全て悪いって決まってないだろ!?」
「でもウメさんを殺した犯人だよ。それだけでもう復讐する理由になる」
佐久夜はただ口を少し震わせただけで、何も言ってこなかった。
僕だって姐さんとは長い付き合いだし、ずっと仲間だと、信頼できる人だと思ってた。
でも、殺したんだ。
「そうだよサクヤ。あたしは殺されて当然。悪い奴だからね」
「綾さん……! せめて理由くらい、事件の真相くらい話してからそういうことは言ってください!!」
佐久夜はなぜそこまで彼女を庇うのだろうか。殺人の罪をなすりつけようとしてきた彼女を。
「サクヤ。それ以上僕の復讐を邪魔するんだったら、強制的に黙らせるよ」
僕に手のひらを向けられると、佐久夜は悔しそうに口を閉じた。
そんな僕たちになぜか綾は微笑む。
「まぁ、サクヤが言いたいことも分かるよ。……ミヤ、少しあたしがウメを殺した動機でも聞いてかないかい?」
「動機? 殺したことには変わりないのに?」
「いや、ちょっとした昔話さ。聞けば少しは殺し甲斐が高まるはずよ」
殺し甲斐。高まったところで僕は別にそれを求めてない。
でも、たしかにウメさんが殺されなければならなかった理由は聞きたい。
「……分かった。でも少しでも話の途中で逃げようとしたら、構わず藤の花で切り刻むから」
「はいはい、相変わらずご丁寧なこと」
綾は少し傾げた首を戻すと、目を閉じて話し出した。
「これは、一人の可哀想な花魁と、なんでも手に入れる魔性の花魁の話さ」




