40 二つの選択肢
──人間界と煉獄。もし選べるとしたら、どっちで生きたい?
忍たちが落ち着いてから、僕は正式にお礼をされることになった。
青藍も無事閻魔大王と和解でき、忍も家族の形を見つけた。
それにあの硬い性格の閻魔大王でさえ、僕たちに「何か褒美をあげたい」と言っている。
でももともと取引だったし。
僕も遠慮をするつもりもない。
僕だけ別室へ行き、佐久夜には少し待っててもらう。
大人の大事な話ってやつ?
「ミヤビ……さん。今回は、シノブのわがままを聞いてくれてありがとう。あなたのおかげで私たち、やっと家族のあり方を取り戻せた。本当に感謝しても仕切れないわ……!」
部屋の中、向き合って言われた一声がそれだった。
そんな面と向かって言われても困る。
「あ、いえ……元々条件付きだったし、なんというか……僕にもサクヤにもいい経験にもなったと思うから」
「ミヤビさん。ありがとう」
青藍の横から、姫らしい着物を着たシノブも頭を下げた。閻魔大王も少し目線が床にいっている。
うわ……僕ってそんなすごいことした?
何を言えばいいか戸惑っていると、青藍が顔を上げてくれた。
顔はもう真顔だった。
「では、ここからは取引の話になります」
「あ……はい」
僕が返事をしたのと同時に、部屋の襖が勝手に閉じ出した。空気も少しピリつく。
「取引。お前は、何を望む?」
閻魔大王がまた偉そうに見下してくる。ここはもう正直に言うしかない。
「じゃあ改めて。もう一度言います」
三人同時に頷く。
「僕は、サクヤとこの煉獄で暮らしたい」
言い切った僕に、青藍は疑うような視線を送る。
「それは……サクヤさんを助けたい、ではなく?」
だけど言い返されたその言葉は、僕には理解できなかった。
「え……?」
「ミヤビさん。今更ですが、あなたとサクヤさんの関係が選べる選択肢は、二つあるんです。少し前に言いましたよね?」
僕は頷く。
サクヤと煉獄で共に過ごすことができる、サクヤが地獄に行かないで済む、苦しまない方法。
そんなの知りたいに決まってる。
「今、その二つについてお話ししたいと思います。心の準備は、いいですか?」
「はい。もちろん」
頷いたのと同時に、青藍の口は開かれた。
****
そこからは、なんだかずっとスローモーションのような気分だった。
話される全てのことが信じられなくて。いや、信じたくないものだったから。
「以上です。……どう? 少し刺激が強すぎたわよね?」
青藍は心配そうに眉を八の字にさせる。
僕はまだ心臓が大きな音で、全身に波を立てている感覚が慣れない。
話が……大きすぎた。
衝撃を受けた僕に、忍は言った。
「母上。少し……二人にさせてもらえませんか? 私が説明します」
部屋には二人。忍は水を用意してくれた。
「落ち着きました? いきなりですよね、あんな話。私も素で驚きましたし」
「いや驚いたというか……重い、かも……」
「あぁ……そうですよね」
「だ、だってさ! 僕たちが煉獄で暮らすには、暮らすためには……」
──サクヤの人間界での記憶を全て、消せなんて。
「僕……できないよ。サクヤの生きた証を奪うなんて」
「同感です。でも、消さないとサクヤさんは煉獄で生きることができません」
人間は普通、四十九日以上煉獄にいれば、強制的に地獄へ落とされる。今サクヤがまだ煉獄に入れるのは、閻魔大王がまだサクヤを「罪人」だと正認定していないからだ。
「でもミヤビさん、もう一つの方法があるじゃないですか。母上が話してくれた」
横に視線を送ると、わずかに希望を抱く忍の顔が見えた。
正直。もう一つの方法は気が乗らない。
口にもしたくない。
「嫌……そっちの方法の方が嫌」
「え!? でもこちらの方がサクヤさんを幸せに──」
「いい。シノブは考えてくれなくていいから。僕たちのこと」
忍はまるで小石でも投げられたような顔になったが、何も言わなかった。ただ、「なぜ?」と言うような視線を向けてくる。
「ごめん、サクヤと直接話してくる」
居ても立っても居られなくなり、立ち上がった。
忍はそんな僕を見上げる。
「ミヤビさん、」
「ごめん、サクヤってどこにいる?」
「……ミヤビさん」
「話がしたいんだ、サクヤと。じゃないとこんな重い決断できないから……」
「ミヤビさん……!!」
ハッとした。さっきから、忍はずっと自分の名前を呼んでいたんだ。
気づかなかった。
「落ち着いてください。きっとこの二つの方法をサクヤさんに伝えても、サクヤさんが選ぶ方はもう決まっています」
「決まってるって……なんでそんなこと今、断言できるの? 本人にも聞いてないのに」
「そんなの聞かなくてもわかりますよ」
忍の顔は、心配から「呆れ」に変わった気がする。
そして図星を突かれた。
「ミヤビさん、焦ってますよね? サクヤさんが自分の嫌がっている方法を選ぶのが」
「……」
そう。僕は2つの方法なら、サクヤの記憶を消して二人で煉獄にいたい。
でももう一方は、そんな僕の願いとは真逆だった。
だから、サクヤがそっちを選ぶのが怖い。
「ミヤビさんが望んでない未来になりたくないのは分かります。でも、サクヤさんの意見もしっかり聞いてあげてください。そして、方法も選ばせてあげてください」
「でも選ばせたら──」
「これは、あくまでサクヤさんの人生なんですから」
何も言い返せなかった。
僕はただ、サクヤと一緒にいたいだけなのに。
一緒にいれば、サクヤだって幸せなはず。でも、なんでサクヤは真逆の方法を選ぶんだろう。
まぁ、まだ本人にも聞いてないけど。
「サクヤさんは中庭にいます」
顔を上げる。忍はもう部屋の戸を開けてくれていた。
「ありがとう……」
廊下に出ると、後ろから忍は言った。切ない声だった。
「ミヤビさん。どうか感情的にはならず、しっかりサクヤさんの選択に寄り添ってあげてください」
「……努力はするよ」
僕は静かに柵に足をかけ、つぶやいた。
****
巨大な吹き抜けに飛び降り、中庭まで落ちていく。
しかしその着地点は、池だった。
「えっ、ちょ、水……!?」
──ザパアッ
なんとか着地できた。池の中だけど。
深さはひざほどで、鯉や金魚が足元を泳いでいる。他にも、水草などが生えていた。
水面は驚くほど透明。キラキラと波が立っている。
まるで廊下の中心を切って、水槽を入れたよう……足湯に似てるなぁ。
「え、雅?」
素早く声に足元から顔を上げると、そばの床に佐久夜が座っていた。
しかも足を池に突っ込みながら。まるで本当に足湯だ。
「池の真ん中だぞ、そこ。こっちに来るか?」
青白い手を伸ばされた。思わず近くまで行き、手を掴んで池から床へ段を踏む。
「シノブたちと、話をしてきた帰り。でもまさか中庭の池に落ちるなんてさぁ」
そう着物を絞る僕に、佐久夜は相変わらず笑った。
「はははっ! それで落ちたのか? 雅らしくないな」
「別に。……それ以上笑ったら怒るよ」
「はいはい、ごめんな」
肩を叩かれると、少し胸が暖かくなった。
思わず口が勝手に動く。
「…………2つの方法。聞いてきた」
「えっ」
驚く佐久夜は一旦置いて、僕は隣に座った。池の中に足も浸らせる。
冷たかった。
「一つ目は、『サクヤの人間界での記憶を消して、本気で、一から煉獄で僕と人生を送る』こと」
「記憶を……消す」
サクヤの瞬きが遅くなった。
構わず続ける。
「二つ目は……まだ言えない」
「えっ、は?」
「なんで」、と佐久夜の声のない口が動いた。
本当は僕だって言えるなら言いたい。でも、言いたくなから……
「で、でももしさ!」
急な大きな声に、佐久夜はピクッと眉を動かした。その顔は、少しの「不審」と「期待」を感じさせられる。
そして、僕は静かに言った。
「もし……二つ目の方法が逆に『煉獄での日々の記憶を消して、人間界でまた生きる』だったら? サクヤはどうする?」
──ポチャッ
沈黙の間。金魚が跳ねた。まるで佐久夜の心のように。
「それってまさか、人間界でまた生きれるのか……!?」
でも予想通り、彼は二つ目の方法を選ぶんだ。




