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38 誰のせいとかじゃない


 気まずい時間が流れる。

 今思えば、お互い百年は会っていなかった。



「申し訳ありません、私なんかが閻魔様に迷惑をかけてしまって……」



 不安と抑え込む喜びを噛み締めながら、深く腰を折る。しかし、それに閻魔大王は眉を傾けた。

 何かに納得していない様子で。



「閻魔様? もう、(えん)とは呼ばないのか?」


「え……」



(35話より)


 あの日シノブが言っていた「上手くやる」は、私と閻魔様を二人きりにさせることだったのね……



「また、」



 また息子(むすめ)に心配させてしまった。


閻魔様には会えない、会ってはいけないことなんて分かっているのに。

今、二人部屋の中で閉じ込められているのが嬉しいなんて。

これだからシノブにも気を使わせてしまうのよ。


ケジメ、つけたいのに。



「閻魔様。恐れながら私はもう今後一切、閻魔様のことを(えん)とお呼びすることはありません」


「は……?」



 目の前に立つ顔が強張る。

 きっと、また何か怒らせたに違いない。



「シノブのあの出来事から、私もシノブ本人もひどく反省しているんです…………ですからもう」



そう、もう。



「はやく私なんか捨ててください……」



 説得力のない、最後は掠れていく声。言い切ったはずなのに、脳内でまだ自分の声が響いているような気分だ。


 閻魔様からは返事もない。

 終わった。これでもう、私がやるべきことは終わった。


 鼓動が落ち着くと、それに合わせて前から少し低い声が聞こえた。



「青藍。それは、青藍が自分で出した答えか?」


「はい」



 静かに頷く。

 目の前の顔は、さっきよりもどこか柔らかく、悲しそうに見える。そんな顔、しないでほしい。



「そうか……なら、理由を聞いてもいいか?」


「理由……」



 そんなもの、言わなくても分かるはず。


だって、『帰れ。しばらく顔も見たくない』そう言ったのはあなた本人じゃない。

手も目も真っ赤に染めて、震えていたシノブに慰めの言葉ひとつもかけなかったじゃない。



「閻魔様。私はもう母親に、いいえ。あなたの妻でいられる自信がありません」



 少し、目の前の彼の眉が動いた。



「シノブは自分の性を狂わせてしまったし、多くの側使えからも馬鹿にされ、そしてさらにはあなた本人からも見捨てられて」


「おい、ちょっと待て」



 待ってくれ、そう付け足した声は震えている。どうやら頭の整理が追いついていないよう。

 そして発した一言に、私は驚きを隠せなかった。



「シノブが、自分の性を狂わせた……?」



あぁ、あなたはそんなことも知らなかったの。

自分の息子(むすめ)のことも。まったく、変ってない。



「そうです。シノブは棚にあった(くすり)を自分の術と絡み合わせ、男女どちらにでもなる体を手に入れたの」


「あのシノブが……? 馬鹿な。一体何のために?」



そんなの、もう。



「シノブが私を哀れだと思ったからよ」



 捨てられたくせにまだ夫を想い、それが子に隠しきれていなかった私を。自分のために側使えから嫌がらせを受ける私を。


 そして、自分に向けられる世間の目にすら気づいてしまったシノブ。


 全部、私が母親失格だから起こったこと。私がもっと妻としてしっかりしていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。



「私じゃ、ダメなんです……閻魔様には、似合いません……」



 視界が滲む。


 まだ、閻魔様とここにいたい。でも言われてしまった。


『時間の無駄だ』

『お前がしっかりシノブの面倒を見ていなかったからこんなことになったんじゃないか?』

『母親なんだからそれくらいできないでどうする!?』

『もういい、お前を少し甘やかしすぎたようだ』




『もう帰れ。しばらく顔も見たくない』




 あなたに、そう言われてしまった。



──ごめんなさい。



 乾いた声は音にならず、ただ吐息として涙と落ちていく。醜い。

 まるで三途の川を漂っていた妖怪のときを思い出す。



「青藍」



 もう、顔も見れない。



「……青藍。泣かせてすまない。ただ、これだけは言っておきたいと思って」



 ほんのり優しい手が、私の両肩に置かれる。息を吸い込むと、喉から変な声が出た。


 嗚咽、というやつだ。



「俺は、一度もお前を捨てようなど思っていない」


「ぇ…………?」



 顔を上げると、そこには笑顔があった。


信じられない。あんなに喧嘩して、何年も会ってはくれなかったのに?



「う、嘘です」


「嘘じゃない。毎日側使えを通して青藍の体調や状況も確認していた」



 毎日。ということは



「私が嫌がらせを受けていたということも……」


「噂程度だが知っている。本当なのか?」



 見捨てられていた、わけじゃなかった。私はまだ。



(えん)……」


「ふっ……やっと呼んでくれたな」



 えん。私だけが呼んでいい名前。



「じゃあまだ、まだ私のこと想ってくれてるの?」


「もちろん」



あぁ、嬉しい。


 心臓の奥から涙が溢れてくる。



「母親失格でも? これからも迷惑をかけるのに?」


「青藍は失格なんかじゃない。あの時はつい俺もカッとなって言い過ぎた。ごめんな」



 思わず首を振る。


 なんだ。お互い、謝ればよかった。それだけで、こんなにも幸せになれるんだから。



「好き、大好き。もう独りにしないで」



 抱きつけば、何年も。何十年も待っていた匂いが広がる。

 しばらくお互い黙っていると、ふと気づいた。



「でも……毎日私のことを聞き出すのに、なぜ私に直接会ってくれなかったの?」


「あぁ、それは」



 そういう彼の耳元はほんのり赤い。目を泳がせるのにも諦め、閻はソワソワしながら言った。



「また青藍を傷つけるのが怖くて……とか」



……え?



「それだけ?」


「あぁ、それだけだ」


「ふっ、ふふっ。なんだか馬鹿馬鹿しい」



 失礼だな、閻魔はそう言って微笑み、片手で自分たちを閉じ込める門を燃やした。



「今度は、三人揃って話し合おう」


「えぇ」



 徐々に焼け広がる門の穴は、たちまち大きくなり、門の前に立つ三人を覗かせていく。



「「シノブ」」



 二人でそう呼ぶと、焼ける穴から、灰白色の髪の少年が今にも泣きそうな顔になった。


 忍だ。ずっと待っていた。両親の話が終わるまで。


 閻魔は今までにない微笑みを浮かべ、そっと自分の子に手を伸ばした。



「シノブ。あの時、俺はお前の背中をさすってやれなかった。俺こそ父親失格だ」



 でも、と強く付け加える。その顔は、毎晩庭で剣術の練習をする忍とよく似ていた。



「今なら、深いお前の傷を、背中をさすってやれることができる。もう一度、父にチャンスをくれないか?」


「あぁ、父上……」



 忍は震える手で閻魔の手を取った。その瞬間、忍の服は変わり、体も細く華奢な体へと変わった。

 本当は、これが忍のありのままの姿だ。


 本当に、これが正真正銘愛し合う「家族」だ。佐久夜。


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