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37 傷者の親子


 後は母親に任せなさい、そう言って背中をさすると、ほんの少し忍の表情が和らいだ。

 まずは、閻魔様に伝えなければ。


 私はとにかく、彼の部屋へと足を走らせたのだった。


(前話より)


 いつも炎が舞っているはずの閻魔大王の仕事部屋。だけどそこは暗く、どこか肌寒い。


 忍のことについて話すと、閻魔は足を組み、自分を見下した。

 怒っているんだ、と自然に身が引き締まる。



「青藍。これがどういうことなのか、分かってるか?」



 閻魔大王の、煉獄の姫が殺人を犯した。そんなの許されるわけもない。



「分かってます……でもシノブだってわざとじゃないし、何より事故だったじゃない。城の皆さんなら、きちんと説明すれば納得してくれるはずよ」



 しかし、閻魔の眉は吊り上がるばかり。



「事故だとか、説明でなんとかなるとか。青藍。お前は今回の()()について、もう少し真剣に考えたらどうだ?」



 ため息でそう言われ、初めて胸に何か違和感を感じた。



「わ、私は真剣よ? でもこれから気をつけていけば」


「じゃあ、師の命を無駄にするってことだな」


「え、は……?」



違う。そんなこと言ってない。


 必死に口を開いたが、なんだ。目の前の閻魔が、ものすごく恐ろしく感じる。



「はぁ……青藍。とにかく今は皆の安心、信頼、忠誠心を取り戻さなけらばならない。青藍はシノブと部屋で大人しくしといてくれ」



シノブと大人しく……?



「わ、私に何か出来ることはないのですか?」


「ない。だから下手に動くな。あ、あとシノブの()()も頼む」


「か、監視?」



 自分の子供にそんな言葉を使うなんて。

 この出来事は、決してシノブが全て悪いわけではないはず。



「でも(えん)。その、手下への信頼を戻すのも大事だけど、少しでいいからシノブのことも慰めてくれないかしら?」


「慰める?」


「えぇ。シノブも初めての出来事、自分の術にかなり衝撃を受けてるから。閻が元気付けてくれればきっとシノブも」



 次の瞬間、閻魔は私の言葉を止め、椅子から立ち上がった。



「なぜ罪のあるシノブを慰めなくちゃならない? 時間の無駄だな」



 時間の無駄。


あなたは、そんなこと言う人だったかしら。

もっと、娘のことも考えてくれる人だったような気がする。



「というかそもそも、お前がしっかりシノブの面倒を見ていなかったからこんなことになったんじゃないか?」


「え……?」


「母親なんだからそれくらいできないでどうする!?」



 ダンッと椅子を叩かれる。



「ご、ごめんなさい……」



 出した声はほぼ吐息だった。必死に頭を下げ、視界に映った床はぼやけている。



「もういい、少しお前を甘やかしすぎていたようだ」



 そして一言。



「もう帰れ。しばらく顔も見たくない」



 あなたの、醜い妖怪だった私を美しいと呼べる心。好きだった。





****





 それから人間界でいう約半年後。かなり時間はかかったが、閻魔はなんとか手下や師の家族にも話をつけ、事件は片付いていった。

 しかし、閻魔と私の関係だけは戻らなかった。



「母上」



 あの日から、私とシノブはほぼ毎日二人で過ごしている。特にすることもなく、近くの庭へ散歩したり、たまに剣術や作法などの練習をしていた。


 そう、なぜなら人に会わないようにするため。



「あの母上、聞いてます?」


「えっ、あぁ、ごめんなさい。ぼーっとしてたわ。何?」



 忍は、日が経つにつれどんどん赤みが増していく左目をパチクリさせた。

 そして少し呆れているような顔になる。



「最近、ちょっと疲れすぎではないですか?」


「ふふっ、シノブったら心配しすぎよ。ただ私が歳をとっただけじゃない?」


「は、母上はまだ十分お若いです!!」



 忍はもう人間でいう十五歳。そろそろ結婚を考えてもいい歳だが、あの事故があったからか、今のところ誰からも話が来ていない。


 それはきっと忍本人も気にしているだろう。言葉にはしないだけで、自分がどういった存在か。



「シノブ、今日もしよかったら街に」


「母上……街なんかに出会いはありませんよ。どうせ私は街の皆にもいい目では見れてはいないのですから」



 バレていた。


 私はどうしても、忍には優しい人と素敵な人生を歩み、幸せになってほしい。

 焦ってしまうのもきっと仕方のないこと。


 忍は優しく言葉を続けた。



「それに、私は今が一番幸せですよ」


「でもシノブ……」


「剣術や作法、術の基礎練習もどんどん上手くなりますし、何より昔よりずっと母上と一緒にいれる時間が増え嬉しい限りです」



なんて優しい。


 ますます何もできない自分に嫌気がさす。自信など、とっくに失っていた。



「あ、そうだわ! シノブ、最近噂になってる男の子は知ってる?」


「噂にですか?」


「えぇ。『(ミヤビ)』っていうんだけど、かなり女の子の間で人気らしいの」



 私がすごく気になるのに対し、忍は「ふーん」と言いながら首を傾ける。



「どんな方なのですか?」


「顔は整っていると聞いたわ。性格は……あまりいいとはいえないけど、やるべきことはきちんとやるらしいの」


「では、正直に性格を言うと?」


「……常に無表情で、興味のないことには無関心」



 忍は呆れるように首を振った。



「それのどこがいい方なのです?」


「わ、私にもわからないわ。最近の子は不思議ね」



 しばらく話し合っていると、戸の向こうから数少ない側仕えの声が聞こえた。



「青藍様、シノブ様。お風呂の支度ができています」


「あら、もうそんな時間?」


「なら母上、久しぶりにお背中流しましょうか?」



 いつの間にか忍は立ち上がり、風呂用の布を棚から取り出していた。


たまには、いいかもしれない。



「じゃあ、お願いしようかしら」


「はい!」






****






【シノブ目線】



 「先に風呂場へ向かってて」、母上にそう言われ静かに廊下を歩いていた。


 母上と一緒に入るなんて、いつぶりだろう。緊張する。



『えっ、何それ本当!?』



 角を曲がろうとしたその時。先からさっきの側仕いたちの声が聞こえた。気配からして、二人。


 無意識に立ち止まると、声はより一層大きく聞こえた。



『本当よ、さっき聞いたもの。シノブ様があの人気のミヤビさんを狙ってるって』



あ……さっきの話。



『ミヤビさんにシノブ様なんて釣り合わないわよ!!』

『召使いの中では、いつシノブ様が結婚するかって賭けが始まってるんだから』

『あははっ!! 笑える!』



「…………やっぱり」



 自分はいい目で見られていなかった。



『それにあの呪いの目! 存在も恐ろしいけど、何より女の顔にあってはほぼ()よね』

『そうよ。いくらそれ以外が整っていてもねぇ……醜くて見てられないわ』



 無意識にまぶたの上から右目を押さえる。


震えているのは、痛いから?



『傷者の姫……閻魔様の立場も大変よねぇ〜』

『閻魔大王の歴史に()がつけられたわ』

()()だけにね』



 甲高い笑い声。

 そして忘れない。あの言葉。



『男だったらよかったのに。可哀想』



 気づけば、自分は布を落としたまま走り去っていた。こんな会話聞きたくない、ただそれだけを考えて。


 自ら殺めてしまった大切な「師」。命を奪った代償がこれなら、自分は必ず受け入れなければならない。それが、一体どんな形でも。


 私は震える足で()()()()()()()()()()へ急いだ。






****






【青藍目線】


 数日後。姿を消していた忍が帰ってきた。

 風呂場で沈んだのかとも疑ったが、それは違った。


なんと、男の姿で帰ってきたのだ。


 いつもより少し低くなった声。体。身長。忍は自分を殺し、薬と術により、性別などない中途半端なモノになったのだ。


 動機など、聞はずとも分かってしまう自分が嫌だった。



「母上、どうしてそんなに辛い顔を?」



 優しく覗く顔が、彼に重なる。


『お前がしっかりシノブの面倒を見ていなかったからこんなことになったのではないか?』


 自分はやはり、閻魔大王の妻になるのも、母親になるという覚悟すらなかったのだ。全ては、自信がないから。






****






 忍と部屋を別にしてからの半年間。本当にいろんなことが起こった。



「青藍様、聞きました?」



 話かけてきたのは、昔からいる側仕い。顔にはそばかすがあり、よく忍の陰口を言っているという噂がある。

 忍に聞いても教えてくれないので、本当かはわからない。



「何かしら」


「閻魔様、二人目の妻を迎えようとしてるんですって!」



二人目……作って当然よね。



「そう」



 閻魔様が何回結婚しようと、自分はきっと祝福の言葉一つもかけられないだろう。

 案外反応の薄い私に、側仕いは眉をひそめた。



「あれ、悔しいとかないんですか?」


「えぇ。だって私はもう閻……いいえ。閻魔()の妻として相応しくないもの」



 静かにそういうと、つまんないと目で睨まれる。女子のいじめなどは、もう慣れた。



「あーあ! 青藍様ってほんと面白くないですね!! シノブ様の方がよっぽど遊びがいがありそうですけど」


「あら。シノブには手を出さない約束はどうしたの?」


「はっ、分かってますよ。男のシノブ様はかっこよくて手を出す気になれないもの」



 側仕いは勢いよく床に座ると、側にあった湯のみを投げつけてきた。



「……」



 熱い湯が顔にかかると、自然に目からも涙が出てくる。


火傷の跡。残らなければいいんだけれど。



「可哀想な青藍様。これからは私が遊んであげますから。もう叫んだり泣いたりしても構いませんよ」


「ご冗談。私はもう次の閻魔様の妻に全てを委ねているので平気よ」



 着物の袖で顔を拭くと、クスッと笑われる。



「強がり。こんな目に遭ってることもシノブ様に隠して、悲劇気取りのつもり?」



 悲劇。その基準はわからないが、きっとこれは悲劇なんかじゃない。

 無言で立ち上がると、側仕いもこちらによってきた。



「どこに行くんです?」


「庭よ」



 夜だからか、外は少し肌寒かった。

 庭の中心では、忍が男の姿で術の練習をしている。それも毎日、毎晩。



「青藍様。まさかとは思いますが、いつもこうしてシノブ様を観察しているんですか?」


「いつもじゃないわ。たまに、よ」


「ふーん、そうなんですね」



 でも正直に言ってしまえば、いつもかもしれない。真剣な表情の忍の横顔が、日に日に閻魔様に似てきていて。さらに男にもなれてしまうという。



「はぁ……もう帰りましょう」


「え、もういいのですか?」


「えぇ」



もう一度、あなたに会いたい。

気づいてもらえなくたって構わない。



(えん)……」



 その日から忍は、違反を起こした人間と煉獄の者を捕まえてくると、城から出て行った。



「母上。私が帰ってくれば、きっと()()()()()()()()が上手くやってくれますから」



 ただ、そう言い残して。


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