24 仮面にヒビが入るとき
次の日も特に変わったことはなく、また忙しい日々が三日も続いた。
その間も僕は必死にこの世界を考え、気づいた。この世界は、きっと「佐久夜の過去の記憶」だと。
きっとあの液体は、人間の過去に入れる道具か何かだったんだ。
そしてこのままいけば、僕は佐久夜の死因も見ることになるはずだと、分かった。
休んでいた佐久夜の学校は、今日で三日振りになる。バイト漬けだった日々もこれで一旦終わりだ。
また佐久夜はどうやら友達がたくさんいたようで、教室に入った途端、一気に生徒が話しかけてきた。
それに隣に立つ佐久夜は困ったように眉を片方傾ける。
へぇ〜。
サクヤって本当に周りから好かれてたんだ。
母親の前で話していた時とはまるで別人のように、笑顔で元気な声で話す佐久夜。特に僕の知ってる彼と、変わりはない。
「心配するな! この三日間はただ自分探しに行ってただけだ。そう、美しい自分をな!」
そんな佐久夜に、周りは面白そうに笑いだした。彼はいつまでも周りに笑い続け、楽しそうに自慢話を話する。
まーた始まったよ……
僕もそろそろ呆れ、初めて見る教室の中でも探索しようと足を動かした。
しかしその時。ふと佐久夜の心の声が聞こえてきた。
(もっと……もっと笑わせないと)
僕は思わず大きく目を見開く。
え……なに……?
僕の声に答えるように、今度はもっと大きく声が返ってくる。
(俺は美しい。一番。最高。頭がいい。すべて完璧。自分は、自分は阿保なナルシストなんだ……!)
その瞬間、なんと佐久夜は床に倒れてしまった。僕はあまりにも予想外する展開に、何もできなかった。
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『佐久夜の記憶(目線)』
目が覚めると、自分は保健室のベットで寝ていることが分かった。隣には、一人の女子が座っている。
「あ、佐久夜くん! よかった、起きたんだね。体調はどう?」
少女は、心配そうに自分の顔を覗き込んできた。この顔、見覚えがある。
「あぁ、花火。心配させて悪かった。俺はもう平気だ」
花火。サラッとしたショートの髪に、茶色の瞳。彼女は、去年田舎の方からやってきた転入生だ。
そう理解した途端、自分は思わずふいっと彼女から顔を背けた。きっと今、自分の耳は赤くなっているだろうから。
「平気って……本当に言ってるの? 顔、すごく赤くなってるけど」
「お、起きたてだからな。体温が高いんだ」
そう言っても、彼女は心配し続ける。
「もう……佐久夜くんはいつもそうやって隠しごとする!」
「か、隠しごと?」
「うん、そう。みんなは気づいてないかもしれないけど、私には分かるんだから」
花火は誇らしそうに口角を上げる。俺はそんなふうに笑う、彼女の笑顔が好きだ。
「……さっき、みんなにすごく笑われてたけど、傷ついたりしないの?」
「いや、するわけないだろ。みんな俺に嫉妬してるだけだ」
そう、完璧な自分に。
「でも噂で聞いたの。佐久夜くん、よくトイレで吐いてるって」
「あ……いや、そんな記憶はないな。噂なんて信じるものじゃ──」
「それだけじゃないよ」
花火は、強く勢いのある声で自分の言葉を遮った。真っ直ぐに向けられた瞳は、なんて優しさの色で溢れているんだろうか。
それに比べて。
「学校、もう来れないの?」
思わずどきっとした。もう、そんな噂まで流れていたなんて。完璧に隠していたはずだったのに。
「まぁ、少しした家庭の事情だ。……ほら、もうこの話は終わりに」
「昨日、深夜にコンビニでバイトしてたよね。お母さんが見かけたって」
……たしかに昨日もバイトがあった。しかしそれがコンビニ店員だったかなんて、もうとっくに記憶の彼方だった。
それに花火は止まることなく話し続ける。
「無理しないでよ? 何かあるなら私、力になりたいし」
「……」
昔、かなり仲の良かった友人にもそんなことを言われた。しかし真実を知れば、友人は簡単に俺から離れ、いつの間にか避けられるようになった。
それに。無理をしないと生きていけないことだってある。それも分からないまま、俺の力になれるなど、簡単に思って欲しくない。いや……思うな。
どうせみんな、あれを見れば怖がって助けようともしなくなるのに。
「じゃあ……これを見て欲しい」
そう言い、自分は上半身の制服を全て脱いだ。
花火なら……きっと周りにも言わないよな。
始めは目を丸くしていた彼女の表情は、徐々に青ざめていく。その理由は、この自分の体にあった。
「どっどういう……こと……なの?」
震える声の先には、痣や切り傷がつき、赤く腫れている自分の体があった。いつ見ても痛々しい。自分でもよくそう思う。
「これで俺の家族のことがよく分かっただろ? ごめんな」
「ぁ…………」
優しく笑うと、流石の彼女も口を閉ざした。「虐待」の痕を見れば、誰だってこんな反応になる。
自分はいつだって、普通ではない不幸な人間なのだから。仕方なかった。
****
玄関に足を踏み入れると、ふとリビングが明るいのに気がついた。
今の時刻は深夜二時。いつもなら母さんも部屋で寝ていて、電気をつけることはできない。
まさか。
ハッと足元に視線を落とした。そこには、高級そうな靴が脱ぎ捨てられてある。
──ドク、ドクドクドクッ
一気に自分の心臓が音を立て始めたのが分かる。そして俺は急いでリビングに走り込んだ。すると、するはずもないタバコの匂いが鼻を刺激した。
「と、父さん……なんで……」
リビングには、高いスーツを着た男がタバコを吸って立っていた。目が合うと、勝手に体がビリッと痺れた気がする。
父は苦笑しながら言った。
「えーと……名前なんだっけ?」
あぁ……酷い。
息子の名前も忘れるこいつが、俺の父親なんて。
「小野 佐久夜」
中学三年の冬。彼はこの世を去ることになる。




