21 落ちれば出口
部屋に寝かし付けて数分。やっと佐久夜が目を覚ました。もう顔色は元に戻っている。
「ん、ここは……?」
「サクヤ!! 気分はどう?」
佐久夜は寝ぼけながらも「平気だ」と頷いた。それに僕の鼓動もおさまる。しかし、佐久夜は布団の側に座る忍に気がつくと、顔から一気に血の気を失った。
「忍!? 雅、早く逃げ」
「あー……まぁ和解したから。大丈夫」
そっか、サクヤはさっきの会話聞こえてないもんね。
忍は、そう困惑している佐久夜に小さく会釈した。相変わらず物静かだ。
「体調に問題はなそうですね、よかった」
「え、えっと……忍さんも、きっとお仕事もある中、すみません……」
「仕事、ですか?」
忍は首を傾げる。僕も佐久夜も、忍はここ獄城の見張りか何かだと思っていた。
「見張りじゃないの?」
僕の言葉に、忍は少し考え口を開いた。
「私は、閻魔大王様の子です」
閻魔大王の……子??
すると、佐久夜はバッと布団から体を起こした。
「姫ってことか!?」
「えぇ……まぁ、この姿だとそうですね」
忍は静かに苦笑する。佐久夜はまさか自分が閻魔大王の姫に迷惑をかけるなんて、と慌てたが、忍がため息をついたので口を閉じた。
「ど、どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません。そろそろ外までお送りしますね」
忍は立ち上がり、部屋の襖を静かに開けた。それに続いて僕たちも後を追う。部屋を出ると、もう忍は男の姿になっていた。
自分を操るなんて……こいつ、どんだけ強いんだろ。
あれ。でも今、わざわざ変身する必要あった?
「……もしかしてさ。男の姿にならないと術使えないの?」
眼帯の向こう側がぴくりと動いた。どうやら図星のようだ。
「噂通り流石ですね……そうです。男性の体の方が力も出せるんですよ」
「へー」
まぁ、別に興味ないけど。
そして次の瞬間。僕たちの視界には蜘蛛の糸が一面に広がり、気づけば閻魔大王と話した部屋の中に立っていた。
佐久夜はあまりの速さに「わっ」と腰を抜かしそうになる。
「しゅ、瞬間移動なんて……夢の世界だけかと思ってた」
そう言って彼は微笑む。久しぶりの笑顔に、思わずズキッと心臓が刺激された。
なぜだろう。
不意に佐久夜から目線をそらすと、反対側に立つ忍の片目と目が合った。
「……仲が、いいんですね」
「えっ」
唐突な言葉に僕は声を上げてしまった。
初めて言われた……そういえば、僕がサクヤと仲が良くなることって、たしかウメさんの願いだったはず。
しばらくすると忍は立ち止まり、部屋の先を指差した。
「この廊下から吹き抜けに落ちていけば、出口の門に着くはずです」
「……分かった」
頷くと、忍は僕たちの側から一歩下がった。もう、帰らなければならない。
「じゃあ行こっか。サクヤ」
「うん、そうだな」
静かに部屋の門を開けると、肌が凍りそうなほど冷たい風が前髪にかかる。それでも廊下に出ると、勝手に後ろの門が閉まり始めた。
とその時。ふと門のわずかの隙間から忍の声がした。
「 また何かあれば来てください。絶対、力になります 」
急いで振り返ったが、門はもう閉じていた。その言葉の意味とはきっと。
「サクヤに関係するトラブルがまたあれば、また私に頼ってください」
そういうことだった。
「今日で最後なのにトラブルなんて……」
「ん? なんか言ったか?」
佐久夜は僕の独り言に首を傾げた。久しぶりの大きな瞳が僕の視界に映る。
「ううん、何にも」
トラブルなんて。起こるはずもない。
というか……起こってほしくない。
「なぁ、雅」
廊下を少し進むと、佐久夜は吹き抜けの手前にある柵に腰をかけた。なんだか空気が穏やかに感じる。静かだ。
「忍の言ってた通り、ここから飛び降りれば出口に着くんだよな?」
「うん。獄城の住人でもあるシノブがそう言ってたんだし……でもそれが何?」
佐久夜はクスッと笑った。
「いや、少し怖いと思ってな。一緒に飛んでくれるか?」
「別にいいけど……でも下に蜘蛛の巣が張ってあるから安全だと思うよ」
「安全とかじゃない。気持ちの問題だ」
スッと目の前に手が差し伸べられる。それはわずかに青白い。
今更だけど、サクヤはもう死んでるんだっけ。
まぁ、人間界での話だけど。
僕は目の前の手を取る。お互い力を込め握り合ったが、すぐには飛び降りないらしい。佐久夜は静かに話を続けた。
「獄城から出て少し歩いたら、もうお別れか?」
「うん。まぁ……そうだね」
佐久夜は微笑みから眉を下げる。懐かしんでいるのか悲しんでいるのか、僕にはまだよく分からない顔だった。
「まだいろんなことが片付いてないまま煉獄を去るのは心が痛いな」
「うん。僕もそう思う。でもこれは決まりだし、仕方ないよ」
自分の言葉にズキッと心が痛む。僕は無意識に口を開いた。
「僕、サクヤのこと犯人なんて思ってないから。始めは疑ってたけど、やっぱりサクヤを信じるよ」
「……」
自分から出た声は意外と切なそうで、説得力が少し薄れてしまったかも知れない。僕はどこまでも続く天井を見上げた。
「だからサクヤと別れた後は、大天狗と頑張って犯人を探してみる」
言い終わると、急にグッと強く手を握られた。隣から聞こえる声は意外にも低い。
「迷惑だったよな」
「え?」
迷惑……? サクヤのことが?
「俺が来てから色んな事件が起こったし、迷惑もかけて。いなくなっても雅たちに苦労させるんだ」
「そ、そんなことない。別にサクヤは深く考えなくていいよ」
優しく言ってみたが、僕の手を握る力はどんどん強くなる。少し、痛いと感じた。
「俺は刺した。殺した。なんで目撃もしたのに目をそらすんだ?」
佐久夜は笑ってた。なんだろう。ちょっと寒気がする。
「でもサクヤだって言ったじゃん。自分は犯人じゃないって」
「……」
「えっ……なんで黙ってるの? ほ、ほんとだよね? 犯人じゃないって」
佐久夜は無言のまま足を柵にかけた。手を握られてる僕も引っ張られ、慌てて柵に足をかける。足元は、どこまでも続きそうな真っ暗闇。
しばらく黙ると、佐久夜は首を振った。
「俺はたしかに犯人じゃない。でもただ記憶がないだけで、証拠も何もない」
そんな彼は、さっきからずっと僕に真剣な眼差しを向けていた。
「もし俺が犯人で。雅がここで俺を逃せば、きっとお前は後悔することになる。でも今俺が亡くなれば、何もかも解決するんじゃないか?」
一瞬言葉が途切れる。
「……つまり?」
自分でも驚くほど、僕の声は震えていた。
「罪を犯したまま地獄に行くなんてのは、俺だって嫌なんだ」
地獄行きと言う言葉が、まさか本人の口から出てくるとは。閻魔大王との会話は、聞こえていなかったはず──
僕は思わず、黙ってはいられなかった。




