20 閻魔大王
翌日。僕と佐久夜は予定通り玄関に集合した。今日は閻魔大王に謝罪をしに行く。
佐久夜は僕より数分先に来ていて、壁に持たれてぼうっとしていた。そして特に声をかけず無言のまま通りすぎれば、佐久夜はおとなしく後をついてきた。
昨日あんな喧嘩したばっかだしな……何も話せない。
そう考えながらも、僕はいつもの速度で歩いた。
「ねぇ、荷物とかないの? 今日で最後だけど」
前を向きながら問いかけると、今までにない冷たい声で返された。
「持っていくものなんてないからな」
……やっぱり怒ってるよね。
本当に今日で最後なのに。胸が痛い。
途中。玉ノ屋や団子屋、人間屋の前を通ったが、僕たちは何も話さなかった。思い出話もなしで。
だから僕はひとり街を見渡して胸を暖めていた。
サクヤと出会って一日目。逃げた僕をサクヤが追いかけてきた。僕が「人間臭い」と怒っても、サクヤは元気に叫んでいた。虫も可哀想に。
で、それから一週間半くらいずっとサクヤを避けてたっけ。
でも二週間目からは風呂掃除でまた喧嘩して、やっと二人で出かけ始めた。
玉ノ屋とか、街のいろんなとこを二人で周ったな……
あの時は気付けてなかったけど、結構、かなり楽しかった。
でもウメさんが殺されたから、また一週間くらい僕は部屋で腐ってた。そのせいでいろんな人に迷惑かけて。もちろんサクヤにも。でもそんなサクヤに救われた。
『下を向くな』
そう言われた時の表情、今も覚えてる。悔しそうで、必死に僕を理解しようとしてた顔。
あんな表情さ、ニンゲンにしかできないよ。
四から六週間目は姐さんが来て、殺された。でもその間は真剣に犯人を探したし、謎のサクヤを狙った「黒い渦」の存在を知れた。
姐さんを刺したサクヤは僕と喧嘩して、五日間も一人で過ごした。その間はずっと大天狗の家にいたらしい。
まぁ、詳しくは知らないけど。
で、獄城に行ったサクヤを助けて、シノブとも少し戦った。それで今から、謝罪しに行く。
ほんと、いろんな事ありすぎでしょ。
「……」
四半時(約三十分)歩くと、流石の佐久夜も少し疲れが出てきた。僕も休憩したいし、ちょうどいい。
「ねぇ、そろそろ休む?」
「……いい」
少し吐息の多い返事が返ってきた。
……絶対良くないよね。
声からして、水分不足かな。
「水くらい飲んだら?」
「放っておいてくれ」
サクヤって、変なとこで意外と頑固だな……
僕は一度立ち止まって振り返った。佐久夜も僕に合わせて立ち止まり、目が合う。じとっとお互いの顔に汗がにじんだ。
「ほら、水」
着物から竹筒を差し出すと、佐久夜はそれを受け取ろうと手を伸ばした。しかし手はスカッと竹筒をかすり、だらんと落ちてしまった。
「ん……どうしたの? 飲まないの?」
返事はない。しばらく沈黙が過ぎると、荒い呼吸がかすかに聞こえてきた。
サクヤの、息……?
また声をかけようとした瞬間。佐久夜が急に倒れ、ドサッと寄りかかってきた。
「サクヤ!? 大丈夫!?」
「し……んぞうが……」
「心臓!?」
佐久夜はぎゅっと着物の上から胸を押さえている。きっと何かの発作だ。
え……発作っ……!?
たしか一回でも獄城に侵入したものは、獄城の近くに来ると発作するって聞いたことがある!!
きっとそれだ。
「サクヤ、とりあえず僕の肩に体重寄せて」
「あぁ……」
息は荒いが、佐久夜の体はそんなに熱くない。熱はないみたいだ。
ヨロヨロとしばらく様子を見つつ歩いたが、佐久夜は苦しそうに顔を歪めるばかりだった。顔もさっきより青白い。肌も冷たい。
発作にしては、何かがおかしかった。
そんな違和感を抱いたまま佐久夜の腰あたりを支えると、手に生暖かい液体が触れた。
「えっ」
サクヤのお腹から血が出ててる……!!
傷が開いたのは、昨夜喧嘩して包帯を巻けなかったからだろう。罪悪感が、一気に胸に押しかかってくる。
「ちょっと止まって」
「……っ?」
──ビリッ
佐久夜から片手を離し、僕は勢いよく自分の着物の裾を引き裂いた。佐久夜はそれに目を見開く。
「な、なにして」
「動かないで。また傷が開いてもいいの?」
佐久夜は黙った。僕は着物の中に手を入れ、素早く包帯を巻いていく。今までウメさんの怪我を手当てしたきたからかな。結構手慣れてる感じがする。
巻き終わると、佐久夜は何か言いたげに眉を寄せた。
「何」
「あ、ありがとう」
「……うん」
少し、空気が和らいだ気がする。それから僕は仕方なく佐久夜を担いで、獄城へ再び足を走らせた。
だけど、その間も佐久夜の発作は悪化していくばかりだった。
****
そびえ立つ獄城に着くと、門番らしき鬼が閻魔大王の元へ瞬間移動させてくれた。瞬きをすると、一気に景色が変わった。
なんと、自分は炎に囲まれていた。
「火……!?」
火事かと焦ったが、熱さは感じない。
「おい、前を向け」
聞いたこともない低い声。まるで地獄そのものを表したようだ。声や気配に向き直ると、そこにいたのは。
「閻魔、様……」
足を組み、こちらを見下す男。うっすら赤い肌に真っ赤な瞳、肩まで伸びた黒髪には「王」と書かれた冠がのっている。
彼が煉獄で一番恐れられる、閻魔大王だ。
「侵入者はその隣にいるニンゲンか?」
「サクヤです。この度は申しわけ」
「いい、いい。そんなくだらない謝罪はいらない」
こいつ……閻魔大王じゃなかったら殴ってるところだった。
「そいつと話がしたかったが、どうやら厳しいようだな?」
肩に顔を乗せている佐久夜は青白い。
「侵入者の発作だと思います」
閻魔大王は顔をしかめる。それはまるで、何言ってんだ、と顔で訴えるように。
「いや、妙に青白すぎるな。発作よりも辛そうだ」
やっぱり発作だけじゃないんだ……
煉獄では風邪になりにくいし、一体何が原因なんだ?
「あぁ! 分かったぞ」
閻魔大王は彼岸花と龍の刺青が入った腕を僕に向けた。どきっと胸が締め付けられる。
独特の雰囲気。流石あの地獄と繋がる男だ。
「そのニンゲンは今日、地獄に堕ちる」
空間に閻魔の声が響き渡る。思わぬ言葉に、頭は整理が追いつかない。
「は……? じ、地獄?」
「あぁ、地獄が近づくにつれ苦しんでいく。ニンゲンはそういう仕組みにしてある」
何、こいつ。
サクヤが地獄に堕ちるって言いたいわけ? サクヤが? あの地獄に?
顔をしかめると、閻魔も不機嫌そうに首を傾げた。
「なんだ。文句があるなら言ってみろ」
「う、嘘だ……サクヤがあんな地獄に堕ちるなんて。サクヤは何もしてないじゃん!」
必死に叫んだが、閻魔はゴミを見るような目で睨んでくる。
「阿呆らしい」
「じゃあ、サクヤが地獄に堕ちる理由は?」
「そんなの人間界で罪を犯したからに決まってるだろ」
「罪……?」
佐久夜が罪を犯した。ふと脳内に姐さんを刺した彼の姿が浮かんだが、すぐかき消した。
「そのニンゲン。小野 佐久夜は賢いからな。死因なんて教えてくれるはずもないか」
オノ……? まさかサクヤの名字?
「そいつはな。人間界でさ──」
やっと死因が分かるその時。突然部屋の門が開かれた。
「閻魔様! 青藍様の件で新たな情報が入っています」
入ってきたのは閻魔の手下だ。見た目から小鬼のよう。
「ふん……たしかミヤビだったか? どうやらお前とはここまでのようだな。失礼する」
「えっ、ちょっと!! 死因は教えてくれないんですか!?」
「いや……お前は知らなくていいんじゃないか? ただの世話係が」
閻魔大王はそう吐き捨てて部屋から出ていってしまった。
ただの世話係。
僕は、きっとそんな小さい者じゃない……
「…………クソッ」
ポツリと呟くと、肩の上からうめき声をあげた。どうやら彼にとって、もう地獄は近いらしい。
「ねぇサクヤ。僕、知りたいよ。知りたいだけなのに」
突っ立っていると、ふと隣に違和感を感じた。この気配。まさか。
「誰……!!」
振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。白灰色のウルフの髪に、黒い左目と右の白い眼帯。着物はやはり蜘蛛柄で。
「昨日ぶりですね」
「シノブ……」
一瞬戦う姿勢に入ろうか迷ったが、忍の服装を見てやめた。昨日会った時はたしか男物の着物を着ていたはずが、今はなんと女の着物なのだ。
なんだか昨日とは違い、おしとやかに見える。
「あぁ。私、性別を変えられるんです」
「……」
そんな情報聞いたところで、なんとも言えない。今日で会うのは二回目だし、別に仲がいいわけでもなかった。
しかしそんな僕の顔から、忍はなるべく丁寧に、落ち着いた様子で口を開いた。
「今日は昨日のことを謝りたくて。あの時は少し、力を出しすぎてしまいました。申し訳ありません」
「いっいや……ま、まぁ……」
「その代わりと言ってはなんですが、その担いでるサクヤさん。こちらで手当てしましょうか?」
「えっ」
手当てか……シノブはかなり怪しいけど、サクヤの状態から今は急いだほうが良さそうだしな。
「じゃあ……お願いします」
僕はまた別の部屋へと佐久夜を運んだ。




