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19 相性が悪い


 脱衣所。佐久夜はのぼせ気味にヨロヨロと椅子に座りこんだ。


「大丈夫? お腹の傷もそうだけど」

「あぁ、心配ない。傷の痛みだってもう慣れた」


慣れたって……慣れるもんじゃないのに。


 思わず側にあるタオルを取った。


「ほら、タオル」

「お、気がきくな」

「まあーね」


 僕が隣に座ると、しばらく無言の時間が流れた。こう言う時間が一番どうでもいい話をしたくなる。


「サクヤはお風呂入るの好き?」

「うん。疲れが取れるしな」

「人間界はどう? 疲れるの?」


 佐久夜は微笑む。


「それはもう。今だって、どこかで満員電車に揺られてる大人がいる」

「ふーん……疲れるのに働くの?」

「ふっ、それはお前もよく知ってるんじゃないか?」


 ずいっと焦げ茶色の目が近づく。質問に質問で返された。


たしかに、僕も仕事はめんどくさい。でもなんで辞めずに働いてるんだろ。

それしかすることが無いから? 楽しいから?

う〜ん、なんか違う。


 考えていると、急に佐久夜が吹き出した。


「な、何。急に」

「ははっ……いや、一生懸命に考えてるなって」

「馬鹿にしてるでしょ」

「はははっ、眉間にシワがよってるぞ」


 佐久夜はクスクスと笑う。静かに笑う姿は、どこかあの時と重なって見えた。


「……ニンゲン屋の前で笑った時」

「えっ?」


 佐久夜は、急な自分の独り言に首を傾げた。かなり前、佐久夜は人間屋にある商品を見て、笑ったことがあった。


思わず声に出しちゃった……気まずくなるかな。


「ごめん、なんでもな──」

「まだ気になるか? 俺が笑った理由」


 真剣な声とは逆に、心配そうな目で見つめられた。そんな目で見られると、つい口が動いてしまう。


「教えてくれるなら、知りたい」

「うん。まぁ、そうだろうな」


 明日でサクヤはここを去ってしまう。


なら、もう聞いていいよね。腹を割って話したいって本人も言ってたし。


「あの時、少し見覚えのある腕があの人間屋に売っていたんだ」

「見覚えのある? 誰の腕だったの?」

「まぁ……嫌いな人だ」

「駄目、もっと詳しく」


 佐久夜は特に反応も変えず、ただ目線を下にずらした。静かに血色のいい唇が動く。


「人間屋にあった腕は……」

「うん」


 佐久夜は少し黙り、目を閉じる。


「俺の」

「うん」


 佐久夜の(まぶた)はふるふると震えている。どうやら何かためらっているようだ。


言いたくないのかな。


 しかし佐久夜は一瞬ぎゅっと目をきつく締めると、口を開いた。


「と……父さんの腕だ」

「えっ、サクヤのお父さん?」


家族とのトラブルはないって言ってたくせに……やっぱなんかあるんじゃん。


「なんで腕だけでお父さんだって分かったの?」

「何度も見てきたから、な」


 佐久夜は笑っている。それも顔に汗をにじませて。


「じゃあ、なんで自分の父親の腕があって笑ったの? 嫌いだからって、なんで?」

「……」


 答えない。それに、まだ引きつっている笑顔。


「ニンゲン屋で売られてたってことは、サクヤのお父さんは死んでて、人間界で何か罪を犯してたの?」

「……」

「ねぇ、教えてよ」


 佐久夜は何か隠してる。それも僕に言えないようなこと。


「そんなに僕に言いたくない?」

「……雅は知らなくていいことだから」


僕が知らなくていい?


「それって僕に知る権利がないってこと?」


あぁ、どうしよう。また頭に血がのぼってきた。

怒っちゃダメなのに。


「違う。ただ……話せば雅が傷つくかもしれない」

「傷つく? そんなの言ってみないと分からないじゃん」


 ついつい口からトゲのある言葉が出てくる。思わず佐久夜も顔をしかめた。


「なぁ、なんでそんなに聞いてくるんだ? 俺はお前が傷つかないよう気遣ってるのに」

「気遣ってる? サクヤはただ僕を怒らせにきてるだけだよ」


 お互い目で睨み合った。僕はただ「知りたい」、それだけなのに。


「僕……今日サクヤのこと助けたよ?」

「そ、それは感謝してる。でも」

「いいから。教えて」


 もうお互いの汗は乾いた。のぼせていたはずなのに、今はむしろ肌寒い。

 佐久夜は黙ると、珍しく小声になった。


「雅だって……梅さんの話はしたくないだろ」

「え?」


何……なんで今そんな関係ない話題出してくんだろ。

意味わかんない。


「関係ないし。そもそも、サクヤが言えることじゃないでしょ。それ」

「……」


 佐久夜の拳は震えている。悲しいのか、怒っているのか。僕は、怒ってる。


「いいから、ほら話して」

「いや、そんな無理やりなら話したくない。また今度真剣に──」

「今度なんてない」


 思わず言葉をさえぎった。佐久夜は目を見開いて、勢いよく立ち上がった僕を見上げている。

 僕はそれを冷たい目で見下す。


「今諦めれば、明日話してくれるの?」

「み、みや」

「いいよ。無理して話さなくて。こんな必死になって、馬鹿馬鹿しい」


 その言葉に佐久夜の瞳孔が震えた。戸惑っているのが、話さなくても良く伝わる。


「せっかく最後なのにこんな会話になっちゃった。僕たちって元々相性合わなかったのかもね」


 嫌味っぽく言うと、佐久夜も立ち上がった。うつむいるせいで表情が見えない。


「そうだな。お前は元々人間嫌いだし、今みたいに自分勝手で人の気持ちに合わせやしない……!!」


 佐久夜はいつもの倍の声量で吐き捨てた。いつもと違う。瞬時にそう感じた。

 でも、僕は構わず言い放ってしまった。


「はいはい。そーですね」


 笑い混じりの言葉に、佐久夜は体を出口に向けた。ここから出ていく気だ。


でも僕はそれでいい。

好きなように出て行けばいい。


「明日の朝。閻魔(えんま)様に謝罪しにいくから。玄関で待ってて」

「……」


 佐久夜は聞き終わると、サッと歩き始めた。


「…………もう、終わりにするか」


 すれ違う時、ふと佐久夜が何か呟いた気がした。しかし振り返っても、もう脱衣所に彼の姿はない。



聞き間違い……?



 結局、僕は佐久夜の腹の傷に包帯を巻くことはできなかった。それも、秘密で買った「藤の耳飾り」も渡せずに。





「あれ、それ藤の耳飾りじゃん。サクヤが初めて来た時にもあった」


「うん。雅、お前これ渡したい人がいないって言ってたよな?」


「あ〜、そんなこと言ったかも」



「じゃあ」、佐久夜は僕と向き合った。

黒色の瞳と焦げ茶色の瞳がぶつかる。



「もし、雅が俺を完全に信用してくれたら、この耳飾りを俺に渡してくれないか?」



(12話の最後より)

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