11 大天狗からの情報
真剣に犯人を探し始めて三日が経った。三日間はずっと仕事を休み、顔が広く情報をたくさん持つ大天狗と話し合いばかりした。
あまねの湯から少し離れた天狗の街に、今日も足を運ぶ。
「何か情報はつかめた?」
昨日、大天狗に梅の花魁時代を調べてもらっていた。部屋には二人きり、誰にも話し声が聞こえないよう術もかけてある。
大天狗は大きな体を床に降ろして言った。
「あぁ。役に立つかはわからんが、ウメの対応した客を一から調べてみた」
「なるほど」
僕は着物から紙と筆を取り出す。筆に息を吹きかけると、たちまち筆先の白は墨に染まっていった。
「ウメは、四季屋でも遊郭でもかなり有名で人気な花魁だった。そのせいで何回か客とのトラブルが起きている」
「客との、ね」
「中でも大きかったのが、アヤを嫁に迎えようとしてた客がウメに惚れた話だ」
ふと筆を進める手を止めた。
「姐さんの客が?」
「あぁ。知ったアヤは悲しみ、客はウメに渡すと言った。客は喜びもちろんウメに求婚したが、見事綺麗に断られた。まぁ自業自得だよな」
「それでその客が自分の告白を断ったウメさんに恨みを持ったってこと?」
納得したように言うと、大天狗は残念そうに首を振った。話はまだ終わらないらしい。
「それが、その客は病で死んだ。しかもそれはウメが呪い殺したものだと噂が広まり、無実の罪でウメは遊郭を去ることになったんだ」
「……ウメさんは何もしてないのに」
「そうだな。でも結果的にはまたアヤが自分の客を譲ってウメはその客と無事結婚できた。んで生まれたのがキクってわけだ」
大天狗は嬉しそうに声を大きくして笑う。「綾は梅にとって恩人だな」、と。
でも何か引っかかる。
あれ……キクの、お父さん?
「でもさ、僕キクのお父さんなんて見たことも聞いたこともないけど」
「お前……それ聞いちゃうか?」
「教えてよ。何か手掛かりになるかも」
仕方ない、大天狗は大きなため息をついた後、ゆっくり口を開いた。
「ウメの旦那はキクが生まれてすぐ、死んだ」
大天狗が黙ると、部屋はまるで誰もいないかのようにしん、と静まり返った。僕はいつもと表情を変えない。
「死んだ原因は?」
「ニンゲンに殺されたんだよ。気の狂ったニンゲンにな。でも……それでもウメはニンゲンのことを悪く言わずに嫌わなかったな。本当に優しく、可哀想な女だ」
「……」
少し黙り、またスラスラと筆を動かす。
知らなかった。ウメさんと姐さんの昔からの関係。
それにキクのお父さんも。
でもなんで。
なんでウメさんは今まで僕に話してくれなかったんだろう。
「おい、ぼーっとしてると墨が紙に落ちるぞ」
ハッと筆先を見ると、先には墨が丸い雫になって溜まっており、もう落ちる寸前だった。そしてあっと声を上げる暇もなく、墨は紙に落ちてしまった。
「ほら見たことか。今新しい紙を持ってくる」
「……いい」
新しい紙。別にそんなの必要ない。
『操りの術・浮心』
心の中でそう呟いたのと同時に、紙に染みついたはずの墨が雫となって浮き出した。
大天狗も目を見開いている。
「よっ」
僕は墨の雫を人差し指で操り、ぐるぐると大天狗の周りで動かせてみせた。そして最後は、大天狗のお面の鼻先にぽちゃりと落として。
「これで紙は無事」
「み……ミヤ。お前術を極めるのはどうだ? 俺の弟子にしてやろうか?」
「やだよ、めんどくさい」
大天狗は鼻についた墨を拭き取ると、大きく分厚い手を頭に添えてきた。僕は目だけを動かし、大天狗を見上げる。
撫でられてるんだ。
「何、急に」
「い、いや。大きくなったなぁと思って。ウメに拾われてきた頃はまだ腕の中だったのに、今は一人で難易度の高い術までできるようになって…………最近はニンゲンとも仲良くやってるしな。立派だ」
目線を紙に戻した。少し口元が緩んでいるのは、秘密だ。
大天狗は僕の頭を撫でた後、笑顔で言った。
「だからそんな立派なミヤにもう一つ情報をくれてやろう」
「えっ本当? ラッキー」
「少し痛々しい話だが、どうやら今回の事件。ウメは誰かに胸を刺されて死んだらしい」
僕はまた筆を進めていく。本当はこんな話聞きたくもないけど、犯人を見つけ出すためにはそんな文句、言っていられない。
「死体を回収した奴らに話を聞くと、ウメは何か鋭く細いもので刺されてたらしくてな」
「鋭くて細いもの? でもそんなの一刺しで普通は死なないでしょ」
「それがそうなんだ。だから刺したものの先に毒が塗ってあったのかもしれない」
毒。犯人はどうやら確実に梅を殺したかったらしい。
そう思うと妙に苛立ちを感じる。
「絶っ対、捕まえる…………」
呟くと、僕の持っていた筆はついにバキッっと音を立てて折れてしまった。大天狗はそれにぎょっと目をに開く。
やべ。思わず強く握っちゃった。
「おおお落ち着け、ミヤ! これから復讐するんだからな!? まだこれからだからな!?」
「分かってるよ、大丈夫だし」
そう言いながらも乱暴に筆を床に置く。
だめだ。一旦冷静にならないと。
バキバキに折れた筆を大天狗は拾い上げると、小声で「あぁ可哀想に」と何度も筆を撫で始めた。とその時。
「大天狗様!! 大天狗様ぁ〜!!」
ドタドタと足音がしたと思えば、部屋の戸が急に開かれた。大天狗の弟子だろうか、背の羽がまだ小さい。
「なっなんだ、どうかしたのか?」
大天狗は慌てて筆を投げ捨て、弟子に近寄った。
なんだ、大天狗だって筆のこと乱暴に使ってんじゃん。
筆かわいそ。
そして呑気な僕と真逆の弟子は、声を上擦らせながら話した。
「花街に飛び回る黒い謎の渦が出現しました!! 現在怪我人はいませんが、あまねの湯からこちらに忘れ物を届けに来ていたサクヤというニンゲンが襲われています!!」
「はあ!? サクヤが!?」
勢いよく立ち上がった僕と同時に、大天狗も真剣な顔つきになる。そしていますぐ助けに行くと羽団扇を取り出した。
でも僕はそれを止める。
サクヤを助けるなら、僕一人がいい。
「大天狗さんはいいよ、サクヤのことは僕がなんとかする」
「はあ!? でも」
「僕、単体で動かないとうまく術使えない体質だから。二人だとどっちか足手まといになるでしょ」
あまりに僕らしい理由に、大天狗は言葉を失くしたようだ。そのため、僕が勝手に頷く。
「じゃ、行ってくる」
シュッと勢いよく部屋から飛び出し、いろんな屋根を飛んで渡る。きっと大天狗からは、僕はもう豆粒くらいの大きさに見えてるだろう。
そんな行動の早い自分に、天狗の弟子は不安そうな顔をしていた。
「ほ、本当にあんな子供一人に任せて大丈夫なのですか?」
しかし、大天狗は知っていた。
「ハハハ!! お前、さては知らないな?」
いつもとは想像もできない、僕の秘めた強さを。
雅:人間嫌いな少年(主人公)
佐久夜:雅が初めて世話する人間
菊:雅と共にあまねの湯で働く少女
梅:菊の母親。何者かに殺された。
大天狗:あまねの常連客。天狗。
綾:あまねの湯の新しい支配人。派手な花魁。
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今度も、あまねの湯で皆様をお待ちしています。




