第三十話【縛るもの】
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シュレーナ視点
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ギーヌは何もわかってない。
ずっとわかってない。
一度も分かったことがない。
どうして事あるごとに自分を責めちゃうの。
ギーヌは何も悪くないのに。
そんなことされたら私も辛くなる。
私があの日、泣かずにお父さんとお母さんと一緒に逃げていたらギーヌが七年も人生を無駄にすることはなかったのに。
「馬鹿!!」
私は村近くの木にもたれしゃがみこんだ。
こうして無になって自然の風に揺られていたら忘れたいことも一緒にどこかに飛んでいってくれそうだから。
魔法じゃ出来ないこと。
家族ではしゃぐあのひと達を見ていると羨ましい。
私もそんな日々を過ごしたかった。
ギーヌはいつも何かに縛られていて構ってもくれない。
「シュレーナさん!」
俯いていると私を見つめるクレイくんがいた。
「……なに?」
「戻りましょう。シュレーナさんの家はあそこです。帰るべき場所はあそこです」
「無理。私がいたら何も変わらない」
「……お母さんがいなくなって悲しいのはわかります。でも今あそこを離れたらシュレーナさんだって一人になるしギーヌさんも一人になる。それは空から見守るアイーシャさんも望んでいないと思います」
「そんなのわからないよ。お母さんはもういない。今私が居なくなればギーヌは自由になれる。これ以上縛りたくはない」
「…………」
クレイくんは黙ってしまった。
せっかく私を説得してくれようとしているのに。
何をしているんだろう、私。
「シュレーナさん、もうこの際ですから正直に言わさせてもらいます」
黙っていたクレイくんは真剣な顔をして私を強く見つめてきた。
「最初、シュレーナさんと会った時、なんだこの子って思いましたよ。話しかけてるのに無視するし、いきなり花渡してくるし、無愛想だし」
「……ひどい」
「でも最初だけですよ、最初だけ。僕はあの時、父さんとギーヌさんに言われた守るという言葉にきっと縛られてきた。これまでの場面を振り返ってみてそう思います。本当は自分に関係ない危機でもシュレーナさんの危機だから助けました」
私がクレイくんを縛っていたの?
そんなつもりはなかったのに。
クレイくんの人生まで無駄になっちゃうのは嫌だ。
「じゃあ!! やっぱり私は――」
泣きながら立ち上がりそう言葉を口にしようとした。
「だけど!!!!」
クレイくんが大きな声で言って遮った。
「だけど、それで良かった。確かに怪我をするのは痛かったですよ。今だって痛いのは嫌ですし怖いです。でも失う方が怖くて辛くて……だから守るという縛りだけでシュレーナさんと過ごせるならそんな苦も難なく乗り越えられました」
「……え」
「ギーヌさんは僕が感じる苦よりも何倍も何十倍も何百倍もの辛い人生を歩んだはずです。でも僕よりもうん百倍幸せだったはず。だってあの状況で二人も救って、家族になって……」
「……そんなことはないよ。だってギーヌはいつも忙しそうで辛そうで……」
「シュレーナさん、僕はまだ親ではないから正確なことなんてわかりません。でも僕が親なら愛する娘の為に一生懸命に何かをするってのは普通のことだと思います。それにギーヌさんはそういう人だと思いますから。あとはその努力にシュレーナさんがどう応えるかです」
クレイくんは不思議な人だ。
どうしてそんなにいつも誰かの為に行動していられるんだろう。
「あと大切な人から何かに縛られて喜ばない男なんていないですし」
それは分からないけど、そうだったら嬉しい。
「ギーヌさんに不満があるなら言えば良い、甘えたいなら素直に言えば良い、何か欲しいなら言えば良い。ただししっかりと本人の目の前で。それだけで変わります。シュレーナさんは一人じゃない。僕にリリーシャ、アゼット、アリアさん、それにギーヌさんがいるんですから」
「……うん」
私は勘違いをしていたのかもしれない。
ずっとギーヌは辛い日々を送っていたんだと思っていた。
だから私がいなくなれば少しでも楽になると思って学校に行くことを求めた。
でもそんな考えで行くのは間違いだった。
私にはそばに居てくれる人がいる。
でもきっとギーヌはお母さんが居なくなった日、そばには誰もいなかった。
ただひとり気持ちをずっと抑えていたんだ。
なのに私は走り出してしまった。
あそこでギーヌと涙し合えば変わったかもしれないのに。
「シュレーナさん、戻りましょう。待ってますよ。シュレーナさんのお父さんが」
「……うん」
今でも昔の事を夢に見る。
でももう前を向かなくちゃ。
私の為に一生懸命になってくれているギーヌのためにも。
「ありがと、クレイ」
「ど、どどどうしたんですか? いきなり!?」
「クレイ、じゃだめ?」
「ダメというわけではないですけど。ずっとくん呼びだったので驚いてしまって」
私とクレイは夜空を見たあと家の方へと歩き出した。
私の心は、すっかり晴天だ。
「私、レーナってお母さんに呼ばれてた」
「そうなんですか」
「レーナ。言ってみて」
「本当にどうしちゃったんですか!」
「良いから」
「わ、わかりました。レーナ」
「うん!」
「なんですかこれ」
これからはもっとみんなと話せそうな気がする。
勿論色んなことも出来る気がする。
「どうしましたか? 服に何かついてますか?」
「それって花?」
クレイのローブのポケットに少しだけ見える桃色の花弁。
気になる。
花、気になる。
「あ、実は今朝、シュレーナさんが寝ている間にちょっと探してたら綺麗な花があって。茎を折ったら枯れると思ったので根ごと持ってきたんですよ」
そう言ってクレイがポケットから取り出すと本当に根ごとだった。
でも私はそれ以上に驚いたことがあった。
色は違うけれどよく見た形。
そうあれは――。
「カランコ!」
「知ってるんですか? この桃色の花弁凄く綺麗ですよね」
「桃色の花弁は珍しい。私もよくお母さんと探したけど見つけたことなかった」
「これ、他の花を守る特性から花言葉に貴方を守るって意味があるそうなんですよ。それで僕とシュレーナさんにぴったりだなって思って。だからあげますよ」
「いいの? 珍しいのに」
「はい、そもそもシュレーナさんにあげる為に探してましたし」
「ありがと、クレイ!」
他の花を助けたせいで一部が枯れているのにそれでも咲き続ける明るい桃色の花弁。
本当に綺麗だな〜。
「……っ!!?」
私はハッとした。
きっとクレイは知らないはず。
カランコの花言葉には続きがあることを。
そう――
『永遠の愛』
いや、クレイは知らずに渡してるんだ。
そうに決まってる。
そうだよね?
え、ね?
うん、そうだよ。
「シュレーナさん? 真っ暗になるので行きますよ?」
そもそもクレイがわかっていたとしてもそれを私に渡す?
否、もっと他の人にわたすはず。
背の低い子とか、胸が大きい子とか、明るい子とか。
「シュレーナさん? おーい? どうしたんですか?」
そう、そう、そう!
これは貴方を守るって花言葉だから渡してくれた。
それ以外の意味なんてない、よね?
あったら私――。
「レーナ、行くよ」
レ、レーナ!?
クレイが呼んでくれた。
嬉しい。
もう一度味わいたい。
「クレイ、もう一回」
「嫌です」
「もう一回言って、お願い」
「無理です。ほら夜も遅いですから戻りましょう」
「待ってよ!」
これからちょっとずつクレイとの仲を深めていかなくちゃ。
ギーヌの喜んだ顔を見るためにも。
私とクレイは暗い夜道を二人で一歩一歩ゆっくり歩いていった。




