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第二十八話【散る花弁】

 もう空は暗くなり始めている。

 本当だったらもう少し早く着く予定だったのだがリリーシャが途中の川で遊びだしたせいでかなり遅れた。

 だが、まぁ、楽しそうだったしいいか。


「わぁ! ここがあのオルス村!!」


 リリーシャは特に何もないオルス村を見ながらはしゃいでいた。

 それほどまで心が綺麗ということなのか。


 村の中をしばらく進み、まず最初にシュレーナさんを家の前で降ろした。

 あとで僕の家で会おうと言う約束をして。

 リリーシャと一緒に僕の家に向かった。


「着いたよ」

「おぉ! ここがクレイの家! 私の家よりでかいかも」

「そうかな」


 荷物を降ろして家の扉を開けた。


「クレイ! 大丈夫だったのか!」

「本当に心配したんだから……」

 

 母さんは僕を強く抱きしめた。


「友達の前でやめてくれ……それに苦しいって」

「そっちの子は?」

「私はクレイの友達のリリーシャ・グレーシャです!」

「クレイ、もう学校で友達を作ったのか。やるなぁ」

「ですよね! やりますよね!!」

「どこの立場から話してるんだよ」


 親二人のテンションについていけず、僕の家族はやばいなんてリリーシャに思われるかもって考えてたがリリーシャなら問題なさそうだ。


「あれ、シュレーナさんはいないのか?」

「家に降ろしてきたよ。あとでここで会う約束をして」

「そうか…………」


 父さんはシュレーナさんの家がある方を見ている。

 だがその表情はどこか悲しげで同情をする瞳。


「何かあったの?」

「……クレイ、これはお前にしか出来ないことかもしれない。この村で唯一の友達として」

「だから何があったんだよ!!」

「シュレーナさんのお母さんは――」


 父さんの言葉を聞いて僕は息が出来なかった。

 そんなことになってるなんて知らなかった。

 教えてくれることもなかった。


*******

シュレーナの家

*******


 家の扉をコンコンとノックするシュレーナ。

 家の中からはげっそりとしたギーヌの姿があった。


「ギーヌ、ただいま」

「……あぁ、おかえりシュレーナ」

「荷物持ってて、お母さんのところに行ってくるから」

「待ってくれ」


 ギーヌはシュレーナの行く手を阻んだ。


「ギーヌ? どいてよ。早く沢山お話したいから。学校であったこととか。友達のこととか」

「駄目だ。だから今は待ってくれ。お願いだ。全部お前の為なんだ」


 シュレーナはその言葉を無視してギーヌをかわしお母さんが居る部屋へと走っていった。

 だがまたしても部屋の扉目前にギーヌが足止めをした。


「だめだ……駄目なんだよ。シュレーナ……君にはまだ」

「ギーヌ、どうして泣いてるの?」

「…………」


 ギーヌは力が抜けたように制止していた手をぶらりと降ろした。

 シュレーナはどうしたんだろうと心配をしながらもギーヌを横目に部屋のドアノブに触れた。

 

 ガチャ、そんな扉を開く音が部屋に響き渡る。

 

 いつもの光景はそこにはなかった。


 部屋にポツンっと置かれた誰も横になっていない白いベッド。


 小棚に置かれた花束と家族写真。


「え……」

「……シュレーナ」

「お母さんはお出かけ出来るようになったの?」

「……あぁ、でも、もう帰っては来れないんだ」


 シュレーナは何があったのかを理解していた。


 だが理解したくなかった。


 そんな気持ちのぶつかり合いの末、涙を流す。


「なんで……なんで。帰ってこれないなんて。そんなことあるわけない」

「……ごめん」


 シュレーナは床に座り込んだ。

 そんなシュレーナの前に座りギーヌは泣きながら抱きしめた。


「……ごめんな。ごめんな。私はあの時約束したのに……シュレーナもアイーシャも幸せに出来なくって……ごめん。ごめんな」

「謝っても遅い……戻って来ない……」

「ごめん……ごめんよ……私じゃなく本当のお父さんだったら幸せに出来たかもしれないのに……」

「……っ!!」


 シュレーナはギーヌを押し走って部屋を飛び出した。


「シュレーナ!!! シュレーナ……。もう私に君を呼び止めることなんで出来ないか。すまない、ルイス……」


 窓際に小瓶に入れられた一輪の花。


 萎れ、最後の一枚の花弁が床に落ちた。


「……アイーシャ、アイーシャ!!!!!」


 ギーヌは大きな声で泣き床に倒れ込んだ。


***


 嘘だ、嘘に違いない。嘘なんだ。

 ひたすらそう自分に言い聞かせるシュレーナ。


 森の中を走るシュレーナ。

 何も考えずただ泣きながら我武者羅に走る。


 全てを忘れる為に走る。

 走って走って走り続けた。


 それでも消えない記憶。

 忘れたくても消せない記憶。


 走り疲れたシュレーナは近くの木にもたれかかった。


「お母さん……どこ」


 地面を見ていた時、一輪の花が視界に入った。

 それは今にも枯れそうな花だ。


 シュレーナはローブの中から杖を取り出しその花に水をかけた。


 その時昔の事を思い出す。

 それはシュレーナにとって何よりも大切でかけがえのない記憶。


***


 これはシュレーナの幼い頃の記憶。


「ほら、こうして水をかけると花を元気になるのよ」

「どうして水をかけると元気になるの?」


 近くにやってきたルイスがシュレーナの頭を撫でる。


「お父さん? どうしたの?」

「お前も悲しい時にこうやって撫でられたら嬉しいし安心するだろ? それと同じだ」

「じゃあ、元気のないお花いっぱい水をあげないと! お母さん、あっちも元気がないよ!」

「ふふっ、そうね。水をあげなくちゃ」


 ルイスとアイーシャは互いに見つめ合いながら微笑む。


「お母さん、このお花綺麗〜!」

「おっ! レーナもそう思う?」

「うん! 凄く綺麗! でもちょっとここの花弁が元気ないよ?」

「レーナ、よく見て。隣の花を」


 隣の花は少し萎れているがどこか元気そうにも見える。

 アイーシャはその隣の花を指さして話をし始めた。


「この白く綺麗な花はね、カランコって言うの。この花は近くに枯れそうな花があると自分の栄養を分けてあげるのよ」

「凄い! カランコって優しいんだね!」

「そうよ。ルイスも私にくれたのよね」

「いや、まぁ、たまたまだよ」


 シュレーナは首を傾げた。


「どうしてあげたの?」

「この花はこうして他の花を助けたり守ったりするの。だからこの花を贈ると貴方を守るって意味合いになるのよ」

「へぇ〜! だからお父さんはお母さんを守るためにあげたんだ!」

「ちなみにちなみに! 桃色のカランコはね永遠の愛って意味があるのよ。でもあまり見かけないんだけどね。実際もらったこと無いし」


 アイーシャは拗ねた様な表情をしてルイスのことを見つめた。


「本当にないから仕方ないだろ。……見つけたらすぐに持ってくるよ」

「やったぁ! ねぇ、聞いたレーナ! お父さんが私に愛を伝えてくれるって!」

「お父さんかっこいい!!!」

「……やめてくれ。恥ずかしい」


 シュレーナとアイーシャはいじわるな表情をしながら笑った。

 それにつられて照れていたルイスも一緒になって笑った。


***


「はぁ……」

 

 泣き止んだシュレーナは立ち上がり家の方へと歩き出した。


*****

クレイ視点

*****


 僕は急いで走った。

 後ろにはリリーシャも一緒について来ている。


 走っていると村の人が無事だったのか、なんて声をかけてくれる。

 でもそんなことを気にしている場合じゃない。


 今はただシュレーナさんのところに行かないと。

 急いで急いで。


***


 少し走りようやくシュレーナさんの家についた。

 息も荒れている。


 どうにか息を整えながら扉を叩いた。

 すると中からギーヌさんが出てきた。


「……無事だったんだね。良かったよ。おかえり」


 僕のことを心配してくれていたギーヌさんだが何故かギーヌさんの目は赤くなっていた。


「クレイ! 突然走り出すなよ!!」

「父さん!!」


 後から父さんも走ってきた。


「皆さんどうされたんですか?」


 どこか元気のないギーヌさん。

 やっぱり父さんの言っていたことは本当だったのか。


「シュレーナさんのお義母さんが――」

「すいません。帰ってきたばかりなのに暗い話になってしまって……」

「大丈夫ですから。それでシュレーナさんはどこに」

「……少し家に入りませんか?」


 僕達はそう言われ家の中に案内された。

 僕達三人は椅子に座りギーヌさんはテーブルの上に飲み物を用意してくれた。

 そして僕達の向かいの椅子に座った。


「シュレーナはどこへ行ってしまいました。私が悪いんです。私がお父さんとしてなりきれなかった。代わりになんてならなかっただけなんです」

「代わり……ですか?」

「皆さん、私の話を聞いていただけますか?」


 僕らは静かに頷いた。

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