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3 ハッピーバースデー-①

挿絵(By みてみん)


 1月1日。

 

 ネルアは黒いシャツに腕を通す。シャツはタートルネック仕様で厚手な冬用である。

 ボタンは銀色の物が等間隔に並んでいる。それを次第に下から留めていく。

 病院から支給されたシャツは言わば制服である。そしてそれは男性用のナース服とも言える物だった。

 ネルアはシャツの裾をズボンの中へ入れ、フォーマルさを表した。その後、装飾品として腕時計と黒いチョーカーをつける。


 ネルアには腕時計以外のアクセサリーを身につける習慣はない。理由はファッションに拘りがないためである。

 それにも関わらずチョーカーを着している理由は一つ。傷を隠すためだ。

 ハーオス病院で働くようになって数日。ネルアはほとんどの奇形患者から恐怖の目を向けられた。


 一つ目の理由。ネルアが『人間』であるから。

 ハーオス病院は奇形専門の病院である。その病院内で奇形を差別してきたヒト族が看護に徹していることはアブノーマルでしかない。


 二つ目。ネルアの鋭い眼差し、加えて断定的な話し方だ。

 ネルアは相手の気持ちを考えるというよりも自分の意見を押し通す言葉を放つ。それは会話とも言えない会話となる。患者へ威圧感を与えることは多かった。


 三つ目。縊溝(いっこう)である。縊溝(いっこう)、首吊りの痕である。ネルアの首には縄となったシーツ、落下する重力の働きによって全体重がかかった。

 現在は数日に(わた)る外用薬の働きもあってか鬱血は薄くなっている。

 しかし、この傷は消えない。

 患者は傷を簡単に怖がった。

 傷跡は太い首の血管が絞められ破裂したものである。見たくない者が大勢いるのも当然だった。

 ネルアの縊溝(いっこう)はしっかりと痕になっている。表面の皮は摩擦によって剥けていた。その内側からは赤黒く滲んだ内出血が見えている。

 ネルアは準備をしながら出勤初日を思い出した。

 その日も自身の傷を全く気にしていなかった。外界へは出血はしていないからと、ただの一つの傷がなんだと首を顕にしてその日は出勤した。


***

 出勤初日。


「おはようございます」


 ネルアは挨拶と共に勢いよく診察室を開いた。


「ぎゃあああああああああっ!」


 ヤーシャが叫ぶ。悲鳴は室内から廊下まで響き渡る。

 叫びの理由は明白ながらネルアの縊溝(いっこう)だ。

 出勤初日の傷は一目見ただけでも痛々しさで全身に悪寒が走るほどの物だった。

 絞められたその痕は酷く鬱血している。()けた皮の中には青黒い血液もあればまだ内出血として新しい赤い傷も見られた。線の外側には薄い紫色の鬱血も広がっている。


 ヤーシャは正直に『グロい、グロすぎるよ』と思った。

 だから反射的に叫んだ。

 ヤーシャは逃げるように目を瞑りながらレヴィの後ろに隠れる。


「おはよう、ネルア」


 レヴィはいつも通りだった。

 ネルアは眉間に皺を寄せ、レヴィへと近づく。


「レヴィさん、何故オレは怯えられてるんでしょうか?」


 ネルアは純粋に怖がられている理由が分からず疑問を投げる。

 自身では傷のことを忘れているのかネルアは純粋に首を傾げた。

 レヴィはその様子を見て無言で微笑む。その笑みは奇形からの信用を得られるには時間がかかりそうだと思ったから。


「お前の価値観が他とはズレてるからだよ」


 レヴィはそう言いつつ、ある物を取り出した。

 チョーカーである。

 ベロア素材で黒色のチョーカーを何もない空間から取り出した。

 ネルアは空間転移使ったのだろうと理解する。

 レヴィはチョーカーを持ったままゆっくりとネルアの至近距離へと歩く。


「な、なにするんですか!?」

「んー? 傷は隠しておこうと思って」


 レヴィは向き合ったままネルアの首後ろに両手を回した。

 その行為にネルアは少しそわそわ……することなどなく堂々と立っている。

 

 包帯ではなくチョーカーであることには理由があった。

 レヴィの考えではネルアという頑固な正しさ大好き人間は『包帯など毎度変えるのなんて勿体無い。加えて付け替えの手間を考えたら非効率的でしかない』と言いそうだと先回りしたからだ。

 チョーカーという回答に至ったのはレヴィのネルアの気持ちへの配慮である。

 レヴィは器用さを表すかのようにチョーカーを簡単に留める。猟奇的な内出血は姿を隠した。

 傷を隠し終わるとレヴィは一歩下がる。そしてネルアの表情を見た。


 頑固な正しさ大好き人間は納得のいかない顔をしている。

 出勤初日のネルアには患者を重んじる心などはない。そのため、何故傷を隠すことに必要があるのか分からないままただただ悩んでいた。


「患者の中には負傷が恐怖の対象な者も多い。だから隠すんだ」


 レヴィがネルアの表情を読み、回答を述べる。

 その答えを聞いたネルアの眉がピクリと動いた。


「怖さなんて心の持ち様でしょう?」

「お前の場合はな」


 ネルアの答えは純なる答えである。他人を馬鹿にするためでも蹴落とすためでもない。本当にそう思っていることを正直に述べている。

 そのことをレヴィは理解していた。


「恐怖という負の感情は生来備わった自分を守るための能力だろう」


 レヴィはネルアに感情的ではない答えを提示する。

(患者は傷を見ると恐怖が発動するのから自己防衛のためにオレから離れていく?)

 ネルアは目を細め、考える。


「つまり傷を見せると患者からは信頼を得られないということですか?」

「そうだよ」

「……共感できません」

「別にしなくていいさ」

「でも」


 ネルアはハムスターのように頬を膨らませた。

 可愛げはなくムッスリと。


「レヴィさんは?」

「俺?」

「あなた自身はオレの傷を嫌に思いますか?」


 ネルアはレヴィの目をじっと見つめて聞いた。

(この人の私的な意見が聞きたい)

 レヴィを初めて会った時から『特別』という言葉が似合う存在だと感じた。

 顔や異能の使用の上手さ、そういった点だけじゃない。

(何に対しても世界を引いて見ているようなところ。いつだって淡々と余裕があるところ)

 考えれば考えるほど彼のカリスマ性を自覚してしまう。

(それに)

 ネルアはレヴィに何も敵わなかった。手も足も出なかった。銃で撃とうと戦闘にもならずお喋りだけをして帰らされた。

 圧倒的で理解ができない彼を特別視してしまうのは当然のことだった。

(高位な存在。そう感覚的に思ってしまう)

 だからネルアはそんな人物の本心を聞きたいと心の底から望む。どんな小さなことでも彼の本心が聞きたくてたまらなかった。


 レヴィは微笑みの表情を変えることなく口を開く。


「どうでもいい。お前に傷があろうがなかろうがどうだっていい」


 ネルアは黙った。

 

 まただ。そう感じたから。

 やはりレヴィの話し方には無駄な感情が作用しない。会話をしていて疲れることが絶対にない。

 たとえ彼が話す内容が冷たい物であっても落ち着きがあり平穏に寄り添う言葉に感じてしまう。


「……そうですか」


 しかし、ネルアには納得ができなければ相手の言葉に順応する会話力はない。

 そんな自分はどうすればいいのかと眉がハの字になってしまう。

 ネルアは腕を組み、また一人悩み出す。


「お前が患者の前で共感も理解もできなかろうと否定だけしなければそれでいい」


 レヴィがネルアの目を離さず告げた。

 そう一つのことを難しくする必要はない、とレヴィは言う。

 その言葉は簡単にネルアを安心させた。

 ネルアが自分なりにその言葉を受け入れる。

 何も思わずとも聞き入れるだけでいいと解釈する。レヴィの言葉で恐怖から傷を隠すことまでの納得をした。


 しかし更なる疑問が湧いた。

 レヴィについてである。


 何故『どうでもいい』などと冷たい言葉を述べているのに医者をやっているのか。他にもレヴィに関する謎だらけの部分が気になってしまった。

 ネルアは顎に右手を添える。考える人の像のように。

 そのポーズのままネルアはレヴィに近づく。そして背伸びをする。

 レヴィの瞳を覗き込むように近づいた。

 上目遣いのその瞳は可愛げある──────なんてことはなく、眉間に皺を寄せたまま(にら)みつける三白眼だった。

 レヴィはその場から動かずネルアの瞳孔を見ている。

 ネルアは疑問を放って置けない人間であった。


「ああああああああああああああ!!」


 ネルアが頭を掻きながら叫ぶ。

 どんなに考えても『レヴィ』という存在が一切分からない。

 ヤーシャは叫びにビクリと驚く。そのまま(うずくま)り、目を地へと向けている。


 ネルアが呼吸を整える。するとレヴィの左手がネルアの背に軽くトンと触れる。


「大丈夫。どうせ長いに付き合いになる。俺についてなど何でも答えてやるよ」


 ネルアはハッとし、両の手のひらで口を隠す。

(悩み、声に出ていた……?)

 いいや出ていない。ネルアもすぐにそう確信する。


「エスパーですか?」

「さぁな」


 レヴィははぐらかした。レヴィからしてみれば『そんなわけないだろう』という簡単な会話だったから。

 しかしネルアの直感は働かず、真剣に脳を回す。


「エスパーなわけない……でも異能の存在があるならそういう類の物もあるかもしれなくて……それにそれに」


 ネルアによる念仏が始まった。

 レヴィは仕事を開始しようと扉を開いて廊下へと出る。

 ネルアも唱えながらレヴィを追って部屋を出る。


 ヤーシャは部屋に一人残された。 

 表情は疲れ切りしょぼしょぼになっている。


「な、仲が良いなぁ二人とも…………ボクを置いていかなでぇ……あっ、ボクの持ち場ここだった……」


 と声にならない声を放つ。

 ヤーシャは少し寂しさを感じながら席に着いた。


*** 


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