2 ハーオス病院-⑥ 《космос》場面
ケシェニカは一仕事終えたかのように手を数回払う。ソゾンの方を向き、目で『続けろ』と示した。
「ケシェニカ、貴様の言葉も無理はない。だが、彼は帰っている。これは事実だ」
「なら何でもいいから証明しろ」
ソゾンはコクリと頷いた。
再度手持ち鞄の中からとある物を取り出した。
金属的な重い武器。それは黒くメッキ加工が施された義手のような機械である。
《космос》として称号を得ている彼らには任務から自衛も含めて、特殊武器が一人ずつ支給されていた。
種類は様々で効果も全て違う器具である。
効果とは使用者の血液から意を汲み取り、その人にあった個性が発動するといった仕組みである。
それらは魔法のような異能なものばかりであり、製造方法から製作者については詮索しないことが定められていた。
ソゾンが所持する異能武器は《космос》内でも賛否両論なダブルロボットハンドである。
指先から肘までの義手のような武器。その義手は横並びに二つ置かれていた。
二つはどちらも右手である。
その二つを合わせるように義手の手首側には針の着いた腕輪が真ん中に備えられている。そこに自身の腕を通すことによって装着者の血液を武器へと提供される。その後、異能武器としての万夫不当な力を発動するといった物だった。
ソゾンは自身の武器を置いたまま沈黙を流した。
机に置かれたダブルロボットハンドはケシェニカにとっても見覚えがあった。ケシェニカも所持している特殊武器と見た目は違えど、異能を持つ武器の特色を見破ることは容易である。
「おれ達へ支給されてる戎具じゃねぇか」
「そう。我々の持つこの武器、それらを製作したのがフロール・フェリック本人だ」
約三秒、沈黙が流れた。
「嘘だな」
「嘘ではないっ!」
ソゾンはバンッと両手で机を叩いた。その反動で立ち上がり、ケシェニカへと顔を近づける。
ケシェニカは眉間に皺を寄せて睨み、ソゾンは帽子の影越しにガンを飛ばしている。
「死人が作っただと? 笑わせんなよ」
「事実なのだ。彼がどんな方法でこの世に戻ってきた、または延命しているのかは知らぬ。けれどこれほどまでの発明技術を持つのはこの世で彼しかいないのだ」
ケシェニカは否応なく目を細める。その中で少しばかり納得もしていた。
(異能つーか、超能力つーか……それらを使える戎具なんざ他で聞いたことねぇ。しかも効果に対しては科学的根拠なんてほぼないしよぉ)
異質な力を持つ製造方法が不明な特殊武器。非科学的で高度な性能を発揮するその武器は使い方によっては、たった一つで国家転覆が可能だろうとケシェニカは判断した。
その強大な力を持つ武器の製造元から密輸までも不明である。そのため、名が上がるとすれば最高峰の科学者であり、かつてのこの国の最高責任者だった彼ぐらいだった。
たとえ他の科学者に武器を見せ、同じ物を作れと言っても再現は不可能だろう。常識では考えられない特殊な力を有する材料を知り得る者など普通では存在しない。
ケシェニカは腰に手を当てる。今日何度目か分からないため息を吐いた。
「わぁーった。一旦信じるぜ」
ソゾンは頷き、安心したのか席へと着いた。
「本題だが……アレには【因果支配権】が取り付けられている」
ケシェニカは聞き覚えのない言葉に首を傾げた。
「ドミニ……? なんだそりゃ」
ソゾンは【因果支配権】について話す。端的にそれを『なんでも願いが叶う力を持つ装置』と答えた。
「あらゆる因果律の書き換えが可能な装置なのだ。異能武器では到底達成できない時間操作や世の理を狂わせることだって可能な力を持つ」
「因果律操作ねぇ……」
ソゾンは机に置かれたネルアの写真を指差す。
「だから今すぐに捕獲してくれ。心臓が無事ならそれでいい。ネルアという成功体を人間と思うな、最早機械と考えろ。本人の意識はどうでもいい」
「テメェでやれ。つーか、んな大事な実験材料ならGPSでも埋め込んどけよ」
「付けていた」
ソゾンは少し言いづらそうに口を噤ませた。
「付けていたのだ……だが、一昨日からバグったかのように反応がなくなった」
ソゾンは下を向き、猫背となる。
「じゃあ監視カメラ映像でネルアがいる場所を割り出せねぇのか?」
「……それも分からない」
ソゾンはネルアを見失ったことに責任を感じており、声は少しづつ小声となる。
「……アレが最後に行き着いたのは格安ホテルだ。そこを調べた」
「で?」
「しかし、消えたのだ」
「はぁ?」
ソゾンは両手をぎゅっと握る。
「密室にも関わらずアレはどこかへ姿を消した。そこからは行方が分からない」
「……オカルトでも見てんじゃねぇのか」
不可解な事態を半信半疑でケシェニカは聞く。装置そのものと位置情報を共有していたにも関わらず、格安ホテルでバグが発生したらしい。
その事実にケシェニカはソゾンへとため息を当てた。
「つーかよぉ、んな、大層な実験体なら何故《космос》全員に言っとかねぇんだ」
「言えば貴様らは欲のためにアレを使うだろう?」
ケシェニカはソゾンから目線を逸らした。
「図星だな。皆がアレを求め、奪いに行く。自身の欲求を叶えるためにな。だから言いたくなかったのだ」
ソゾンは帽子に手を当て、言葉を続ける。
「だが、状況が状況だ。完全失踪ともなれば話は別。なにも隠していたのはお前だけじゃない」
ケシェニカに物申しつつ、ソゾンはゆっくりと立ち上がった。
「いいから連れ戻せ。心臓さえ無事なら四肢がどうなろうと構わん。わたしは他へも協力を要請してくる」
「はいはーい!! ソゾンさん、ワタクシにも好きにしろと言ってください、Sey Yeah!! 好きにしろ!」
二人は再度、息ぴったりに頭を抱えた。
パステルザークはダメージを受けたのが幻想だったかのように立ち上がり、片腕を上げて存在感を示している。
ソゾンは五月蝿い彼とこれ以上押し問答になることを面倒に思った。
「パステルザーク、ちょうどいい。貴様も動け。これはフロールからの命だ」
「はぁぁぁぁぁああああああいいいいいいいっ! 必ずや完遂します!! ギャラはいりません!! でもでも~、ワタクシとご飯食べに行ってネ」
「テメェは動かねぇでいい。おれ一人ですぐ終わる」
「嗚呼、フロールさまぁぁ!」
「聞けよ!!」
ソゾンは自身の手をポケットへ隠した。ケシェニカとパステルザークが論争を繰り広げる中、開かれた扉の方へ足を向ける。
「……貴様らがわたしと同じ《космос》だということが恥だ」
「あぁ、同感。おれもテメェらと同じ身分なところにクソほど腹が立つ」
「ワタクシは楽しいですよ!! ここにいるMrもいないMr&Msもだーいすき!! YEAH!」
その後、パステルザークは話を続けた。
しかし、二人は無視を決め込み、会話は成立しない。それでもパステルザークは喉で一人喋りを続けている。
三人はあくまで仕事仲間と言う関係値を漂わせながら部屋を出た。