ハーオス病院
ネルアの忘我の状態から現実へと引き戻さていた。しかし疑問は多い。
「オレは死んだんじゃ……」
浮遊感のある夢の中にいた気分。記憶は曖昧である。死神、銃弾、心臓。
ネルアは首元を覆う医療用のサポーターを摩った。夢ではない。あまりにも明確でない現実が時間を超えて今があるようだった。
眉をひそめつつ、目の前の院長と目を合わせる。
「レヴィという人物がオレに何をした」
院長は肩をびくりと震わせた。動揺によって、きょろきょろと落ち着きがない。
「レ、レヴィはここの副院長で……その、キミに何をしたかなんてボクは知らないというか、その、ええと……」
彼はネルアからできるだけ目線を逸らして話した。
院長の表情は不自然なこわばりが出るほどに歪んでいる。加えて徐々に小さくなる声。青い重めの前髪を持つ彼は今この時だけは視界をその髪で隠してしまいたいと願っている。
それほどまでに人間であるネルアを怖がっていた。
ネルアは大きなため息を吐く。
院長の精神を必要以上に畳み掛けるかの呆れた息。
再度院長は驚きで身を震わす。すぐに目のふちからは緊張と焦りによって涙がこぼれそうだった。
当然、ネルアにとって臆病な彼へ配慮の心などさらさらない。
ネルアはゆっくりと身体を動かした。関節から音を鳴らし、地面へ足を落とす。用意されているスリッパに足を通し、点滴が吊るされたスタンドを片手に持った。
「えっ、どこへ行く気? まだ安静にしていた方がいいと思うけど……」
「そのレヴィという人の元に。正直オレは何故生きているのかが疑問です」
ネルアの口調は普段の誠実を表す口調へと変化した。理由は彼を警戒する相手でもないと判断したためである。
ネルアはその場で足を動かし、歩いてみた。
身体には異変も痛みもない。何不自由なく動かせて、視覚や聴覚にも異常は感じられなかった。
「なっ、なら、点滴は外していこう。今、エレベーターが故障中で……階段での上り下りになると思うから」
数分の沈黙が流れた。ネルアは高圧的な目を彼へ向けたまま立ち止まる。院長はその沈黙が何十分にも感じるほどソワソワしてしまう。
ネルアは言葉に甘え、再びベッドへ腰を下ろした。無言で針とチューブに繋がれた右手首を差し出す。
院長は震えた手つきでネルアの腕を持った。音を立てながら巻かれたサポーターを外し、小さな針を抜いていく。
プツリと血が出かけている箇所に注射用の保護パッドを貼り付ける。
自身の右手が自由になったところでネルアは立ち上がる。
「えっと、その……レヴィなら多分、扉を出て廊下を進んだ先にある右の階段を降りて、そのあとすぐに見えるモニター室にいると思うから」
院長は終始ネルアという人間を怯えていた。説明も目をぎゅっと閉じたまま扉を指差している。
ネルアは口頭による院内の地図を受け取ったところですぐに部屋を出た。




