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2 ハーオス病院-②

 扉を開く。

 寒い。静かな冷気がネルアの頬を撫でる。

 電気は()いておらず、更に暗い廊下が広がっている。

 暗闇に塗れた病院の地下室へ足を踏み入れた。

 まるでホラー映画の舞台へと入り込んだかのようなじめじめとした空気感。息を吐けば二酸化炭素が白色となって現れる。

 広さは一階と同じ程度の広さの廊下と部屋があった。

 暗い中、一つの部屋から漏れる光が見える。

 その光を辿って足を向かわせた。

 部屋へと近づくにつれ、その部屋からは話し声が聞こえた。


「僕は十八までの記憶しかない。その後に出た名作など知らん。この機械はシステムが多すぎる。BM(ブラマジ)(ワン)はどれだ」

「操作方法くらい統失前の俺の記憶を覗けばいいだろ」

(お前)の無秩序な二十六年の記憶など覗かなくてもサブスクリプションくらい扱える。とはいえ、この近未来機器には慣れん。スマホじゃいかんのか」

「百年前の携帯機器なんざ使うわけねェよ。というか、(お前)に全ての視界を貸してんだから静かに鑑賞してろ。こっちの読書の邪魔をするな」

 変わった討論に耳を傾ける。

(誰かと会話中? ……でも)

 会話の声色に差はほぼない。同じ声での会話、つまりは独り言をネルアは疑った。

 その声は聞きお覚えのある声だった。


 ネルアはノックを三回行う。警官をクビになったとて、幼少から刻まれた礼儀を忘れることはなかった。

 コンコンコン、と音を響かせる。部屋からの返事はなかった。

「失礼します」

 ネルアは構わず扉を開いた。


挿絵(By みてみん)


「貴様……!?」

 ネルアは驚きで声を上げた。

 見覚えのある青年が一名。一昨日に出会った死体じみたあの奇形である。座り心地の良さそうな椅子に座っている彼はゆらりとネルアを見る。

 彼は無言で目合わせた。青年の目の前には幅広い机がある。複数のモニターがあり、監視カメラ映像が流れている。

 しかし、その画面を遮るようにモニターがもう一つ。見慣れない近未来じみた透過ディスプレイが映し出され、再生されている映像はネルアが見知った『BLOODY(ブラッディ) MAGIC(マジック)』という映画だった。

 加えて机上には分厚い真っ白な本が一冊ある。本は開かれ、ボコボコとした点の文をなぞるように彼の骨張った手が置かれていた。

 本の横にはアルコール度数が書かれた缶も確認できる。缶穴にはストローが突き刺さっており、飲みかけを表していた。

(今は昼間だぞ……)

 映画鑑賞に点字図書、そして飲酒。それらを同時に行う不思議な彼にネルアはまたしても困惑する。

 数日前に銃を突きつけ、結果はバッドに終わった奇形との再会。

 しかし、雰囲気がまるで違う。

 青年の第一印象として分かりやすい不敵な微笑みがそこにはない。彼はとりすました面持ちで人を寄せ付けないかの視線をネルアへ向けていた。

「どうした、(ジディ)

「………………いや、心臓が来た。視界を半分に戻すとする」

 彼が一人で言葉を述べる。不明瞭な会話、もとい独り言が繰り広げられた。

 ネルアは廊下と部屋の境で(ひたい)にじわりと汗をかく。ひとまず彼と話を進めるために扉の中へと足を踏み入れる。

 彼に背を向け、静かに扉を閉める動作を行った。


「おー、警官様。元気そうだな」

 

 聞き覚えのある低い声。

 その声につられるようにネルアは思わず振り返った。

 見覚えのある薄ら笑いで謎めいた表情がそこにはある。先程とは似ているようでどこか違う空気感の広がりをネルアは感じ取る。


 加えて彼の言葉に耳が傾いた。

 警官、その言葉に眉がどうしようもなく動く。ネルアは連想するように昨日のことを思い出してしまった。

 フラッシュバックされた悲劇的な現実を認めたくないがために目線を下へと逸らす。

 悔やんだ顔を浮かべ、ぎゅっと強く拳を握る。

 

「クビにでもなったか?」


 青年は十字の瞳をネルアから離さずに告げた。

 彼は椅子を回転させ、腕をかけたままこちらを向いている。

「なっ、なぜそれを」

 下を向いていたネルアの目は瞬時に彼へと移る。(ひたい)からは先ほど生まれた一滴の汗が頬を伝い出してた。

「そりゃあ、あれだけ銃弾ぶっぱなしてたらなァ。支給されたのが亜音速弾ではなく、音の鳴る通常弾だったことを恨め」

 ネルアはもう一度視線を下へ落とす。暴力と失望による昨日の感情が再体験のように思い出されてしまう。

 しかし、クビになった事実を誰かのせいにするほどネルアのネジは飛んでいなかった。

「そうです。オレにも落ち度はあったかもしれませんが……おかげで今は浮浪者です」

 事実から目を背けずに彼へと説明する。ネルアは昨日とは真逆に、自分でも驚くほどすんなりと現実を受け入れていた。

 それもそのはず、気になる点はそこじゃない。

 昨夜の出来事。ネルアは曖昧な記憶部分を解明したくて仕方がなかった。


「あなたが副院長のレヴィさんですか?」

「いかにも……というかお前元気だな。本体も眩しく、高周波だろうと問題なく作用している」

 ネルアは分かりやすく『?』を浮かべた。

 彼への第二印象はこう。変、分からない、謎。


(レヴィ)、どう見えているというんだ。色は? 光度は? 僕に教えろ」

(死人)は黙っとけ」

 レヴィは自身の左耳上の側頭部(そくとうぶ)を軽く何度か叩いた。

 ネルアは目の前で繰り広げられる独り言に追いつけず、パチパチと瞬きをしてしまう。

(……解離性同一性障害? 医者なのに?)

 ネルアは推測の元、どう接していいかに迷った。

 それでも昨夜のことに彼が関わっていることは明白であり、そう思う直感こそが今のネルアを埋めつくしている。

 故にネルアがこの場から去る選択肢はない。


「悪ィな、邪魔が入った。それで? 何しに来た。言っとくがこっちは職務中だぞ」

「職務って……患者の監視がですか?」

「そうだ。お前みたいにすぐ自分自身にマーキングを施そうとする輩の監視」

 ネルアは指で首のサポーターを触った。マーキング。やはり夢ではない。

(なら何故死んでいない……?)

 脳を何度回そうとネルアの記憶は首を吊ってから断片的で雑音ばかり。

(ぼんやりとだが黒い影を見た。人のような化物のような……)

 はっきりしない面影を思い出そうとしても、頭痛が邪魔をして判明する気配はない。

(あの影が彼……? そしてオレをここへ連れてきた? それなら辻褄は合う。でもなんで)

 ネルアの幼少からの記憶にレヴィという奇形の知り合いは存在しない。

(……いや、友人と呼べる仲の人間も人外もいないけど)

 ネルアは悔やみ顔のまま真相へと食い気味に訴える。

「何故、オレをここへ?」

(ひとえ)に、自分のため」

 彼は簡単に答えた。

「もっと言えば、目的のためにお前の力を借りようとしている」

 レヴィは表情も声色も変えることなく詳細を述べた。笑顔で語られたそれは言葉を変えれば『お前を利用したい』と言っているようなもの。

 ネルアの中に少しの拒絶が生まれる。

 しかし、未だ不明瞭なことは多い。

(利用を考えている割には直球すぎる……そう、普通なんだ。そんな正直に言うだろうか)

 何か裏があるのではと頭は動く。思考のためにも探究を進めた。


「その目的って何です?」

「場所。とある場所への移動方法が知りたい」


 言及すればレヴィは難なく答えた。ネルアの判断で彼の声色から敵意はない。

(……だが善意もないだろう)

 悪くも良くもない、それでいて奇形らしさは皆無の青年。

 ネルアは再度彼と会話してみても、やはり人のように感じてしまった。その印象は今までの奇形概念と事実が合わず、どうにも気が(ひる)んでしまう。


「地図や路線図を見ても分からないんですか?」

「分からんな。お前の力以外には到底無理だろう」


 ネルアは顎に手を添えて考えてみる。

(何を根拠にそこまで……)

 何を思い及ぼうと現実感は湧かない。

(数回顔を見知っただけでオレの何を知っているというんだ)

 ネルアは昨日で己の正しき行動や実績を信じられなくなっていた。疑い深く、意見としては否定の想いだけが先走ってしまう。


「オレにそんな力はありません」

「あるさ」

「何故ですか」

「お前がアリゾレッド下の成功体だからだよ」


 ネルアの思考の渦はピタリと止まる。

「……この国の成功体?」

「あー、やっぱ合意なしでの受検者か。闇深ェ」

 ネルアは目をただただ見開いた。彼の言葉に驚いたのはこれで何度目だろう。

 真偽も意義も不明だが、耳を傾けてレヴィへと距離を詰めた。


「どういうことです!? 実験? 意味が分かりません!!」

「分からんでいいぞ」

「よくないです! 教えてください!!」

 やれやれとレヴィは机に肘をついた。

 ネルアは両手に力を入れ、前のめりな立ち姿勢で近づく。目は探究心を宿し、未知へと食いついて離れない。

 仕方なくレヴィは骨張った手を緩く広げた。


「まず、この世にはこういう力がある」


 ネルアが違和感に気づいたのは一秒後だった。


 ネルアの首に巻かれていたはずの医療サポーターと包帯。その二つが解かれ、空中を落下している。落下先は彼の手の中。

 ネルアの視界ではそれがゆっくりとスローで落ちているように見えた。やがてレヴィはサポーターと包帯を優しく手に掴む。

 ネルアは目の前の確実なる疑念を脳でキャッチしたのち、目は簡単に泳ぎ始めた。

 二秒後、自身の首元が軽くなったことに気づく。

 二・五秒後、反射的に右手が首へと移動した。ネルアはこれでもかと目を見開き、白目部分は大きく外界へと現れる。

 三秒後、瞬きを行い、左手で両目を擦ってしまう。

 四秒後、脳が状況整理を始める。

 そこには(あら)わとなった自分の首があった。顔と首の境をなぞれば大きな線が分かる。ザラザラと傷になった跡が確かにあった。


「なっ、何をした!?」

「見て分かれ。空間転移だろ」


 言葉通り、彼は手を使わずに巻かれていたサポーターと包帯を移動させた。音もなく、一瞬で。

 ネルアは更にレヴィへと距離を詰める。

 彼は遠のくことも近づくこともせず、ただ無言で微笑んでいる。

「そうですけど……そうじゃなくて!! そういうの全部フィクションなはずで……ちょっと待ってください……でも今、確かに目の前で……ええと」

「タネはない。ノンフィクションものは嫌いか」

「いや、そういうのは好きです…………じゃなくて!! もしかして一昨日の不可思議な事態も全部……」


 レヴィはコクリと頷く。固まるネルアを横目にサポーターと包帯を無造作に机へ置いた。

 ネルアは驚きで数歩下がった。すぐにガクンと膝を落として(うずくま)ってしまう。

(そんな力があるなら逃げられて当然……けど、転移って言ったって銃弾を予測して移動させるってのはどういう原理だ……というか何でそんなものがこの世にある)

 ネルアは何時何時(いつなんどき)でも真面目を表した。


「やっぱ跡になってんなァ、縊死未遂者」

「傷のことは今はどうでもいいです!! 話の続きを! 早く!!」

 ネルアは再度レヴィへ近づき、ハキハキと言葉を投げた。

 レヴィにはその姿が好奇心旺盛な質問期の子供のようにしか見えなかった。


「まぁ、つまりはこれと似たような力、あるいはこれ以上の力をお前は持っている」


 ネルアの目が点になる。点の目で高速な瞬きを行う。思考は瞬時に未知の宇宙を想像していた。

 ネルアは棒立ち状態のまま違う世界に行きかける。戻ってくるために自分の頬をつねった。


「嘘です」

「嘘と思うならレントゲンでも撮ろうか」


 瞬間的に目の前が暗闇と化す。

 何も見えない空間が現れた。

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