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08

「……いいのですか?」

「ええ。ロット公爵家の為にも」

「それは」

「とはいえ、私はまだ12歳。貴方は15歳。私の正式な婚約者は、まだエドワール。

 母は寝たきりであり、療養中。寝ている母の代わりに私は今、ロット家を切り盛りしているけど。

 いずれ療養を終えた母が起きれば、また問題が起きる。

 色々と忙しいわよ? それでもよろしくて?」

「……もちろんだ」

「そう。良いお返事。では将来のためにも、まだ安静にしていてくださいな。旦那様」


 私は彼の頬に手を添えて癒しの魔法を掛けてから部屋を去ったわ。


 それからリーベル公爵家のスパイとエドワールを応接室に呼び出す。

 2人とも下働きの服装をしているわ。


「まだ日は浅いけど2人共、下働きには慣れたかしら? とても下働きが似合っているわよ」

「…………」


 煽るようにそう言ってやると、恨みがましい目で見てきた。2人共ね。

 ふふ。それでも睨むだけで終わらせているのだから上出来よ。

 特にエドワール。怒りを我慢することを覚えたじゃない。


「エドワール。貴方の姿を一時的に戻してあげるわね」

「は?」


 そう言って手をかざし、黒髪・黒目に変化していた彼の色を元に戻す。

 認識阻害も解いてあげると、幾分か前より、やつれたエドワールの元の姿になった。


「なっ……」

「ふふ。驚いた? 貴方たちと一緒に働かせていたのはエドワール第二王子だったの。

 性根が腐っていたから、きっちりと躾け直すためにね」


 スパイの男は絶句している。

 エドワールは、鏡がないけど私たちの様子から自分の姿が元に戻ったのだと理解したらしい。


「さて。第二王子殿下。私達の婚約解消についてだけど。

 書類を整えておいたから、まずこちらに貴方のサインをしなさい」

「……!」


 部屋に呼び出した下働き2人。

 私のそばには執事長と侍女長が居る。

 その場で既に整えていた婚約破棄の書類と、それにまつわる契約書類を出した。

 机の上に広げられた書類に絶句するエドワール。

 たしかにそれらが婚約破棄の書類だと分かったエドワールは、わなわなと震えている。

 スパイの男はエドワールの隣で黙って様子を見ていた。


「い、いやだ」

「何がかしら」

「婚約の解消は……しない!」

「あら。なぜ? 貴方は私を随分と憎んで、見下し、蔑ろにしていたわよね?

 そんな相手と結婚しなくて済むのだから良いことでしょう」


 ふふ、と微笑みかける。

 悔しそうな表情でこちらを睨んでくるエドワール。


「とにかく認めない!」

「そう? 本当に気持ち悪いわね、お前」


 私は立ち上がってエドワールの頭に手を翳した。

 ビクッと私に怯える彼。

 いいわね。きちんと力関係を理解するようになったわ。


「私がどれだけお前に対して嫌悪感を抱いているか。

 その脳に刻み込んであげるわね」

「は……」


 ナルシストの上にこんな目に遭わせている私に対する恋慕を抱えている。

 それでいて傲慢さが抜けず。いえ、甘えが抜けていないのか。

 ごねれば取返しがつくと思っている。

 結局どこかで私が言うことを聞くと考えている。


「がっ……あああああ!?」


 脳にイメージを叩き込む。強引に記憶させる魔法。

 私がエドワールを如何に嫌悪しているのかを教え込む。


「二度とお前に関わりたくないのよね。お前を男として見ることはないし。

 お前に惚れることもない。愛することもない。お前が気持ち悪いの。

 私、お前が嫌いなの。吐き気がするの。視界に映らないで欲しい。喋らないで欲しい」


 12歳の少年の恋心に完膚なきまでの傷を与え、強制的にトラウマを作る。


「う……あ」

「二度と立ち直れないように、もっと精神を痛めつけてあげましょうか? 貴方がサインをするまで続けるわよ」


 肉体は拳骨やビンタ程度の体罰で矯正。

 傲慢な態度や台詞は、心根が変わらない限り吐けない呪いを掛けている。

 永続ではないけどね。


 王子も名乗れず、誰に命じる事もできないため、表面を取り繕うということを覚え始めた彼。



「貴方の性根さえ直せば、根底の、人格の部分にまで手を出す気はなかったんだけど。

 別に礼節を知り、他者に『無意味』な理不尽を強いなければ、横暴な王族でも良かったのよ?

 そういう王族だって居るでしょう。

 畏怖で他者を従える者も。それはそれでカリスマ性があるわ。

 だけど貴方の場合、学ばず、無能で。

 ただの癇癪持ちなだけなんだもの。

 叱る者のいなかっただけの我儘なガキ。

 ……監視され、痛みなどで強制され、律し続けなければ他人に害を為す男。

 だからね。お前との結婚は生理的に無理なの」


「う、うぅぅ……」

「私は分かっているわよ? 貴方の精神も魔法で理解できるから。

 お前が私の容姿に惚れているのも。手放したくないと考え、それが通せると思ったんでしょう?」

「っ……!」


 顔が赤くなりつつ、でもやはり苦しげに表情が歪むエドワール。


「そう。だから分かっていて婚約解消しましょう、って提案したわ。

 幸い、私の婿になる相手も確保したから。貴方は要らないのよ」

「…………!」


 赤い顔から青い顔へ。

 涙が滲んでいる表情。


「私は、お前が嫌いだわ。エドワール。気持ち悪い」


 改めて宣告してやると、ガクリと彼の力が抜けた。

 魔法で感情の推移も計っていたけど。

 うん。今、失恋したことを痛感できたわね。


「はい。サインしなさい」


 茫然自失のエドワール。魂が抜けた様子。


「たくさん挫折して人は大きくなっていくものよ。

 もっと失敗して、上手くいかないことを味わって、大人になりなさい。

 ……優しい虐待って知っているかしら?

 エドワール。お前は両親や環境に甘やかされ過ぎる、という虐待をされていたのよ」


「え……」

「誰にだって嫌なことはあるわ。勉強が嫌ならば、工夫をしなければいけない。

 それを単に甘やかされて逃げることを許されて。

 それで誰が恥をかくと思う? 誰がバカだと思われると思う?

 貴方のサポートをする私? 違うわ。お前よ。

 エドワールが貴族すべてにバカにされる環境を、貴方の両親は平然と作り上げた。

 ねぇ、本当に貴方はすべてを学びたくなかった? 本当にすべてから逃げたかった?

 何か興味のあることだってあったんじゃない?」


 目が泳ぎ、混乱している様子の彼。


「お前は今まで王になると思い込んでいたけれど、そうならない可能性も知ったわ。

 すべてを失う可能性があると。

 王になりたいならば学ばなくてはならないわ。

 逆になりたくないのなら、そうする為に足掻きなさい。

 ……お前の両親はダメだから見習わないで欲しいけどね?

 私は、現国王と王妃をその座から追い落とすことを決めました。

 お前と第一王子殿下、双方の扱いの劣悪さを知ったからです」


 エドワールの承認サインを手に入れる。

 これで正式な手続きで婚約解消に踏み切れるわね。


「これから貴方はリーベル公爵家へ向かいなさい」

「え」


 代わりに私は手紙を差し出す。


「リーベル公爵家は王家の血がロット家よりも濃い一族。

 現王と王妃が至らぬと判断して、貴方の評判も良くない、その上で第一王子も難しいとなれば、自家の男子を王に立てることも考えて、子供に教育を受けさせている。

 あちらの公爵家には兄が一人、妹が一人。

 まだ、妹の婚約は決まっていないそうよ。

 お前の態度が殊勝であるならば、場合によっては……」


 スパイの男が驚愕して私を見ている。

 リーベル家の方針などを私が把握しているとは思っていなかったのだろう。



「馬車は出してあげるわ。そちらの男もリーベル公爵領までの供につける。

 短い期間でも、この屋敷で働いた分の給与も払いましょう。

 貴方が頑張った成果、ね?」


 エドワールの髪の色や瞳の色を戻したり、黒にしたり出来る魔道具を一緒に送りつける。


 リーベル公爵家が王位簒奪を狙うならば、手札の一つとしてエドワールを手中に入れておくのも悪くない一手でしょう。


「じゃあね。さようなら」


 こうしてエドワールはリーベル公爵家へ送り出した。

 私の手元に残ったのは婚約解消の書類。

 カイエン殿下の体調が良くなれば、教会に提出しに向かいましょう。



 リーベル家には、カイエン殿下の毒殺未遂と犯人の行動、証拠の所在についても教える。


 『エドワール第二王子の協力をもって、カイエン殿下の救出に成功した』と口裏を合わせる。

 加えて私とエドワールは婚約解消。


 もし、エドワールが反省して真面目に学ぶなら、たとえ凡庸な男であったとしてもリーベル公爵令嬢の婚約者になれるかもしれない。


 その点はあちらの家の見極め次第。

 幸い、あちらの令嬢は優秀なようだから?

 もしかしたら、エドワールが王位に就ける可能性がある。


 ここからはリーベル家との連携が大事になってくるでしょうね。


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[一言] なんだかんだ、面倒見はいいんだよな~
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