07
毒で衰弱していたカイエン殿下を離宮から救出して3日。
身代わりとして置いてきたゴーレムから彼の周辺環境を把握する。
加えて当人から『読取』での情報収集を行った。
どうやらカイエン殿下には使用人も護衛もおらず、離宮どころか、そこに建てられたボロ小屋で放置されているような状況だったようだ。
食事は野草など……。
もし、与えられたとしても毒入り。
日々の飲み水にすら苦労する環境だったらしい。
今まで生きてきたのが奇跡のような境遇。
なるはずだった将来の私よりも悲惨かもしれない。
実際、5年もすれば死んでいたのではないかしら。
彼の治療をしながら、王宮の調査を進めていく。
もちろん公爵家の屋敷と領地の運営もしながら。
「う……」
「大丈夫ですよ。カイエン殿下。ここに貴方の敵は近付けませんわ。
今は身体を治すことを最優先して安全にね。
食事も徐々に慣らしていきましょう。
二度と貴方に毒など口にさせませんわ。
私が守って差し上げましてよ。聖女ですからね、こう見えて」
「…………」
善良かつ頼りに出来る使用人を見定め、私も一緒にカイエン殿下の治療と世話をする。
長年の毒の蓄積により身体がボロボロだけれど、私の魔法治療を合わせれば回復の見込みは十分にある。
「私は魔法が使えますもの。カイエン殿下のお身体は完全に治しますわ。
これは希望的観測でも、気休めでもなく、根拠のある自信であり、確定事項ですわよ。
物凄く優秀な医者に診られているとでも思って安心していてくださいな」
話し掛けて元気付けもするし、流動食を始めとした食事で栄養補給の世話もする。
お腹を下しているのは魔法で処理して、彼の体の負担を極力減らして……。
彼の尊厳を守れるようにも頑張ったわ。
精神的に立ち直るのは、まず身体を癒してからでしょうね。
「カイエン・ラグホルン殿下。貴方がこうして生きていてくれて良かったわ。
貴方を助けることが出来て良かった。
……私がこうして存在する意味は、貴方を助けることだったかもしれないわね」
そう話し掛け、微笑みながら。
ベッドに横たわる彼の手を優しく握る。
「…………」
そうすると。おそらく本人は無自覚なのだろう。
彼の目から涙がポロポロと溢れていく。
「……大丈夫よ。安心して。貴方は私が守る。そして治してあげるからね。
貴方はこれからも生きていけるのよ。そして生きていていいの。誰にもそれを否定させないわ」
声にならない声を漏らし、小さく震え続けるカイエン殿下。
私より年上のはずなのに成長が阻害されていて、精神的にもきっと。
彼と向き合いながら治療魔法も掛け続ける。
精神の不調は、身体が健康になっていけば上向いていくはず。
「ゆっくりおやすみなさい。私が付いているからね……」
そうしてカイエン殿下を眠りにつかせた。
母とは違って普通の眠りだ。
「…………」
彼の記憶の中に、優しい両親は存在しないみたい。
けれど調べてみる限り、彼は間違いなく現王夫妻の子供。
なのに一体、なぜこんな扱いに?
国王たちはクズだけど、息子の一人であるエドワールは甘やかしている。
2人の子供の違いは何なのか。
それから調査・治療・公爵家の運営を継続していった。
……調べていくに、やっぱり現王・王妃は物語通りのクズらしいことが分かっていく。
滅びに向かってるわね。
何というか、考え足らずな……エドワールをそのまま王位に付けたような王だった。
もっと酷いかしら。
加えて王妃。
彼女は元・伯爵令嬢なのだけど。
本来、国王の後ろ盾に出来るほどの家門じゃないらしい。
そこで深く過去の歴史も調べ直した。
案の定というか。
現王も過去に別の婚約者がいて、一方的に婚約破棄をしたらしい。
そして現在の王妃と結ばれた。
幸い、冤罪を掛けられはしなかったらしいけど。
現王の元の婚約者もまた公爵家。
ロット家よりも王家の血筋が濃いわね。
あちらの家の名はリーベル公爵家。
過去の一件より王家との縁は断絶。
王都からは去り、リーベル領で静かに暮らしている。
かの家の領地は、どちらかと言えば隣国に近い。
例の私が追放される予定の『魔の森』方面の国だ。
物語的には、この国の衰退に絡んでそうな家ね。
「……正式に連絡、取ってみましょうか」
母の時代だと、あちらが連絡をしてきても良好な返事は返せていなかっただろうな。
過去の件から王家の滅亡とかを狙ってても不思議じゃない。
悪意というか、この国を憂いて。
私やカイエン殿下を救ってくれはしないでしょうけど。
王家の敵ではあり、愛国心があるならば悪くないわ。
現王と王妃。共々、最初からその座に相応しくない人間たちみたいねぇ。
能力と人間性が酷すぎるみたい。
そのさらに上の親世代は、まともだった。
肖像画を確認すると……カイエン殿下に似ている。
そして、まともな親が現王たちのような人間に優しくするはずもなく。
虐待の原因はカイエン殿下が、現王たちに厳しかった前王に似ていたから、だわ。
彼らにとって可愛くなかった。ただ。それだけ。
そんな前王夫妻もすでに亡くなられている。
なので現王を止める者が居ない。
カイエン殿下を冷遇していたのは現王夫妻だけど、毒殺を試みていたのは……彼らじゃないみたい?
ならカイエン殿下を亡き者にしようとしたのは、第二王子のエドワールを王位に就けて傀儡にしたい勢力……か。
「なるほどねぇ」
父の不倫相手や妹とは別に、私から婚約者の座を奪ってエドワールに娘を売り込もうとしている家がある。
狙うのは次代の王妃だ。
肝心のエドワールがその女の相手をするかは別として。
その家がカイエン殿下に毒を盛った。
死なないにしても王にはなれないぐらいの身体にしてやろうと。
守る者を付けられていないカイエン殿下は、なす術がなかった。
こんなところね。
裏取り調査と証拠の確保を使い魔を駆使して進めていく。
粛清というか断罪対象としては、現王夫妻と毒殺未遂犯の侯爵家。
様々なことを私の能力の限り進めていく。
そんなことをしている内に母は……死ぬはずだった日を過ぎていたわ。
だいぶ、母の身体の方は健康になった。
しばらく使用人に筋力の衰えをケアして貰って……母の目を覚まさせる日も近そうね。
カイエン殿下と母の治療組は経過良好。
時間は掛かるけど体調は必ず良くするわ。
躾け直し組の、地下牢の父は大分しおらしくなっている。
片手間になっているけれど、浮気相手と娘の性悪な部分を見ることになったの。
以前よりは現実を見れるようになったかしら……?
下働きをさせているエドワールもとうとう、きちんと働くようになってきた。
性根を叩き直せる見込みがあるなら……他人と共感できるような機会を作りたいわね。
腹黒なことは別に悪くないのよ。
何も彼らに心から、ただの純粋な善人になれだなんて言わないわ。
ただ他責思考で、誰かに理不尽を強いて、問題を起こしても反省せず、ひたすら他人に迷惑を掛け続けて、その傲慢さで無辜の民が割を食う、なんてことにならないようにしたいだけ。
記憶を思い出してから1ヶ月以上が過ぎる。
あちらこちらに手を出してきた日々だった。
ロット公爵家の財政は上向きになり、持ち直し始めている。
なので、そろそろ人手を増やすことにしたわ。
辞めさせた使用人も多かったから。
もちろん雇う前に徹底的に調査をしてから雇う。
追加のスパイは要らないので、そういう者は落としていく。
「カイエン殿下。お目覚めですか」
そして日課となっているカイエン殿下の世話をする私。
かなり顔色は良くなり、身体からの毒の排出も出来ている。
ここからはリハビリね。
「……はい。ロット公女。貴方は僕の命の恩人です」
「ふふ。そうですわね。見つけられて良かったですわ」
15歳の彼。今の私より3歳も年上だ。
『優秀』と判定されていたことから、前までは教育も受けていたみたい。
彼の境遇がかなり悪化しだしたのは、エドワールが生まれて成長した後ね。
なので彼は文字も読めるし、頭も悪くない。
「カイエン殿下。貴方の身に起きていた、貴方に関する事柄について私の魔法を駆使して調査したものをまとめましたわ」
書類にまとめた毒殺未遂について、どんな毒だったか。
誰が関わっていたか。
それから何故、彼が冷遇されていたのか。
そういうこと。
「知りたいですか? 聞きたくない、知りたくないというのなら配慮しますが」
「……いえ。どうか教えてください」
「では、こちらを」
私のまとめた調査報告書を彼に手渡す。
カイエン殿下は私と違い、親の愛をまだ欲するかもしれない。
その時はどうするか。
彼を育てていた乳母は王宮を離れて久しい。
真っ当な者なら今の生活もあるだろうから、無理矢理に呼びつけるワケにもいかない。
「……なるほど」
でも、カイエン殿下は淡々とした態度で報告書を読んでいく。
「この調査は、どのようにして?」
「私の魔法ですわね。各地に使い魔を出していますの。
物的証拠も私が押さえられますけど、公の形で断罪するなら然るべき機関を動かした方が良いと思うわ」
彼がこの先、どうしたいのか。
それを聞かなくてはね。
「……貴方は」
「ええ」
「弟とは婚約を解消するとお考えだったようですね?」
「ええ。そうですわ」
「その理由をお聞きしても?」
「性格の不一致ですわね。今は彼を躾け直しておりますけど。
改心したところで別れるつもりなのは変わりありませんわ」
「躾け直し……?」
カイエン殿下にエドワールの現状を包み隠さず話したわ。
ええ。罰されるのは私かもですけど。
この国に私を制圧できる者は、少なくとも王宮には居なそうですもの。
気にすることはないわ。
「それはまた」
「真っ当に育てられて、それでも傲慢で他人に迷惑を掛け続けるなら救いようがありませんわ。
でも環境で矯正されずに、あのまま育つのもどうかと思いますの。
荒療治ですけど、性根を叩き直して差し上げた方が将来的にエドワール殿下のためですわ」
あのままでは死ぬものね、彼。
5年以上、数多の被害者を出しながら。
救いはあってもいい。
だけど私だけが我慢して耐える気もなく、私の権利を譲る気もない。
あくまで私の利益や尊厳を守った上でのお情けよ。
それは父や母、妹に対しても一緒。
「カイエン殿下は王になりたいですか?」
「…………」
「私、現国王と王妃は、その座から退けるつもりですの。
そしてエドワールには任せられないと考えております」
「……そうか」
「私は、ロット公爵家を守っていくつもり。貴方が王になるのなら後ろ盾になるのも吝かではないわ」
「……僕が王にはなりたくない、と言ったら?」
「その場合はリーベル公爵家から次代の王を出しますわね」
「……ああ、あの家。やってくれそうなのかい?」
「あちらはそのつもりで子供を育てているし、準備もしているみたいですわよ」
「そうなのか……」
完全に私の味方になるような家ではない。
むしろ私のことは見捨てる腹積りだったと思う。
何故かって使用人にかの家のスパイが居るから。
私が現王家に虐げられることは、むしろ王家を追い詰める良い材料になる、程度の扱いね。
聖女については、やはり『お飾り』だと思っているみたい。
何よりロット公爵家は、もう先がないと見做していたでしょうから。
厳しい判断ができるなら、むしろ王に向いているかもね。
「貴方は何もかもお見通しのようだから言うけれど」
そうでもないのだけれど。聞いておくわ。
「父や母は王であってはダメな人たちだと思う。
エドワールは……心根が変わったとしても、力が及ばないんじゃないかな」
「そうですわね」
真面目に学ぶのならばマシにはなるでしょうけれど。
優秀な王にはなれず、凡庸な王になるだろう。
エドワールを王にして国を動かしていくならば、それこそ有能な王妃が必要になる。
私はそれを担う気はない。
ロット家のみを守っていくつもり。
今の私は力頼りの、傲慢な支配者だ。
お飾り聖女として迫害されるのもどうかと思うけど、私が王妃になり、この血を王家に継げば将来的に力で他者を支配する『暴君』を生みかねない。
だから一貴族家程度がちょうど良いと思う。
「そして僕は王になる『やる気』がない。能力は分からないけれど気持ちがないんだ」
「……そう。では王になれないのであれば、それでいいと」
「ああ」
「……それなら貴方を毒殺なんてする必要なかったのにね」
「まったくだよ」
エドワールを王にしたいなら、そうしていれば良かっただけだった。まったく。
「……貴方のそばに、居たい」
「ん」
「今、望むのはそれぐらいだ」
「そう。では私の『婿』になる?」
「え」
私があっさりとそう返すとカイエン殿下は驚いたような顔をした。