05
エドワールに王宮への手紙を書かせる。
別に捏造してもいいのだけど。
私に傲慢に命令することを当たり前だと思わせない為に身体に叩き込んでいく。
「きちんと文字も書けないの? 無能ね」
「ぐっ……」
まだプライドが邪魔をしてしまうが、泣きを見るまで頭に拳骨を落とし、頬を叩いた甲斐があって歯向かうことをやめた。
まだ彼も12歳だ。修正が効くということかしら?
性質の傲慢さが変えられないなら救いようもないけど。
「貴方に今から『呪い』を掛けるわね」
「……は?」
「他人に『命令が出来ない』という呪いよ。『お願い』なら出来るから安心しなさい」
そう言いながら私はエドワールに手を翳す。
この条件式の『呪い』は掛ける相手の性質によって変わる。
以前の泥棒をした使用人のように罪を犯した者には効きが強い。
逆に対象が善良な人間だと、ほぼ効果がなくなる。
基本的に悪人・罪人、他者に対して不当な理不尽を強いる者たちのみに効く仕様よ。
エドワールのように命令を下す相手が苦痛を伴うようなことを言うタイプには効果が高い。
他者に優しく、また正当な要求しかしないタイプには無意味にまでなる。
「うっ、この、お前っ……!」
「貴方は今から他人に『命令』は出来なくなったの。
ふふ。そんなんじゃ『王』にはなれないわね?」
「な……」
「それより。立太子は、まだどちらの王子も受けてないはずよ。
加えてあなたの兄は3つも年上。
能力がどうとかは聞いていないけれど、エドワールの頭が悪いことは知られているわ。
『聖女』の私の婚約者と言っても、王太子になるのは無理筋のはず。
それがなぜ『自分は王になる』なんて言葉が出てきましたの?」
国王と王妃は私にとってはクズだ。
それでも国政をきちんとしているならば、まだいいが。
『聖女』がお飾り扱いになっているのは実感がないからだろう。
国防結界ではなく王都結界だし、象徴的な意味合いの存在に成り下がっていて、教会も微妙な顔をしている。
ロット公爵家の評判がよろしくはないのだと思うから、それも原因か。
「……何を言ってる。王になるのは僕に決まってるだろう?」
「何故? エドワールは頭が悪いし、無能よ。向いてないし、王になどなってはいけない人間でしょう?」
「ぐっ」
「国はアンタの『お気持ち』を満たすためのものじゃないわ。
民あっての国。民あっての貴族であり、王よ。
貴方はそれから最も遠い。
貴方より酷い人間はそこまで居ないでしょ? 顔もブサイクだし」
ちなみにエドワールは金髪の美少年ではある。
だが傲慢で女は自分に惚れるものと思い込んでいるので、その自信は砕いておかなければいけない。
「だ、誰がブサイクだっ!」
バチン! とまた頬を叩いた。腫れ上がるように。
「お前よ。エドワール。まぁ、私がお前をブサイクで男として見れないゴミだと見えているだけね。
まぁ、別にいいでしょう?
どの道、私たちの婚約は破棄するし、私も貴方以外の男性と結婚して子供を作ることになる。
将来、結ばれないことを私が決定しているのだから。
お互い、顔が好みでもなければ、愛してもいない者同士。
後腐れなくて良かったわね」
「……は? な、何を言っている、婚約は」
「貴方とは結婚しないわ。当然ね。私が決めたことだから反論もしなくていい。
王に頼って命令しようとしても無駄。
王命なりが下った、その時はお前を殺せばいいだけだもの。どの道、お前が私を手に入れることはない」
「い、意味が分からない。イカれ女め……!」
「そう。じゃあ、そのイカれ女と結婚せずに済んで良かったわね? ひとまず公爵家を貴方に渡すことはなく、乗っ取る事も出来ないから、そこの教育を頭に直接叩き込んであげるわ」
勉強は自主的にするべきだけど、まぁいいでしょう。
「な。何を」
「私は魔法を使えるわ」
ふわりと空中に浮遊し、加えてエドワールには拘束魔法を掛けた。
そして強引に膝をつかせる。
「うっ……」
「私の魔法は『万能』だと思いなさい。聖女として魔力量も豊富。
この国に私を制圧できる人間は、おそらく居ないでしょう」
身体の動きを封じられて跪かされ、目の前で浮かぶ私を見上げる屈辱を味わうエドワール。
「でも、何でも私が解決する気はないの。残念ながら私にも寿命があるからね。
私という個人に頼った国作りや、領地運営はしないつもりよ。
しても次代に繋がるような開発とかね」
「…………」
「私は『お飾り』の聖女じゃない。わかった? ブサイクなエドワール。
私は、お前の命令に従うことはなく、お前が大嫌いで愛することもない、他の男のものになる女よ」
「っ……!」
半泣きで悔しそうにするエドワール王子。
そろそろプライドにもヒビが入ってきたかしら。この調子ね。
「ま、貴方が破滅の道に至らぬよう、その性根は叩き直していってあげるから」
「大きなお世話だっ……!」
ゴン! と、すぐさま拳骨を頭に叩き込む。
「うがっ!」
「とりあえず、さっさと手紙を書きなさい? 愚図ね、貴方」
体罰と罵倒で彼のプライドをへし折っていく。
父の調教と同じ手法ね。
ソファに座り直させ、手紙を書かせる。
その間に『読取』をさらに深めてエドワールを解析。
やはり、その性格は歪んでいて物語通りのようだ。
傲慢でナルシスト、他人への気遣いが出来ない。
既に周囲の人間を困らせているが、その立場故に誰も諌められず、それでいながら国王夫妻には甘やかされている。
また案の定というか、私の見た目には惹かれていて、ほのかに恋心も抱いているらしい。
だが虐げたい、支配したい願望がある。
同時に私を見下してもいる。どういう思考回路なのか。
まだ妹には出会っていないため、その悪影響が与えられていないのは救いとなるかどうか。
……第一王子とは扱いが違う?
『物語』では知らない要素。
明らかに第二王子のエドワールの方が国王たちからの寵愛があるようだ。
なるほど。これなら自分が王になると誰かに言われて思い込むのも無理はない。
実際に国王夫妻は、そのつもりなのかも。
だからロット公爵家の私を婚約者に?
他に公爵家を継げる縁戚がいないというのに私を後ろ盾に使ってどうするのか。
頭が悪いわね。
それとも公爵家自体は取り潰して、公爵領を王領にすると?
めちゃくちゃだけど、ありえなくもないのが……。
一応、代理公爵を立てて、王にしたエドワールと私の子供が2人いれば……ああ。そういう計画?
母が死にかけなのは掴んでいるだろうし、不倫している父のことも知っているのだろう。
父が代理公爵としてあれば体裁は整う。
既に王家と父の間に癒着があるのか、或いはこれから上手くいく前提なのか。
(母が死んでから動くつもりなのかも?)
屋敷で働いていたスパイの使用人たちは、そういう動きのための監視か。
それなら公爵家の縁戚が居るかどうかは無関係になるわね。
「うん。いいわ」
エドワールに手紙を書かせたので、あとは客室に寝かせていた護衛たちに手紙を持たせて帰す。
「じゃあ、貴方はしばらく寝ていなさい。エドワール」
「は?」
スリープを掛けて彼を眠らせる。
それから転移と空中浮遊で、使用人室のひとつのベッドにエドワールを運んだ。
『命令できない』呪いに加えて、いくつかの工作。
まずエドワールに別の『制約』を課す。
『本名や王子を名乗れなくなる』というもの。
加えて王家の金髪碧眼を『黒髪・黒目』に変化させた上で『認識阻害』を施した。
目が覚めたら彼はもう『使用人のエド』となり、誰も王子とは思わなくなるでしょう。
護衛5人に『幻術』も加えて掛け、エドワールからの手紙と指示を伝えて滞りなく屋敷から去らせた。
監視用の使い魔を忍ばせ、王宮にも潜り込ませて調査を始める。
……翌日。
目覚めた『エド』には下働きとして厳しく指導し、働かせ始めた。
口答えをするなら体罰も許しているし、監視に加えた魔法の縛りもつけている。
善良な使用人に害が及ばないように注意を払った。
公爵家で雇っていた、単に主人である母や私を見下していた使用人たちの解雇は済んでいる。
父寄りの者たちも居なくなった。
あとは他家のスパイとなる人員だけど、ひとまず利用価値のなさそうな者はクビにした。
見せしめのようなものだし、こちらが捨てても本来の雇い主に拾われるだろう。
持ち帰らせる情報としてエドワールが公爵邸に泊まっている、と植え付けておいた。
王宮の対応を監視しているけど、国王・王妃ともにエドワールが公爵邸に滞在することを受け入れたようだ。
前までの私に対する見下し評価もあって、今の公爵邸で王様のように振る舞えていると判断したらしい。
現実は下働きとしてこき使われているが。
そうしている内に地下牢の父が必要書類にすべてサインを終えた。
「よく出来たわ。カルロス・ロット。
じゃあ、その頭に忘れられないように契約の内容を刻みつけてあげるわね」
「は……?」
新しく更新した契約内容、および、いちいち『知らない、覚えていない、忘れていた』とごねられないよう、必要な契約内容を魔法で父の頭に刻み込んであげる。
「う、ぐっ、ぐぅぅぅ!!」
どんなにバカでも記憶を定着させる魔法。
脳に直接、情報を書き込むようなもの。
連続使用は出来ず、また大量の情報を一度に刻めば廃人と化す。
でも、この程度の契約内容を覚えさせるには十分。
「今日からは定期的な食事と、それから『娯楽』も用意してあげるわね」
「なっ……。サインはしただろう! ここから出せ、出してくれ……!」
「そんな約束はしていないわ」
ピシャリと言い切ってから魔道具に使い魔からの映像を連結。
「貴方の愛する者、浮気相手とあなたの娘の今現在を覗き見れるようにしたわ。
他にする事があってもダメでしょう?
しばらく愛する2人のことを観察する生活を過ごしなさい」
父にはあの2人の言動を観察させる。
ここから更に浮気相手と妹の、性根と、父に対する本心を曝け出すように誘導しましょう。
『物語』の中では彼らの愛も絆も最終的に壊れて終わる。
互いが互いに『お前のせいだ』と罵り合いながら破局・破滅エンドだ。
本音を隠して建前で取り繕い、気持ちよく日々を過ごす……それ自体は否定すべきではない人間の営みだけど。
彼らの結束に私の不幸や、公爵家の乗っ取り、母の絶望がついてくるなら話は別。
内面の醜悪さに絶望するなら早い方がいい。
母という邪魔者の悪役が現れたお陰で、彼らの恋が盛り上がったのだと思う。
「先に言っておくわね。腐ってもお父様。
貴方が彼女らの本心を聞いても尚、彼女らを愛していると。
そう本心から言うのでしたら。
私が貴方と母を円満に離縁させて差し上げます。
公爵家を乗っ取るような真似はさせないけれど、貴方がここを離れて暮らす分には口を挟まない。
母が貴方を追いかけることも私が止めてあげるわ」
「………」
「よく、これからの人生を考えてくださいましね」
そう言い残して私は地下牢の前を去った。
これからは妹たちの本性を暴くことと、それから王宮の監視から……第一王子の状況を調べてみなくちゃね。