04
エドワール王子の中で情報が錯綜し、混乱しているのだろう。
急に目の前に現れた私に思考が追いついていない様子だった。
その様子をニコニコしながら見守り、見下ろす私。
だんだんと彼の中で整理されていったのか、その表情が怒りに染まっていく。
「お、お前!」
「ごきげんよう。私、トリリアン・ロットと申します。はじめまして。
貴方は、あの『バカ王子』のエドワールでよかったかしら?
本当に頭の悪そうなブサイク面ねぇ? あはは」
ちなみに別に初対面じゃないわ。
でも生まれ変わった『私』としては、はじめましてだもの。
「なっ……なん、だと!?」
「あら。違った? そのブサイクなバカ面、まるでエドワールのようだと思ったのだけど!
あは、貴方、そんなに醜くて生きてて大丈夫? 男として『ナシ』ね!
こんなブサイクを好きになったり、愛したりする女なんて、この世に一人も居ないんじゃない?
あははは! バカでブサイク! 何もいいところなんてないわねぇ!」
見下して笑い飛ばしてあげた。
どうしてこんな罵詈雑言を浴びせるのか、って。
私の見た目に惚れ込むような目をするくせに、傲慢さが抜けないナルシストなんて最初にへし折っておかなくちゃダメだからよ。
そして彼は将来、いえ、現在もか。
私に向けて、こういう態度を取るから。まだ12歳なら矯正もできるかしらね?
だけど甘やかされるか、権力で下手に出る者ばかりの王宮では無理。
こういう輩が増長するのは環境が悪いからよ。
「ふ、ふざけるなよっ! お前、僕を誰だと思っているんだ!?」
「え。見るのも不快な、汚らしいブサイク? 頭の悪いバカだと思っているわ」
「このっ! 誰か! こいつを牢に放り込め!」
「うふふ。誰かなんて、どこに居るの? 周りも見えないのかしら。本当に頭が悪いのね」
激昂した彼をさらに煽りながら私は近付いていく。
加えて魔法による身体強化を施した。
お互いにまだ12歳。躾けるなら魔法よりも拳だわ。
「ふざけるな! 僕にそんな口を聞いて許されると思うなよ! 僕は王子だ! 将来の国王だぞ!」
将来の国王。第二王子のはずだけど?
私の知る物語の中には第一王子が出てこない……。
国が衰退したと言うけど、目の前の少年と同レベルなのか、或いは?
まぁ、何にせよ。
「貴方の性根が腐り切る前に叩き直さないといけないわね? まだ子供だもの」
「だから、」
私は眼前まで近付いてエドワールの頭に思い切り拳骨を落としたわ。
もちろん手加減はしている。
「がっ……!?」
「貴方が王子なのは間違いないけど、その様では将来の国王にはなれないわね。
第一王子殿下がいらっしゃるのもそうだけど。
私がそうさせないから。だから王になれるなど夢を見るのはやめなさい?」
「! ……!?」
涙目になっているエドワール。
人に殴られたことなんて初めてなんでしょうね。
「今日から貴方の性根を叩き直すために、貴方を躾けてあげます。
エドワール。貴方を人間にまでしてあげるわ。今の貴方は家畜以下のゴミよ。
まず、そこから自覚することから始めなさいね」
「…………」
流石のエドワールも絶句。
こんな態度も行動も何もかもすべて取られたことがないのでしょう。
「お、お前、頭がおかしくなったんじゃないか……?」
「『お前』じゃありませんよ。私の名はトリリアン・ロット。
婚約者とはいえ、気を許す気はありませんから『ロット公女』と呼ぶように」
「め、命令するな! 僕はお前を婚約者だなんて認めていない!」
バチン! と思いきり頬を叩く。
「ぎゃ……」
「命令はこれからもします。
きちんと従うように。そして私のことは『ロット公女』と呼ぶように。
本当に頭が悪いわね。こんな簡単な言葉も聞けないだなんて」
「……な、ん」
「返事は『はい』か『イエス』ね? ふふ」
ニコニコと笑いながら。
エドワールの反抗的な態度が続く限り、私は何度も何度も彼を叩いた。
言って聞く子ならこうはしない。
或いは私に害をなさない者ならば対話を選んでもいい。
でも、この子を付け上がらせては多くの者にこの先も被害が及ぶでしょう。
性根を叩き直すことが出来ないならば、ここで始末しておくしかない。
『物語』の中では語られなかった数多の被害者たち。
この王子や、王たちの態度をまかり通せていた国なら、被害者の数は夥しい数になるだろう。
『私』だけが報われ、救われて、報復して『ざまぁ』と満足するのは物語の中だけで十分。
私には力がある。
ならば、害悪そのものな者たちが罪を犯す前に。
彼らが人々に害をなす前にその道を正すべきでしょう。
虐げられる期間が5年。
これだけの力を持ちながら、ただ黙して、彼らを受け入れ続け。
延々と彼らを増長させ続けて。
そして無力に国外追放されるまで抵抗せず。
その先で彼らが自ら破滅したところで何になると言うのか。
悲劇のヒロイン気取りをしている間にも苦しむ人々が居るのだもの。
……なんてね。
そこまで私は利他的な人間ではないわ。
ただ、流石にここから5年は我慢し過ぎ。
そして、そうなっていた場合の被害が大き過ぎ。
どう考えても、もっと早くに『トリリアン・ロット』は彼らに反抗すべきだった。
知った事じゃない部分かもしれないけど、さっさと聖女の力で抵抗していれば、彼らの暴走・増長を止められたかもしれないじゃない?
国が衰退し、滅びるまで追いつめられる前に。
愛情に飢えていた『私』では、その判断は難しかったかもしれないけど。
そうでなくなった今の私は、自分の好きに生きつつ、罪の『根』は絶っていこうと思う。
その手始めが、母を死から救うことで、父の振る舞いを反省させること。
不倫相手とその娘に要らぬ野心を抱かせないようにすること。
そして、このエドワール王子の教育をやり直すことよ。
私の利益を優先しつつ、手を出せる範囲の仕事をこなす。
強大な力を持っている私は、それでも神になる気はない。
彼らが反省できず、改心できず、どうにもならないのならば見捨てるし、迷惑ならば殺す。
殺す前に『罰』を与えて改心のチャンスは与えるけどね。
でも如何に万能になったとはいえ、私が割ける労力は限られている。
だから一際、私にとって迷惑な者たちの処分に力と時間を使っていき、あとは……。
公爵令嬢として領地と領民を守り、豊かにすることに力を注ぐわ。
「う、うぅ……」
何度も私に叩かれ、拳骨を頭に落され、とうとう泣き始めたエドワール。
父と違って、骨はまだ折っていない。
暴力的だが、まだ『普通の人間』の暴力、体罰といったところ。
「これから貴方は手紙を書きなさい。『しばらくロット公爵家で過ごす』とね。
国王と王妃の思惑は知らないけど。
ひとまず表向きは、順当に第一王子が国王になり、第二王子の貴方は、このロット公爵家に婿入りさせる。
そういう腹積もりなんじゃない?
兄弟の両方をきちんと愛しているなら、だけど。
そういう意図ならば、貴方がこの家に居着くと言っても王家は承諾するでしょう。
その間に……貴方の心をへし折って、再教育するわ。
体罰ありきの教育よ。今の貴方、性根が腐っているから。厳しく躾けるわね?」
膝をついて涙目で私を見上げるまでになっているエドワールに、私は悪どい微笑みを浮かべてあげた。
「ひっ……」
いいわね。きちんと私に恐れを抱いている。
まず見下されないこと。
やっぱりコミュニケーションはそこからだわ。
こうしてエドワール第二王子の教育期間が始まったの。