03
地下牢の父がサインした書類を整理していく。
屋敷内の不穏分子は、何やら行動を起こそうとする度に私がその場へ駆けつけてやった。
「あら。盗みの現場ね?」
「ひっ!?」
使用人の女が寝たきりの母の部屋に入り、宝飾品を部屋の外まで持ち出した瞬間を押さえた。
アウトね。
「貴方は、父寄りの人間だったわね。母と私を見下していたみたい。
逆に今までよく盗みを働かなかったわね?
それとも今までもしていたのかしら」
「あ、わ、私は別に何もしてなっ」
「──電撃」
バリバリバリ!!
「あばばばば!?」
転移で距離を詰めて、電気ショックを与えてやる。
死なないし、気を失わない。
辛くて動けなくなる程度よ。
その場に倒れ込む女。
私は魔法で女の服から宝飾品を取り戻す。
「誰かが見ていると思わなければ罪を犯してしまうタイプかしら?
家庭の事情でもおあり? 調べてあげるわね」
一応、私が前世を思い出してから解雇した人間は居ない。
ただ、私にとって不利益な使用人を下働きに追いやっただけ。
単にプライドが高いだけならば自主的に辞めるでしょう。
自主退職なら紹介状だけは用意してあげるわと言ってあるし。
母があの有様だったのだから。
ロット公爵家に見切りをつけた、耐えられなかった、というのは他家の貴族にも通るだろう。たぶんね。
「──読取」
泥棒女の履歴を魔法で探る。
やんごとなき事情での盗みならば情状酌量の余地がある。
ただの強欲ならば放逐するのみだ。
結果は、うん。
別に病の家族が居るわけでもなし。
ただの強欲による盗みね。
『いける』と思ったから、やってしまった。
勤務態度も良くない。
まぁ、これはこの屋敷がアレだったのもあるか。
「哀れね。でも警備がザルだと思わせたのも原因だわ。
泥棒の味を覚えてしまえば、貴方の人生も、その心も腐り落ちてしまうでしょう。
貴方には『呪い』を掛けてあげるわね?」
「……!」
身体が麻痺して反応が鈍いが、私の言葉は聞こえているようだ。
「これから貴方は『自身の生命の危機』や『他人の生命の危機』ではない限り。
『人の物を盗もうとする』度に今日、受けた痛みを思い出すようになる。
また、それでも尚、実際に盗みを成立させてしまった場合。
大声でその罪を自ら告白し続ける……という条件式の『呪い』よ」
「……!?」
「二度と泥棒はできない、できても成功しない、っていう呪いを掛けてあげただけ。
あとは現実的な処罰よ。
下位貴族にのみ通用する紹介状を用意してあげる。
貴方は今をもって解雇します。
あの父と母が管理する屋敷だったもの。
それでも働いてた分は認めるけど、盗みはダメよ。
解雇理由に窃盗未遂だとは書かないであげるから安心しなさい。
この家からは追い出されることになるし、二度と泥棒なんて出来ないでしょうけど。
真っ当にやり直す道だけは用意してあげる。あとは貴方次第」
……とまぁ、そんな風に。泥棒女は処分しておいた。
下働きに落とされたことで不満に思い、撤回をしないとした私に、退職を求めてきた者にも対応。
一人一人、普通の使用人たちについての処理が終わっていく。
残って貰うつもりの使用人たちは身元や、これまでの振る舞い、性格を見直して、執事長・侍女長に相談の上で待遇向上。
母の『無駄遣い』や、父の散財をなくした分、まともな使用人たちへ還元できた。
あと屋敷に残っているのは、他家のスパイね。
父寄りだった使用人は、父の『失踪』で混乱している様子。
「母と父は、離縁させるわ。或いは父には責任を取って貰うか。
もう二度と父に有利な状況になることはないでしょう。
父の実家から来たのなら帰っていいわよ?」
と。父の実家の伯爵家から来ていた使用人たちに詰めていく。
信用面において人員整理をしている最中なので、人が減っていく。
残ってくれている人員の負担が増えてしまうだろう。
給与面での待遇は改善していっているが、これでは体力の方で潰れてしまう。
「掃除だけれど、人員を増やすまでは仕事量を減らすわ」
正確に言えば広い屋敷の隅々まで手を届けるのを諦める。
こればっかりはね。
また、今まで父や母には相談しにくかっただろう領地の問題にも手を出し始めた。
ロット公爵家には、広い領地がある。
領地からの税収で公爵家は運営されているの。
今、私が居るのは王都にある公爵家所有の屋敷。
領地にも領都という都市部があり、そこにも家がある。
普段は代官に領地運営を任せていて、王都でその報告を受け取るワケだけど……。
「視察とかしてないわよねぇ……父も母も」
領主たる者たちが視察に来ない領地には腐敗がつきものだ。
『物語』通りの未来ならば衰退していく国。
はたして真っ当に運営されているのかしら?
逆に善良な人間が、こんな有様の公爵家でも支えてくれていた可能性がある。
領民のために。
父や母に相談しにくかった、というのは特別な事じゃない。
ただ単に日々積もっていく問題点の蓄積、その改善のための予算、資産の配分。
お金の無心とまではいかないけど、必要経費についての相談は……。
アレで公爵としての仕事はしていた母だ。
地獄のような事態に陥ってはいないと思いたい。
病で倒れた後は家令が色々と仕事をしていた。
なんというか、色々とギリギリね。
愛憎劇とか他所でやってくれと思っていただろうな。
公爵家の健全化は、着々と進めていった。
初めは12歳の私がすべてを仕切り始めたことに戸惑いがあったようだが……人は慣れるもの。
「聖女というよりも魔法使いと思っていただければよろしくてよ」
と、魔法を披露して黙らせた部分もある。
まぁ、いずれ外にも広まるでしょうね。
そうして。
ひたすら公爵家内を整えることに専念していた私の元に、とうとう『嵐』がやって来たわ。
◇◆◇
「エドワール殿下が来たの?」
「はい……」
「そう。どの程度の人数で?」
「数人、護衛を連れて門の前まで」
ふぅん。門の前で待つ分別はあるのね。
騎士団を連れて来たわけでもないなら、まぁ。
先触れはなかったものの、再三に渡る呼び出し命令を無視していたのは私の方だ。
無視しているのだから突撃して来られても、まぁ仕方ない。
「屋敷の中へ入れて、応接室へお通ししてちょうだい」
「かしこまりました」
魔法による遠隔監視で王子の様子を窺う。
エドワール王子の年齢は、私と同じ12歳。
生来と環境による傲慢さのある人物と記憶しているけど、まだ若いわね。
『……あの女が迎えに来ないのか!』
などと怒鳴っている。
癇癪持ちかしら?
今世の実体験と合わせて、父と母を魔法で調べた限り、その性質や性格は私の知る『物語』と変わらないものだった。
母は死ぬまであのままの性格だし、父は私を虐げる上に公爵家の乗っ取りを平然と企てる男だった。
父が度し難いのは、別にあの男が心底『愛』に生きていたワケではないということ。
普通に野心家であり、私を虐げるだけじゃなく全てを奪う気だった。
正直、殺しておいてもいいぐらいの男。
エドワール王子もその性格に大差はない様子。
「さて」
どう出ましょうかね。
あの手の輩は、なんにせよ自分の都合のいいように考え、とにかくこちらに何かを押し付ける。
とりあえず私は、癇癪を起こしながら応接室へ案内される王子を観察する。
連れてきた護衛は5人。
少ないわね。
別に王都内の移動で婚約者の居る公爵家の屋敷へ行く程度。
なら、それぐらいで十分なのかしら。
執務室から自室へ転移し、服装を綺麗に整えていく。
見た目で惚れ込まれても面倒だけど、見下されても面倒なのが、あの手の輩の嫌なところ。
応接室までようやくやって来た王子のそばに護衛が3人、部屋の扉前の廊下側に2人が配置につく。
終始無言ね。王子の太鼓持ちは居ないみたい。
きちんと護衛の仕事はしているけれど、ひたすらに影が薄い感じ。
身なりを整えた後、執務室へ戻って私はまた仕事をし始めたわ。
王子を遠隔で監視しながらね。
地下牢の父は書類のサインを着々と進めている。
もう2、3日といったところかしら。
5分置きぐらいに怒鳴り声を上げて私を呼んで来るように使用人たちに命令する王子。
3回ほど癇癪を起こしたところで使用人全員に応接室の近くへ行かないように通達したわ。
時間にして30分。常に苛々している様子。
逆にあの癇癪っぷりで、よく今まで私の命令無視に激昂せずに耐えていたわね?
最高に怒っている状態で煽りにいくのも『乙』ではあるんだけど……。
限界まで待たせてみましょうか。
使用人たちには避難させているので被害は出ない。
1時間になるかならないかといったところでエドワール王子に限界が来たらしい。
『あの女をここに連れて来い!』と声を張り上げる。元気だわ。
廊下に立っていた護衛の2人が私を探しに行くことに。
「ん」
廊下の角を2人が曲がったところで、彼らの背後に転移。
「──睡眠」
ドサ、ドサっと。
護衛2人を眠らせて制圧したわ。
あとは客室まで転移で運んで武装を解除。
近くに居た使用人たちに彼らの世話をお願いするけど、私が起こすまで起きないわ。
で、また執務室まで転移っと。
こうしてエドワール王子のイライラタイムがまた始まったの。
それからは護衛を差し向ける度に同じことをする。
次の一人を眠らせて時間が経過した後、流石に護衛3人が戻らないことに警戒をし始める彼ら。
と言ってもエドワール王子はまだ癇癪の真っ最中だ。
状況を理解できていない。
王子に一緒に行動し、屋敷の探索を願い出るも却下。
不穏な状況で単独行動を渋る護衛に、とうとうキレて残りの護衛2人も私の連行に向かわせてしまう王子。
うんざりしながらも命令に忠実な彼らは部屋から出ていく。
でも廊下の扉前で途方に暮れている様子。
王子を一人にするのはねぇ。
ま、処理しに行きましょうか。
転移。即スリープ。護衛5人、全員制圧。
また客室へ寝かせに行き、執務室へ戻る。
エドワール王子は、とうとう八つ当たりできる相手が居なくなって部屋で一人イライラし続けた。
堪忍袋の緒が切れた彼は、荒々しく立ち上がり、部屋の家財に八つ当たりし始める。
でも残念。応接室の家財には、どれも保護魔法を掛けてあるから。
はじめに準備したティーカップやお皿すら割れないわ。
どれも景気良く壊れたりはしないことに余計にイライラ爆発のエドワール王子。
暴れる珍獣と化してしまう。
癇癪持ちって治療方法あったかしら? うーん。
いくら怒鳴っても使用人どころか、護衛すら駆けつけてこない状況。
ようやく重い腰を上げて自分で動き出したわ。
でも、応接室のドアを開けたところで部屋の外に彼が出ることは叶わなかった。
結界を張って私が閉じ込めていたから。
『な、なんだ、これは!?』
何度も強引に通ろうとするも部屋から出ることが叶わないエドワール王子。
そこに至って、ようやく彼の顔にも『不安』が浮かんだの。
怒りって色々なことを忘れさせてしまうものね。
壁を壊したり、窓を壊したりして部屋から出ようと試行錯誤を開始する。
やっぱり誰にも頼りにできない状況で初めて物を考える人も居るわよね。
エドワール王子は、怒り、不安、焦り、など様々な感情を発露している。
だんだんと疲弊し始めた。よく保った方だわ。
彼が途方に暮れるまで、私は延々と焦らして焦らして、待ったの。
うん。そろそろね。
私は彼の背後に転移。そしてスリープ。
「あっ……」
削られた体力を睡眠で少し回復してもらって。
ソファに魔法で移動して座らせる。
それから少しだけ待った後で意識を覚醒させた。
「う、あ……?」
「お目覚めですか? エドワール王子」
混乱したままの婚約者の前に、私は前世の記憶を思い出してから初めて姿を見せたの。




